第2話「私のお兄ちゃんすごくないですか?!」

「……ふう。最後の方は強かったですね。一つでもミスをしていたら勝敗はわかりませんでした」


 ゲームの邪魔にならないようにと小さくして画面端に寄せていた女性Live2Dモデルを、少し大きくしてから配信画面の中央右寄り付近に移動させる。


 息を呑むほど綺麗で、白い肌が眩しい女性のLive2Dモデルが、画面の中で動いていた。


 レイラ・エンヴィ。


 これが私、恩徳礼愛のVtuberとしての名前だ。


 嫉妬を冠する悪魔の女の子で、頭には羊の角に似たそれが生えている。完全体だと翼や尻尾も生えているけれど、尻尾はともかく翼は画面を隠しがちになるのでゲーム配信中はわりと引っ込めていることが多い。


 黒セーラーと黒の長い髪の対比で白い肌がとても際立つ。細くしなやかで長いおみ足は薄めの黒のタイツで覆われていてとてもセクシーだ。


 背筋が凍るほど端整な顔立ちをしているレイラ・エンヴィは、私の動きに連動して緑色の瞳をぱちぱちと瞬かせ、薄いピンクの唇を開いた。


「……ということで、一位を取れてしまったので本日の人間界調査は終了です。おつかれさまでした」


〈知ってた〉

〈知ってた〉

〈もしかしたらこうなるんじゃないかとは思ってたんだ〉

〈一位取るまで終わらない企画とかふつうなら耐久になるのになー〉


 私が今までやっていたのはバトルロイヤル物のFPSゲーム。eスポーツとして大会も開催されるほど、人気のあるタイトルだ。


 今回の配信は一位を取ったら終了、取れるまでは終わらないという企画だった。


 なので、今日はこれにてお開きです。一位取れちゃったからね。仕方ないね。


 配信の後、お兄ちゃんとの用事があるから早く終われるようにこんな予定を立てたとか、そういうことではない。今のランク帯なら本気で集中すればすぐに一位取れると思っていたとか、そんなことはない、決して。


 ゲーム終盤の激しい戦闘の余韻に浸りながらコメントに都度反応していると、一つのコメントが目に留まった。


〈最後の相手APG所属のプロゲーマーやん〉


「えっ、プロの方だったんですか?」


〈違うFPSゲームでプロをやってた元プロだよ〉

〈今はストリーマーだったかな〉


「はあ……なるほど。プロを経験されたことのあるストリーマーさんなんですね」


 元プロと聞いて納得した。たしかに最後の方だけは他のプレイヤーとは明らかに動きが違ったのだ。そんな人に一対一で勝てたのはとてもうれしい。


 これもお兄ちゃんに戦術を教えてもらったおかげだ。『初見かつ人間が相手なら、少なくとも一回は確実に使える』と言ってとっておきを伝授してくれたのだ。


 それに加えて今回は私に有利なシチュエーションだったのでなんとか勝てたけど、対等な条件でもう一度やったら十中八九私が負けるだろう。そのくらいうまい相手だった。


〈あれはまじで勝つとは思わんかった〉

〈さすがに即終了は免れると思ったのによぉ!〉

〈最後のは見入っちゃったよ〉

〈すごかった〉

〈コメ忘れてた〉


「とても強い人だとは思っていたんです。いい経験をさせてもらいました。ほんとにうまかったですね、あの方。私も最近特訓してますし有利な場面だったのでなんとかなりましたけど、以前の私なら成す術なく押し潰されていたと思います」


〈勝つお嬢美しい〉

〈めっちゃ謙虚〉

〈ここで調子に乗らないから好感が持てるんだよなぁ〉

〈前からうまかったけどさらにうまくなってる〉

〈ここ最近の勝率やべーw〉

〈一時期落としてたけど完全に取り返した〉

〈裏でどんだけ練習してんの?w〉


「努力の成果をお見せできてよかったです。さて、こうして約束も果たしたことですし……」


〈努力の中身を詳しく!〉

〈やだー終わらないでー〉

〈はやいって!〉

〈まだあわてるような時間じゃない〉

〈ほんとにそんな時間じゃねぇんだよな〉


「……配信を終えようかと思いましたが、さすがにまだ、ね。一時間も経たないでさよならでは寂しいので、せっかくですから皆さんから送っていただいたお手紙を読んでいきましょうか」


〈やったー!〉

〈送ったの読まれますように〉

〈お嬢、申請かなんかきとんちゃう?〉


 『お嬢』というのは私の愛称だ。魔界で位の高い魔族のご令嬢という設定なので『お嬢』になった。


「確認しますのでちょっと待っててくださいね」


 メッセージなどが届いた時に表示されるアイコンが点灯していた。


 開いてみると届いていたのはフレンド申請で、送ってきたのは先ほどの激闘のお相手『utaco』さんだった。


「わっわっ、フレ申請ですっ、あんなに強い方から!」


〈元プロに認められたか〉

〈びっくりした時の声かわいい〉

〈なんか娘の独り立ちを見ている気分〉

〈彼女もいない奴がなんか言ってます〉

〈お嬢はわしが育てた〉

〈有利な位置だったとはいえ元プロに勝つくらいだしな〉

〈かわいすぎんか?w〉

〈もしかしたら負けたからって文句言いにきたとか?〉

〈チームに所属してる立場でそんなことしないだろ〉

〈お嬢かわいい〉


「とりあえず『承認』っと」


 フレンド登録を済ませると、驚くような早さですぐにメッセージが届いた。


「はやっ。わわっ、どうしよ……あ、とりあえずお相手のプライバシーもあるのでメッセージ画面は隠しときますね」


〈しっかりしてる〉

〈配信中のおもしろさよりも常識やマナーを優先するお嬢〉

〈コンプライアンスの精神〉

〈そういうとこが好き〉

〈だから推してんだよなー〉


「個人情報とかプライバシーとかそのあたり大丈夫そうなら読み上げるので安心してくださいね」


 リスナーの人たちにそう伝えつつ、私は届いたメッセージを確認する。


『もしかして先輩ですか?』


 たった一言、その質問だけが送られていた。誰かと勘違いしているのかもしれない。


「えーと……『すいません。先輩というのが誰のことを言っているのかわかりません』と」


 声に出しながら文面を作る。


 今回は単なる勘違いだったけど、あれだけ強かった元プロゲーマーの人が『先輩』とあおぐくらいだ、きっとその先輩さんは相当な腕前のはず。そんな人と間違われるなんて、ちょっとうれしくなってしまう。


〈お嬢にやけとるw〉

〈にっこにこで草〉

〈一位になった時もここまで笑顔じゃなかったw〉


「う、うるさいですね……うれしかったんですよ」


リスナーさんたちにしばしいじられていると、またすぐに返信がきた。


「えっと……『そうでしたか。急にわけのわからないことを送ってすいません。慌てていたせいで無言申請になってしまっていました。重ね重ね申し訳ないです。承認ありがとうございます』……だそうです。はあ、丁寧な文章を打つ方ですね」


〈お嬢もだけどね〉

〈あかん、このままだとFPS界隈はマナーのいい人間ばかりだと誤解される!〉

〈マナーやモラルを母親の腹の中に置き忘れたやつも多いというのに〉

〈魔界よりよっぽどひどい人間界〉


 コメントが賑わっている中、私はいそいそとお相手への返事のお手紙を綴る。


「『いえいえ、まったく構いません。こちらこそ申請ありがとうございます。私は今日はもう落ちるのですが、ご都合が合えばまた今度デュオなどやりましょう』っと。……も、元プロの人相手に一緒に遊びましょうとか、馴れ馴れしくしすぎでしょうか? 大丈夫かな……」


〈気にしすぎw〉

〈心配が可愛すぎだろw〉

〈いけるいける!〉

〈Vしか知らんのだがプロゲーマーってライブ配信とかすんの?〉

〈こっちも同じ反応で草〉

〈切り抜きーここ頼むぞー〉

〈もしかしてutacoさんも今配信してる?〉

〈プロゲーマーとしてよりストリーマーとして稼ぐほうが多いとかなんとか〉

〈プロやめた人がストリーマーに転向するのはよくある話だな〉

〈草〉

〈草〉

〈utacoさんも配信中だね〉


「えっ、配信中?! どどどどうしようっ……」


〈こんなにテンパってるお嬢初めて見た〉

〈かわいい〉

〈utacoさんナイスぅ!〉

〈なにこの子かわいい!〉


「配信中に迷惑かけちゃったかな……大丈夫かな……あ! きた!」


〈まるで片思いの相手に送ったメッセの返信を待つ乙女〉

〈utacoさんも同じ心配してて草〉

〈utacoて女なんか?〉

〈utacoさんはいつもマスクしてて前髪で片目隠れてる眼鏡っ子で変なチョーカーしてるけどめっちゃかわいいぞ!〉

〈ほとんど顔出てないやんけ〉

〈もしやこれは新たなカップリング……?〉

〈百合の波動を感じる〉

〈俺たちは記念すべき初絡みを目撃しているのかもしれない〉


「『ありがとうございます。あまり女性プレイヤーと知り合う機会がないので誘っていただいてとてもうれしいです。レイラ・エンヴィさん』って、え?! なんで私のこと知って……」


 このゲームをやっている時の名前は『Leila』で登録している。姓であるエンヴィまでは知りようがない。


「コメント欄で教えてもらったのかな……。一介のVtuberなんて憶えてるわけないだろうし」


〈一介のVtuberにしてはうますぎるんだよなー〉

〈向こうのコメント欄で出てたみたいよ〉

〈utacoさんの配信見てる人の中にお嬢のこと知ってる人がいたみたいだね〉

〈きたか!〉

〈ガタッ(AA略〉

〈き、キマ、キマシ〉

〈まだはやい座れ〉

〈はい〉

〈スッ(略〉


「わ、わ、やばいです。心臓ばくばくいってます。一緒にゲームやる友だちいなかったし、とてもうれしいです! えーと『こちらこそありがとうございます。私もとてもうれしいです。SNSなにかやってますか? やってたらDM送ります』……大丈夫かな、引かれないかな? なんだか出会い目的の人みたいな文面になっちゃったし……」


〈声上擦っててかわいい〉

〈かわいいw〉

〈なんか途中でさらっと悲しいこと言ってたような気が……〉

〈お嬢……あんた、友だちが……〉

〈いつもより声高くなっとるw〉

〈そらお嬢についてこれるような子はそうおらんやろなw〉

〈ついてこれる腕の友だちがいないってことだよね?〉

〈女性とかもとからプレイ人口少ないのにお嬢並みとかNIWくらいじゃない?〉


「ね、ねえ眷属のみなさん。もう送っちゃったんですけどさっきので大丈夫でしょうか? 馴れ馴れしいやつだな、とかって思われないでしょうか?」


 ちなみに眷属というのはリスナーさんたちのことだ。悪魔のご令嬢の取り巻き、配下ということで眷属という呼び名が採用された。


〈いけるいけるw〉

〈女の子同士ってこと考えたら印象も悪くないよ〉

〈男がやったら火刑だけど〉

〈お嬢がこれだけぐいぐい押すのも珍しいな〉

〈チーム戦やりたいって前ぼやいてたもんな……〉

〈お嬢あんたそんなにお友だちが……〉

〈独りぼっちは、寂しいもんな……〉


「ちょ、ちょっと! 腫れ物に触れるみたいな言い方やめてください! いますから! お友だちは! ただちょっと、FPSに付き合ってくれる子がいないだけで……あ、きた!」


 アイコンが点灯する。


 私の心臓は今、ゲームのプレイ中よりも心拍数が上がっている。


「『わたしの方から誘ったのでわたしからやっておきますよ。というよりももうやっちゃいましたので、お暇ができたら確認してもらえるとうれしいです』……ええっ!? は、はや……」


 とりあえずSNSを開く。もしかしたらプライベートなところも見えちゃうかもしれないので、もちろん配信画面には出さない。リスナー眷属さんたち、ごめんね。


「眷属のみなさん、ちょっとごめんなさい。SNS確認してきます。えっとえっと……あ! utacoさんからDMきてる! ていうかフォロワーすごい増えてる……」


〈utacoさんからはなんて?〉

〈お相手の配信みてた人がフォロワーになったのか?〉

〈あとからutacoさんのアーカイブ見に行ってみるか〉

〈こういう交流もアリやな〉

〈みんな仲良くそれが健全〉

〈DMの内容は?〉

〈お嬢の表情筋がさっきから死んでて草〉

〈緩んだ状態から表情動いとらんw〉


「えへへ……すっごくうれしいっ」


〈かわいいかよ〉

〈さすが魔族は人間の転がし方をよく知ってる〉

〈安らかにイケる〉

〈日頃とのギャップがすごすぎてかわ〉

〈くぁ〉

〈切り抜き不可避〉


「あ、DMの内容についてはプライベートなので控えますね」


〈ここまで期待させて落とす〉

〈さすが悪魔〉

〈ひどい〉

〈教えてよー!〉


「また今度お話ができるところはまとめてするので待っててください。utacoさんから配信で話してもいいかどうか許可ももらわないといけないですからね」


〈しっかりしてる〉

〈学生の自制心と判断力じゃない〉

〈一部の先輩たちよりも大人な対応で草〉


「さて、utacoさんはあとからでもいいというお言葉をいただいたのでそれに甘えることにして、予定通りお手紙読ませてもらいましょうか」


〈そういえばそうだった〉

〈大事件があったせいで忘れてた〉

〈なんなら予定の通りならもう終わってるんだもんな〉


「そうなんですよね、ほんとの意味で予定通りというのならもう配信終了しているんですよね。予定通りに終わります?」


〈終わらないで!〉

〈お手紙行こうお嬢!〉

〈雑談しましょ!〉


「ふふっ。大丈夫ですよ、やりますからね」


 私が『お手紙』と呼んでいたのは、匿名メッセージサービスを介して届けられる、質問のような感想のような要望のような、ざっくりひっくるめてリスナーさんからの応援のメッセージだ。そのお手紙を画面に表示し、綴られた文章を読み上げては答えていく。


 私はわりとオープンに受け付けているのでいろんな内容のお手紙が送られてくる。


 でも、一番多いのはこういう内容だった。


「『お嬢はご家族の不幸ということでしばらく配信をお休みしてましたが、もう大丈夫なんですか?』えーと、やっぱり眷属のみなさんも気にしてくれていたんでしょうか? よく見かけました」


〈俺も思ってた〉

〈もう大丈夫なん?〉

〈デリケートな部分に簡単に踏み込む神経がわからん〉

〈こういうのは本人が言うまで待ってるもんだろ〉

〈気になるのは確かだろ〉


「みなさん、ありがとうございます。心配してくれた人も、気を遣ってくれた人も。もう大丈夫です。『New Tale』の発表だと『親族の不幸』ってなってましたけど……いや、間違ってはないんですけどね、それだとまるで親族が亡くなった、みたいに捉えちゃいますよね。実際はそこまで深刻じゃないんです。ただ……お兄ちゃんが過労で倒れてしまって、それを私が一番最初に発見しちゃったものだから動揺して……。突然配信をお休みすることになってしまいました」


 家に帰ってきて玄関でお兄ちゃんが倒れているところを見つけた時は、もう頭が真っ白になってなにも考えられなかった。


 私にとってはなにを置いてでも優先すべき重要な理由だったけれど、それは眷属さんたちには関係がない。時間を作って待っていてくれたであろう眷属さんたちには、ただただ申し訳ないばかりだ。


「待ってくれていた人もいると思います。期待を裏切ってしまってほんとうにすいませんでした」


 配信を予告もなく取り止めた私には謝ることしかできない。


 そんな私を、眷属さんたちは責めることなく優しく励ましてくれた。


〈謝らんでええよ〉

〈そりゃあ仕方ないわ〉

〈謝ることじゃないって〉

〈大丈夫大丈夫〉

〈時計一周ぶん寝坊した挙句に時間通りだって開き直って配信した先輩もいるんだから気にしないで〉

〈過労で倒れるとかやっぱり人間界は魔界よりブラック〉

〈やっぱ人間界ってごみだな〉

〈家族倒れてたらそりゃ驚くよ〉

〈しかも話によく聞くお兄ちゃんさんだしな〉

〈お兄さんガチ恋勢の俺としてはお兄さんの容体が気になる〉


「お兄ちゃんにガチ恋っていう話はちょっと聞き捨てなりませんが……もう大丈夫です。一週間くらい入院してましたがもう退院して、最近は一緒にご飯作ったりゲームとかやってます。そう! お兄ちゃんに立ち回り方とか戦法とかいろいろ教えてもらったんですよ! 最近はお兄ちゃんといっぱいゲームする時間があるから、だから勝率も上がってるのかもしれないですね! 明日も教えてもらう約束してるんですよ!」


〈声の跳ね上がり方えぎぃw〉

〈お嬢に教えられるくらいの腕ってどんだけ〉

〈お兄ちゃんさん何者なんだよ……〉

〈おいバカ聞くな〉

〈かわいすぎかよ〉

〈お嬢にお兄ちゃんさんのこと聞くとか素人かよ……〉


「あれお兄ちゃんのこと知らない人がいるようですね! それならここでもう一度説明しておきますね! お兄ちゃんはなんでもできるんですよ! テスト勉強しててもここがわからないんだけどって言ったらなんでも教えてくれるんです! 嫌な顔ひとつしないでとってもわかりやすく! あとですね! 昔から勉強もなんですけどゲームもできるんです! なんでも詳しいんですよ! これだけでもすごいのにそれだけじゃないんですよ! 音楽のテストでギターしなきゃいけないんだあって話をしたら次の週にはエレアコ買ってきてくれて教えてくれたんですよびっくりしません? 教えられるくらいにギターうまいんですよ?! いつ練習したの?! びっくりしますよね!? ね!? 合唱コンクールの時は練習するためにカラオケにも付き合ってくれたんですから! ラブソングをリクエストしたら心を込めて歌ってくれたんです! それにお兄ちゃんはとても器用で声色を変えるのも得意だったからお願いしたら声真似もできるようになったんですよ! あと……くふふっ……これはつい最近の話なんですけどテレビでバーテンダーの特集がやってた時に私がかっこいいなーってぼそっと呟いたらいつの間にか道具用意したらしくてその三日後くらいにはカクテル作ってくれたんです! 未成年なのでもちろんノンアルコールでしたけど大人っぽい味がしました! くふっ……きっと私がバーテンダーの人を褒めてたからやきもち焼いちゃったんですよかわいいなあ……かわいいなあ! そうだカクテルだけじゃないや! お兄ちゃんは私のご飯もずっと作ってくれてて料理もできるんですしかもすっごくおいしいんですよ! すごくないですか?! 私のお兄ちゃんすごくないですか?! はあ……私のお兄ちゃんすごいなあ……」


〈圧がすごい〉

〈お、おお〉

〈いつ息継ぎしてるんだw〉

〈せ、せやな〉

〈笑い方が絶妙にきもくて草〉

〈お兄ちゃんさんのこと好きすぎわろた〉

〈お兄ちゃんさんの話する時めっちゃ早口になるよな〉

〈早口詠唱の新作きたー!〉

〈絶対また切り抜かれるぞ見てろよ見てろよー〉

〈完全にオタクのそれ〉

〈ワイもこんな妹欲しいわ〉

〈俺はこんなお兄さんがほしい〉

〈仲いいね〉


 私の熱弁を聞いてコメントの流れが早くなる。お兄ちゃんの話はこれまで何度もしているので眷属さんたちも慣れたものだ。何度も話しているのにその都度話すことが湧いてくるお兄ちゃんの話題性すごい。


 ばばーと流れるコメントの中でも〈仲がいいんだね〉という内容が多くあった。


 それはそうだろう。いったいどれだけの時間を共有してきたことか。


「〈仲がいい〉ですか。もちろん仲良しですよ! 両親が共働きで忙しくてなかなか家に帰ってこれなかったので、お兄ちゃんとずっと二人で家に……あ。そう、魔界では、はい。高い役職にいたのでね、忙しかったんですよ、両親」


 両親は共働きで、立場も責任もある仕事をしている。長期間家を空けることについては、小さい時はどうあれ今は思うところはない。尊敬しているし、ゆとりのある生活を送れることに感謝もしている。


 でも昔の私は『お仕事が忙しいなら仕方ないよね』で納得できるほどいい子じゃなかった。


 小さい頃の私は五つしか違わないお兄ちゃんにわがままを言って、甘えて、もたれかかっていた。お兄ちゃんは困ったような笑みを浮かべて、それでも私と一緒にいてくれた。


 ずっと一緒にいた。そこらの兄妹なんて比較にならないくらいに、私たちは二人きりでいる時間が長かった。


 〈仲がいい〉なんてレベルじゃないのだ、私とお兄ちゃんは。


「両親が忙しくて帰ってこれない分の代わりを、お兄ちゃんが全部やってくれてたんです。……いえ、ちょっと違いますね。今も変わらずにやってくれてるんです」


 お母さんの代わりも、お父さんの代わりも、ぜんぶお兄ちゃんがやってくれていた。


 わずらわしいとか、うるさいとか、腹の立つことも多かったはずなのに、お兄ちゃんは私の前で不服そうな姿は一度だって見せなかった。嫌だとか、面倒だとか、そんな言葉一度だって吐かなかった。


 見返りなんて、一切求めかった。


 そんな無償の愛情を注がれておいてなにも感じないほど、私は傲慢でも無神経でも鉄面皮でもない。


 抱えきれないくらいにもらった愛情で育まれた私は、だからお兄ちゃんに愛情でお返しするんだ。


 愛情をもらって、あげて、またもらう。ふふ、永久機関だ。私たちは完成している。


「ふつうの兄妹がどのくらい一緒にいてどのくらい仲がいいのか知りませんけど、どこの兄妹よりも仲良しの自信があります。相思相愛ですからね、私とお兄ちゃんは!」


〈お兄ちゃんさんのこと好きすぎでしょw〉

〈かなり深刻なブラコンですねぇ……〉

〈そんなお兄ちゃんさんだったら配信見てるんじゃない?〉

〈どうしてこんなになるまで放っておいたんだ!〉

〈お兄ちゃんさん見てるー?〉

〈てかお兄ちゃんさんはお嬢がVtuberやってること知ってんの?〉


「あ、Vtuberやってることはお兄ちゃんには伝えていますよ。配信中は騒がしくなるかもしれないですし、なにより一つ屋根の下で暮らしてて隠し通せる物でもないですからね。隠す理由もありませんし。でもお兄ちゃんは配信観てないですよ。観ないでって言いましたから。お兄ちゃんは約束絶対守るんです」


〈配信は見ない(見ないとは言ってない)〉

〈絶対隠れて見てるよ〉

〈配信は見ないけど切り抜きは見てるとかありそう〉

〈とんちかよw〉

〈一休さんかな?〉


「観てないですって。さすがに私もお兄ちゃんに観られてたらここまで喋るのは恥ずかしいです。……さて、そろそろいい時間なのでこのあたりで終わりにしましょうか」


 眷属さんたちの別れを惜しむ声を半ば無視する形で強引に配信終了の流れに持っていく。


 私も寂しいよ。でもごめんね。これからお兄ちゃんと外食デートに行く予定があるんだ。そのあとは夜景を見に行く予定もあるんだ。だから仕方ない、仕方ないんだ。


「あ、そうです。前回前々回もやっていましたが、お知らせがあります」

 

 危うく安生地さんから言われていたことを忘れるところだった。


〈絶対忘れてたやん〉

〈お兄ちゃんさんの話に頭持ってかれすぎw〉


「思い出したのでセーフです。えー、この度『New Tale』で四期生のデビュー計画が始動しました。今現在も応募を受け付けています。やってみたい人や興味のある人はぜひ公式ホームページを見てみてくださいね。……はい、お知らせでした」


〈形ばっかりのお知らせコーナー〉

〈すごいな前回前々回と一言一句同じだ〉

〈今日日AIのほうがまだ抑揚あるぞw〉

〈コピペ?〉


「違います。カンニングペーパーです。モニターの端っこに貼ってるんです」


〈カンニングペーパーw〉

〈そのわりには忘れとったけどな〉

〈とうとうNTも四期生まできたか〉

〈やってみたいけどNTは男はだめだもんな〉


「勘違いしている人も多いかもしれないですけど、『New Tale』の募集は女の子限定でやってるわけではありませんよ?」


〈え〉

〈嘘やん〉


「応募要項では性別について言及してませんし、男性でもいいはずです。ダメとは書いてませんからね」


〈まじかよ〉

〈確認してみたらほんとに女限定じゃないな〉

〈でも実際は女の子だけなんでは?〉


「〈でも実際は女の子だけなんでは?〉あー……そのあたりはどうなんでしょうね。暗黙の了解的なのがあるのかもしれないです。でも、とりあえず応募してみるのはいいかもしれないですね。出すだけなら問題ありませんし」


〈ダメ元で送ってみるか〉

〈NTも有名になったし応募すごそうだな〉

〈お兄さんに声かけてみたらどう?〉

〈ガチ恋勢のやつ必死すぎて草〉


「お兄ちゃんにガチ恋してる眷属さんとはちょっとじっくりお話をする必要がありそうですが……でも、とても魅力的な提案ですね! 私もお兄ちゃんと一緒にやりたいです! よし、今度いてみましょう!」


〈おもしろくなってきた!〉

〈お兄ちゃんさんもVtuberやり始めたらずっとコラボやってそうw〉

〈これでお兄ちゃんさんもNTに入ったら兄妹Vtuberは二組目か〉

〈ツインズに続いて二組目やな〉

〈ツインズは姉妹だけどな〉

〈まぁお兄ちゃんさんが受かるかどうかはわからんけども〉


「応募さえしてくれたらお兄ちゃんなら絶対合格しますよ! 声もいいですしなんでもできますからね!」


〈すごい自信だw〉

〈お兄ちゃんさんへのプレッシャーすごいな〉

〈めっちゃハードルあげてて草〉

〈がんばってお兄さんを説得してください!〉

〈なりふり構ってねえなガチ恋奴〉


 とある眷属さんから不穏な気配を感じるけれど、お兄ちゃんにVtuberにならないかオススメしてみるというアイデアを出してくれたので今回ばかりは不問に付しておこう。


 お兄ちゃんと一緒に活動できたら、もっと楽しくなるはずだ。考えるだけでわくわくしてくる。


 FPSのコーチングしてって約束もしてたし、明日話してみよっと。

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