第六十話 防御魔法の限界

 一方、その頃。


「ハッ!セイッ!……クッ!手応えが、無い……!?」


 マーズさんは、強化人間である「リオ」に圧倒され、一方的な防戦を強いられていた。


「アンタみたいな凡人に、アタシを倒そうなんて千年早いね!アタシは『無敵』だ!文字通り、強化して『無敵』になったのさ!アンタに勝ち目は無ぁい!」


「どういう、意味だ……!」


「アタシは強化によって、魔力が『無限』になったのさ!そして、アタシは『絶対的な防御を約束する』防御魔法が常に発動している!飛んでくるものが小石だろうが矢だろうが、それを通したことは一度たりとも無い!つまり!アタシが負けることなんて、絶っっっ対に!無いんだよ!」


「ほう……?だが、そんなことが成り立つのか?」


 魔力が無限なのであれば、その「無限」の魔力はどこに貯蔵されているのだろうか。


 マーズさんは訝んだ。


「成り立つんだよ!強化されてから、魔力切れを起こしたことは一度だって無い!それが何よりの証明さね!」


「……それなら、何とかなりそうだな」


「何だってぇ……?」


 リオは炎を纏わせた投げナイフを飛ばし、それはマーズさんの左肩を正確に突き刺す。


「ぐぅ……っ」


「そして、もう一つ……アタシは防御だけじゃあなくて……攻撃もできるってことを忘れてもらっちゃあ困るね!」


 続けて、二本のナイフがマーズさんへ襲いかかった。


 片方は大剣で弾き飛ばしたものの、もう一本は左腕へ突き刺さり、とうとうマーズさんは剣から左手を離してしまう。


「ぐぁぁっ!」


「ほらほら、どうした!何とかなるんじゃあなかったのかい!?」 


 そして、リオはマーズさんをなぶるように、ナナシちゃんには及ばないものの人間離れしたスピードで左腕に拳と蹴りを叩き込んだ。


「ああ……何とかなるさ……今まさに、『何とかしている』ところだとも」


「はぁ?どこが!どこが!どこが、何とかしているんだい!?やられっぱなしで、よく言えたモンだよ!」


「うっ……ぐぁぁぁ!」


 リオは鞭に炎を纏わせ、さらにマーズさんの左腕を滅多打ちにする。

 もはや動くことさえままならなくなってしまったマーズさんの左腕。

 二の腕に至ってはもはや感覚が薄れているのか、肉が抉れていることさえ、「痛みが発生している」という事象以外にマーズさんは気づいていないようである。


「アハッハァ……!これで終わりだよ!強化実験の犠牲になったガキ共の命も、それなりに尊かったってことだねぇ!アンタの言ってた『何とか』とやらが……一体どうするつもりだったのか、見てやりたかったねぇ!アハッ、ハッハッハァー!!!」


「……ああ、見せてやるとも。私の意地と、剣士の矜持をな」


「なっ……!?」


 しかしマーズさんは立ち上がって、右手で大剣を強く握り、リオの腹部に刃を食い込ませる。


「逃さんぞ、腐れ女が。私は、ジィンほど優しくはない」


「な、何を……アタシの防御魔法があれば、そんな攻撃……!」


 リオは炎を纏わせたナイフをマーズさんの背中に突き刺し、手を捻ってさらに肉を抉る。

 それでも、マーズさんは大剣をリオの腰に食い込ませたまま、さらに負傷した左腕で腰を押さえた上で刃を前後させ始めた。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁ……!」


「無駄だよ!アタシの防御魔法は、一度だって攻撃を通したことが……!」


「お前は、その攻撃がどれくらいの頻度だったか、どれくらいの威力だったか……覚えているのか?」


「はぁ?そんなん一々覚えていて何になるのさ!」


「……そこが、お前の落ち度だ」


「う、うおおおおおおおおっ!?」


 自動発動する防御魔法は、攻撃が加わるたびに発動している。

 マーズさんが見抜いた、弱点と思しきところ。


 それは、「防御魔法を自動発動する強化をしている強化人間が、絶え間ない連続攻撃を受けるたびに防御魔法を発動してしまうのであれば、その魔力がいつまで続くのか検証していないリオの魔力は本当に無限だったのではなく、『普通に戦う分には尽きないくらいしか使っていないだけ』」という可能性であった。


 これで本当に魔力が無限なのであれば、万事休すである。

 しかし、それでは理屈が通らない。


 魔力の供給による回復を上回る程に、連続して魔法を使えば、いずれは限界が来るものである。

 そして、攻撃を完全に防ぐ魔法に必要な魔力が少ないハズが無いというのも、この説を補強する要因となっているだろう。

 魔力をそこまで多く溜めることも供給することもできない俺が、魔力が豊富であるガラテヤ様のように「風の鎧」を頻繁に使うことができないように。


 そして、リソースには次元を超えない限り、必ず「存在できる場所」が必要である。

 次元を割いて物置きを作るでもない限り、少なくとも「魔力が無限」などという事象は起き得ない。


 マーズさんは、さらに大剣を擦りつけて肉を抉るように、防御魔法で身体を守るように連続して生成される壁を破壊する。


 リオが強化によって得た「無限の魔力」と「絶対的な防御を約束する魔法」というのは、どちらも経験の話。

 そんなものが存在したという記録は無く、ましてやこの世界に「魔力」や変換前の「霊力」エネルギーというものが存在する以上、それにはどこか「保存する場所」が必要だ。


 故に、リオの防御魔法というのは、「防御性能がとても高く、危険を自動で察知して発動する上に、仮に破壊されてもコンマ一秒さえ間を空けずに再び発動できるバリア」に他ならない。


 確かに性能が高い魔法だが、本人が自身の魔力を『無限』であると表してしまうほど高かったとて、いずれ限界はやってくる。

 マーズさんは、それを戦いの中で見破ったのだろう。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……!」


 とはいえ、やはり強力な魔法であることは間違いない。

 未だ、防御魔法は発動し続けている。

 しかし、少しずつ。

 少しずつ、電池切れが近い機械が完全な性能を引き出せていないように、出力が弱まってきているように見えた。


 先程まで発動してから消えるまでの間に傷一つない状態が続いていた魔力の障壁に、段々と傷がつき始める。


「アタシの障壁が……傷ついている……!?」


「……とった。これで、終わりだッッッ!」


 さらに、マーズさんはリオの右脚に自身の左脚を絡めて固定。


 逃げるどころか、一歩も退くことを良しとしないマーズさんの組みつきに、リオはただ、持っていた鞭でペチペチとマーズさんの背中を叩くことでしか、抵抗できなかった。


「ああ、あああああああ……!」


「今まで、封印していたモノを使う時が来た。一つしかない、私の切り札……!」


 切り札。

 バグラディとの戦いで見せた「オーガー・エッジ」は、未成年とは思えない程の気迫と力で相手を圧倒する、しかしただ「それだけ」の技。

 しかし、今回ばかりは少し違うとでも言わんばかりに、大剣に魔力を込め始めた。


「そんな、アタシは無敵の、強化を……!」


 マーズさんの大剣が、ついに防御魔法による障壁を打ち破る。


 絶え間なく擦られる刃、それに合わせて発動する防御魔法に、とうとうリオの魔力が底を尽きたのだろう。


「絶技……【怒羅剣ドラッケン】」


 大剣がマーズさんの魔力を一度に全て纏い、眩い光を放つ。


 そしてマーズさんの左脚と、リオの左脇腹に食い込んだ大剣の刃とが、そのままリオの身体をホールド。


「あ、あ……ああああああああああああ!」


 一刀のうちに、地面へ押し倒すように叩き斬った。


「……はぁ、はぁ………………っ!?」


 一息ついたのも束の間。


「ハァ、ハァ……危ない、ところ、だったね……」


 リオは間一髪、叫んだ直後に吸い込んだ空気から取り込んだ霊力が、生命の危機を感じた肉体によって体内で急速に魔力へと変換されたのか。


 左腹部が少し抉れた程度の傷に収まってしまった。


「そん、な……」


「アッ……ハハハハハァァァ!アタシの魔力は、本当にこれでおしまいさ。だが、同じく魔力を使い果たした上、左腕まで機能しなくなったアンタに負けるアタシじゃあないよ!さあ!形勢逆転だ。今度こそ、殺してやるよ!」


 リオが隠し持っていたナイフを構え、マーズさんの首を刺し貫こうとした、その時。


「【嶺流貫レールガン】」


「……ェ?」


「な、何だ……!?」


 もはや魔力は底を尽き、防御魔法も発動しなくなったリオの胸部へ大穴を開けた一撃。


「マーズさん!今のは一体……!?」


 それは弓よりも速く、弓よりも重いもの。

 しかし弾丸どころか銃さえも、この世界には見当たらない。


 誰がそんな攻撃をしたのか。

 弾丸が飛んできた方向からして、魔弾の射手は、後衛を務める者の誰かであることは間違い無い。


 丁度ケイブとの戦いを経て加勢に来た俺とマーズさんは、同時に後方へ目をやる。


 そこに立っていたのは、俺も良く知るあの少女であった。


「ふぅ。スナイパーというのも、悪いものでは無いわね」

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