第五十九話 失われるべきもの

 刀を構えるのは、久しぶりだ。

 そして、ここまで高く飛び上がるのも。


「ブチ殺してやる……。何の罪も無い捨て子を実験台にして、しまいには使い捨てるなんざ……人のやっていいことじゃあ無い」


 俺は土の鎧を纏ったケイブを斬りつけるが、しかし刃が土の下に控える皮を割くことは無かった。

 やはり、久しぶりに刀を触ったブランクと、それが自分の使い慣れた刀ではないことの影響は小さくないらしい。

 そして、練り固められた魔力から生成される岩の硬さが、やはり彼も強化人間であることを証明している。


「ハッ。野垂れ死ぬハズだった捨て子を拾って命を延ばしてやってんだ。感謝はされても、文句を言われる筋合いは無ェなァ。それとも何だ?そのまま見捨てられていた方が、ガキ共は幸せだったってかァ?」


「……少なくとも、実験材料にされた上で、さらに使い捨てられるよりかはマシだっただろうな。この世界に天国があるとは思えないけど……それでも、どうせ地獄なら死んでいた方がマシだろ」


 命は、必ずしも全てを肯定できるものではない。

 特に、喜びの一つも無い程に不幸な人生を送った者は……果たして、自分が生まれてきたことを喜ぶだろうか。


 少なくとも、ナナシちゃんは俺と戦えて良かったと言ってくれた。

 しかし、ナナシちゃんが剣と剣との戦いを好む性格では無かったらと思うと、ナナシちゃんは死に際にどんな表情をしていたことだろうか。


 これは「強化人間にされてまで生かされた上で全てを支配され、逆らえないように『自爆装置』まで埋め込まれた子供が目の前で死を望んでいた場合」の話だが……。

 俺はその子に、必ずしも「それでも生きてた方が良い」と言える自信は無い。


「へェ。命の尊さを知らねェ奴でも、騎士が務まるとは思ってなかったなァ」


「どの口がそれを言ってんだよ。お前らがナナシちゃん達を解放して孤児院に送るなり、拾うなら拾うで、兵器としての利用だとか、望まない強化だとか、そういうのをやめりゃあいい話だろうが」


「残念だがなァ……フラッグ革命団は慈善事業をやっている集団じゃあねェからなァ」


 ケイブの魔法によって飛んでくる石を回避しつつ、俺は時に、それを刀で弾くことで慣らしを始める。


「じゃあ最初っから、子供達の人生に関わるのはやめろ!俺はお前らみたいな、罪も無い人の弱みにつけ込んで、自分達だけ甘い汁を吸おうとしている奴が大っ嫌いなんだよ!クソ気に食わねぇ!」


「アァ?そンなら、貴族も同じじゃねェか……。兵力やら統率力が無ければ滅びる平民の弱みにつけ込んで、税という甘い汁を吸う……。お前達と何が違う?そんなに嫌なら、やはり貴族家なんざ解体した方が良いんじゃあねェのかァ?」


「『役割分担』と『搾取』は違う!そんなことを言ったら、農民も酪農家も、漁師だって、『食べ物がなくなったら困る人々の弱みにつけ込んで金をもらっている』ことになるだろうが!」


「ほゥ……?」


 ケイブは右手の拳を握り、さらにこちらを叩き潰そうと、右腕に岩を纏わせた。


「悪いのは権力そのものじゃあない。お前らみたいな、『欲望のままに動き、国レベルの大きなものを巻き込んで自分達だけを幸せにする世界を作ろうとしている奴ら』だ!つまりカス野郎は貴族でも、ましてや平民でもない!……お前らみたいな奴のことだァーッッッ!」


 俺は一度身を引き、ナナシちゃんの刀を納刀。


「【エアーズ・オブ……」


 そして、


「【駆ける風】。……そして、この一太刀でお前を殺す」


「フォール】ゥゥゥゥ!!!」


「風牙流……【女郎蜘蛛じょろうぐも】!」


 再び抜刀。

 ケイブを狙って飛ぶ風の刃は、激しく、強く、多く。

 何で構成されているかも分からない巨大な岩を纏った右腕を、あっという間に斬り落とした。


「なッ、何ィ……!!?お、俺の、俺の右腕がァァァァァァァ!!?」


「騒ぐな、うるさい。楽にしてやるから待っとけ」


「ま、待て!俺が悪かったァ!俺も協力する!知ってる限りの情報は全部渡す!だから、見逃し……」


「じゃあ、さっさとその情報ってのを教えろ。で、知ってること全部吐いたら、持ってる物全部置いてとっとと失せろ」


「わ、分かった!じゃ、じゃあ、一番早く知っといた方が良い情報の一つ目だァ!テメェが喋っている内に、テメェの後ろに用意しておいた岩の槍は今、お前の後頭部を貫こうとしているぞォォォッ!」


「なっ……!?」


 振り向く間も無く、尖ったものがこちらの顔面を狙って高速で突っ込んでくる「風」を肌で感じた。


「勝ったァ!死ね、正義に身を売り、己が身の尊さを見失ったお偉いがァァァァァ!」


 ケイブは舌を出し、勝ち誇った笑い声を上げる。


「おっと」


 しかし俺は、足元に竜巻を起こすことで滑るように横へ身を捻り、それを回避した。


「なッッ……!!?アア」


「ええ……?」


 そして、倒れ込んだ俺の真上を通った岩の槍。


「ァッ!……ァ、ァァ……ァ」


 それはケイブの眉間から後頭部までを貫き、そのまま跡形も無く消失したのであった。

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