第五十八話 点火

「ナナシちゃん!嘘だろ、ナナシちゃん!」


 しかし当然ながら、返事は返ってこない。


 眼前に広がる血と肉のテラリウムが、それをうるさい程に訴えかけてくる。


「ジィン!ファーリちゃんと戦っていた子は……」


「目の前、見てみてください。コレです」


「……これは、お前が」


「違います。あの子は強力な技を使って……俺の装備がボロボロになって落ちてるのは、それが理由です。……でも、彼女達は使い捨てだったんでしょうね。俺の武器と鎧を一瞬で切り刻んだ技を使ってすぐ、身体にかかっていた自爆魔法が発動して……」


「そうか。……酷い話だな」


 マーズさんは大剣を地面に突き刺し、両手を合わせて祈りを捧げる。


「……ホント、そうですよね。バグラディの話を聞く限りですけど、捨て子を使い捨てておきながら、権力者がいない平等な世界を作ろうだなんて……身の程を知れって感じですよ」


「全くだ。……ほら、次の波が来るぞ」


 そして再びマーズさんは大剣を手に取り、迫る強化人間の刃を受け止めた。


「ハァー。いや、戦場ってこういうものだとは思うけどさぁ……。マジでなりふり構わないんだな……」


 俺も拳を構え、迫り来る人影に向き合う。


「ヴァァァァァ!!」


「クァァァァァ!!」


 先ほど見た強化人間とは別人だろう。

 もはや強化人間というよりも、魔物を弄った何かに見える。

 人間性というべきだろうか、形も動きも、人間のそれとは思えない。


「片方は私が引き受ける!もう片方は頼む!」


「はーい。……もう知らねー。マジで知らねー。知ったこっちゃねー。あーあ。俺、流石にちょっと拗ねるわ」


 こんなものを目の前で見せられて、正気でいられる方がおかしいというものだ。


「グェッヘッヘェ……!」


「お前、ナナシちゃんと違って自我も残ってないのか」


 強化人間といっても、どうやらその力や精神の「残り方」はピンキリのようである。

 この強化人間は、間違いなく先のナナシちゃんよりも弱い上に、知恵も自我も、脳ミソが人間の一回りも小さいゴブリンと同じ程度にしか残っていないだろう。


「ギェッ、ハァ……ァァァァァ!!」


「ごめんな。俺、ちょっと今怒ってるから……お前に恨みは無いが、ちょっと静かにしててくれないか」


「イァァァァァ!」


「風牙流……【砕渦さいか】」


「ギュべ……」


 一撃、風を纏わせた拳を突き出して、もはや自我すらあるかどうかすら怪しい強化人間の顔面を殴り飛ばす。


「………………あーーーああ!……ムカつくなぁ、マジで。何が悲しくて、ただ帰る場所が他に無いがために何も背負わず戦場に出された子供が、挙げ句の果てに切り捨てられて死ぬのを目の前で見なきゃならないんだ」


「はっ!やっ!はぁっ!……ふぅ。本当に……この戦場は、どうかしているな」


 もう一体の強化人間を倒したマーズさんを背に、俺は辛うじて少し残っていたナナシちゃんの骨片を土に埋め、彼女の血に浸かった刀を手に取った。


「ナナシちゃん。この刀、貰っていくよ。装備は君が壊したんだからね、これくらい貰っても良いよね」


「……さあ、次の強化人間を拘束しに行くぞ。その刀は……。そうか。その子は、確かに剣士だったのだな」


「はい。確かに、俺と刀を交えた、未熟でしたけど……立派な剣士でした」


 俺は側に落ちていた鞘に刀を納め、それを腰のベルトにかける。


 フルプレートメイルは、すっかりダメになってしまった。

 バックラーも弓矢も、すっかり粉微塵である。


「よう、そこの兄ちゃん。なかなか腕が立ちそうじゃねぇか。ちょっと遊んで行こうやぁ」


 そして眼前には、二メートルを超えるであろう身長の大男。


 先ほど、リオという女とケレアという男と共に戦場を荒らし回っていた強化人間の一人だ。


「じゃあ、こっちの女はアタシが担当するよ!いいだろ!?」


「構わねぇ。さっさとやっちまうぞ」


「やれるもんならやってみろ。……と、その前に、聞きたいことがある」


「何だ?言ってみやがれ」


「お前は強化人間、だとは思うんだけど……革命団の誰かに拾われたのか?それとも、自分の意思で自分を強化したのか?」


 これは、重要な質問である。

 もし相手が、ナナシちゃんと同じように、「自らの意思で背負うべきものがあって従っている訳では無い」場合。


 俺の見立てでは、その者には戦いが終わるまで上手くサボってもらい、決着がついた後にメイラークム先生などを介してプロの医者や魔法使いによる手を施し、魔法を解除するという手段を踏めば、恐らく彼らをフラッグ革命団へ縛るものは無くなるだろうと推測される。

 そうすれば、副次的な効果として人道に反した強化人間を作ったフラッグ革命団への社会的な風当たりを強くし、さらに被害者への手当ても出しやすくなるという恩恵もあるだろう。


 しかし。


「俺は根っからの革命団員だ。リオも、ケレアだってそうだ。俺達は特別に、ガキ共の実験で得た成果を元に、比較的安定した手段と魔法で肉体を強化したのよォ」


 彼らは、むしろナナシちゃんはとは逆だったようである。


 この発言が本当ならば、子供達を使って十分に実験を重ね、安全性を確認した上で、初めて大人が強化魔法を使ったということだ。

 呆れて言葉も出ない。


「そうか、ならこれ以上話す言葉は無いな。……さっさと死ね、ゲス野郎」


 俺はナナシちゃんの刀を抜いた瞬間に、風の魔法を使って空中へ飛び上がった。


「さあ!!楽しもうぜぇ、騎士サンよォ!」


 一方のマーズさんも大剣を構えて、リオという女に相対する。


「ヒャッハハ!!!!アッハハ!」


「随分と変わった趣味を持っているのだな、貴様」


「アッハァ!その警戒心に満ちた目……さっきまでお前が話してた騎士が持っている刀の、元の持ち主を拾った時にそっくりだねェ!エート……ナナシ、だったかァ?」


「貴様が剣士の眼を語るな」


「剣士ぃぃ?アンタはアイツの剣を見てたってかい?」


「本当ならば、見たかったのだがな。誰かさん達が使い捨てるような真似をするものだから、間に合わなかった。だから、話を聞いただけだ」


「ヘッ。なら、アンタにそれを言う権利は無いね!乳臭ェ騎士崩れが」


「……私は剣を持ち、正々堂々、自らの力の全てを以て戦う者は、誰であれ、何であれ、剣士だと思っている。他にも聞き捨てならない言葉はいくつかあったが、そこは見逃してやる。だから、それだけは訂正しろ。……私は、ナナシという娘を剣士だと認めている。それを、貴様に否定される義理は無い。たとえ、その戦いぶりを見ていなくとも、だ」


「ハァー?……アイツはガキで!弱くて!小さくて!命令通りのことしかできない!しまいには、命令通りのことさえできないまま死んでいった!その証拠にケイブと戦っているあの騎士が生きている!あんなガキ、使い捨てられて当然だよ!アッハッハァ!」


「……なるほど。貴様の話は分からんが、『言うだけ無駄』、と言うことだけは理解できた。……貴様には、少しばかり……剣士の意地を身体で味わってもらう」


「アンタこそ、自分の弱さに泣くんじゃないよォ……?」


 リオとマーズさん、ケイブと俺。


 ナナシちゃんの死を悼む間も大して無いまま、俺はマーズさんと共に、生粋の革命団員である二人との戦いへ身を投じるのだった。

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