第三十話 偶然
第七部隊の馬車に揺られること数時間。
突然、馬車が止まった。
「ど、どうしたんですか?」
「下がっていて下さい、ジィン君達。例の猟兵だ」
「例の猟兵って……!?」
「ああ。我々は、タイミングが良かったのかもしれないね。さあ、第七部隊の力を見せる時が来たようだね」
最悪だ。
偶然なのか、はまたまレイティル様の読みなのか。
ファーリちゃん達がベルメリアへ出発しようとしているタイミングで、俺達……つまり第七部隊も、拠点付近へと辿り着いてしまった。
「……ジィン」
「ええ。マズイことになりましたね」
馬車の荷台で身を寄せ合って小声で話す。
「どうするのぉ?終わりじゃん、あの猟兵達」
「……いや、まだ何とかなる。何とかする……しかない」
腰を上げ、「風の鎧」で流れる空気を全身に纏わせた。
「えっ、ジィン?」
「時間を稼ぎます」
馬車から飛び降り、すぐさま全身に纏わせた風をさらに強める。
そして、「不可知槍」と同じ要領でモザイクのように姿を隠し、魂までも、そのモザイクの内に収める。
全てを隠し、レイティルさんの元へ急行。
全身に纏っている風が、俺を先へ先へと進めてくれる。
スピードはホバー移動の数倍、消費魔力もその数倍。
このモザイクは、そう長く持たないだろう。
しかし、この速度なら離れた距離を走っている馬車にも十秒と経たずに届く。
俺は馬車を追い抜き、車輪を殴り飛ばした上で運転手が持っていた手綱を斬って止めた。
「なっ、ぬおおっ!?」
荷台から飛び出すレイティルさん。
やはりちょっとやそっとで足止めすることはできないらしい。
「父上!」
「私は大丈夫だ!ここからは魔法で移動する!【
レイティルさんは足に水を纏わせ、ジェットパックの要領で一気にファーリちゃん達の元へ飛んで行こうとする。
しかし、それを見逃す俺ではない。
「【
俺は全身に纏ったモザイクを保ったまま「風車」で飛ばした風の刃をレイティルさんの足元に当て、纏っていた水を吹き飛ばす。
「曲者……?そこに誰かいるなッ!」
レイティルさんは、モザイクの中心である俺を狙って剣に纏わせた水を放つ。
「オッシャル、トオリデ……!」
風のモザイクが声を振るわせる。
存在を曖昧にしている風は、声さえも曖昧にしているようだ。
自分さえもよく分からないまま使っているこの魔法。
思っている以上に厄介かもしれない。
「君、風の魔法が得意なのかな?君が何者かは分からないが……邪魔になってもらっては困るなぁ」
「……」
「私は元々、戦闘が得意で隊長になった訳では無くってね。正直、一対一の戦闘は他の隊長よりも苦手なのだが……これでも、私は隊長だからね。君は強そうだし……ちょっとだけ、本気でやらせてもらうよ」
第七隊長レイティルの力。
あの温厚なマーズさんの父親としての顔とはかけ離れた殺気が、風のモザイクを貫通して肌まで伝ってくる。
これで他の隊長よりも戦闘が苦手だと言うのは、正直、訳が分からない。
「足止メ……」
レイティルさんの剣から弾丸のような水が飛んできた。
それに合わせて、俺は空気のモザイクをさらに強化して防ぐ。
「ほほう。やるね、君。なら……これならどうだッ!」
「……?」
右腕から飛んだ水飛沫のようなもの。
虹色に光って見えるそれは、瞬時に俺の全身へ巻き付いて、「何か」を奪った。
「【火封じ】!」
「ナ……?」
「風の魔法は確かに強力だ……。だが、火の力を封じてしまえば、風が起こることは無い……!」
授業で習った。
風は実質的に火と水の複合。
そして火を封じられた今、水の魔法を使ったことがない俺にできることは、封じられたということになる。
しかし、俺は魔法という概念の有無が微妙な時代から、風を用いた剣術を使ってきた。
それに今、理由は分からないが風のモザイクは消えていない。
当時のように行くかは分からないが、この世界の魔法に頼らない、実に数十年ぶりの風牙流。
魔力を使えば、成熟した肉体では負担に感じることも少なくなってきた風牙流を、ここにきて生身で使うことになるとは思っていなかった。
今の俺に、どこまでできるか。
ダメで元々、試してみる価値はある。
「……【
全身の肉が裂け、骨が軋むような痛み。
しかし、それと同時に全身の風がより一層勢いを増し、空間を割くような斬撃が二つ、レイティルさんを襲う。
「マズい……!フンッ!」
間一髪、大波のような膜を張って防ぐレイティルさんだったが、衝撃を完全には防ぐことができず、そのまま背後へ後ずさり。
「グググググゥ……!」
呼吸が荒くなる。
やはり、魔法に依存しない風牙流は負担が肉体への大き過ぎたようだ。
しかし剣技以前に、「不可知槍」の応用ではあるが、そもそも魔法に頼らなければ全身にそれを施すことができない風のモザイクが今になっても切れていない以上、「火封じ」が何故か俺にとって意味を為さないものであるということは明確となった。
「何故だ、火は封じた筈じゃあ……!」
「少シダケ……眠ッテイテモライマス」
「これは……少々厄介……!」
レイティルさんは真面目で優しい騎士だ。
彼に恨みは無いが、しばらく眠っていてもらおう。
俺だって、元武士のホープだ。
今まで培った全てを活かして勝利を掴む。
「ハァァァァ……」
「誰なのかは分からないが、君の強さに敬意を表し……ちょっとどころではない……全力でお相手しよう!」
死なない程度の力に手加減をしたいところだが、ここはレイティルさんを信用して全力で行く。
そもそも王国政府直属の騎士団員、それも部隊長を任されるような人に、手加減などできるはずも無い。
限界を無理にでも突破しなければ、退けることさえ不可能だろう。
俺は心頭を滅却し、精神の深くまで感覚を研ぎ澄ませる。
レイティルさんが、青く輝く強大な魔力と殺気の塊に見えるまで、深く、深くまで自身の魂へ意識を潜り込ませるように。
息を整えた上で、さらに大きく一息吸い込む。
そして、ファルシオンを抜いた。
「【
霊と風を伴った斬撃は、肉体と魂を狙って飛んでいく。
「【
レイティルさんは、先程とは比べ物にならない水を上空から落として防御を固めた。
しかし、霊山を越えた風のように鋭く、魂を揺さぶる斬撃。
その衝撃までは、滝で止めることはできない。
「……」
「ぐ、ぐぉぉぉぉぉぉぉぉ……な、何……!?」
レイティルさんの心身を斬り裂くそれは、彼の意識を夢の世界へ吹き飛ばすに不足しなかった。
全身を内側から砕かれるような感覚に俺も倒れるが、意識は何とか飛ばさずに済んだようである。
微かに、視界が開けている。
仲間の兵士達がレイティルさんの元へ駆け寄るが、もうじきこちらへやってくるだろう。
しかし間一髪、闇の魔法で作り出した腕を馬車から伸ばし、こっそり拾い上げてくれたロディアに馬車へ乗せられ、俺を心配してくれているのか、駆け寄るガラテヤ様に親指を立てて無事を伝え、また、親父を殺してやいないかと心配するマーズさんに大丈夫だと目配せをし、そこでようやく俺は意識を虚空の彼方へと吹き飛ばした。
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