第三十一話 おいらの居場所

 レイティルさんとの戦いからどれだけ経ったのだろうか。


「ジィン、ジィン。起きなさい、ジィン」


「……んぁ?……ああ、ガラテヤ様……マーズさん、ロディア……?」


「まだ戦いは終わっていないぞ、ジィン。君が父上を……私としては不本意だったが、あろうことか、倒して……彼らは無事、ベルメリア領にて騎士団に保護された。それと、ランドルフ団長からの伝言だが……ギルドが拘束している君達の襲撃犯も含めて、それなりの待遇も約束するという話だ。だが……」


「一人、君と話したいって人がいるみたいでねぇ。ほら、馬車の外出てみなよ、ジィン君」


 ロディアの指差す先には、一人の少女が立っている。


 その顔は見慣れた、ラナちゃん……ではなく、「ファーリ・オンソルケイド」のもの。


「……ファーリちゃん」


「二つだけ」


「へ?」


「二つだけ、言いたいこと」


 ファーリちゃんは真っ直ぐ、こちらを見つめている。


 その視線だけで、俺の眠気は吹き飛んだ。


「な、何かな」


「一つ目、言いたいこと。皆を、ありがとう。あなたのおかげで、私達は明日から……普通に生きていけるようになった」


「……ああ、うん」


「二つ目、言いたいこと。………………」


「な、何……」


「調子に乗るなよ、えらい人」


 次の瞬間、ファーリちゃんは眼前へ。


「なッッッ……!」


「何、で……!?」


「おいらは!あの日々が好きだった!猟兵は確かに悪いひと!おいら達がやってたことは悪いこと!でも!それでも、どうしても、おいらは猟兵が……好きだった」


「でもファーリちゃん!あんな生き方しかできないって、あんなに悲しそうに……!」


「知ってる。でも、おいらは……!本当に、そんな生き方しかできなかったんだよ……!知ってるよ、どうにもならなかった!だから、どうにもしなくて良かった……!」


「そんな……」


「分かってる。ジィンお兄さんのしたことは多分、正しい。正しいし、それは『善い』ことだった。皆だけじゃなくて、おいらも……多分、救われた。でも、それでも……おいらは、あのままで……良かった……!」


 ファーリちゃんの瞳から、涙がこぼれ落ちる。


 俺がしてきたことは。


「俺がしてきたことの、意味、は」


「おいら達を助けた。生かしてくれた。そして……おいらの拠り所を、一つ消した」


「ああ……。そう、だったんだ……。俺……本当に……余計なことしちゃったんだな……」


「うん。だから……返して」


 ファーリちゃんの攻撃が、途端に止んだ。


「へ……?」


「おいらの居場所を……。返して」


「……えーっと……ベルメリアに行った仲間達のところじゃなくて……?」


「うん。皆は、もうベルメリアのイヌとしてやる気満々。だから、ジィンお兄さんが作って。おいらの居場所」


「どういうこと?」


「猟兵はダメなんでしょ。だから……おいらを、仲間にして」


「………………は?」


「おいらは冒険者になる。それが、猟兵に一番近いって聞いた。だから、冒険者になって……ジィンお兄さん達と、たくさん危ないことする。……その中で、おいらの居場所を作って」


「………………え?い、いいの……っていうか……不満じゃない?俺と動くんだよ?ピンチの時もチャンスの時も、仲間としてだよ?」


「無くなった居場所は戻せない。だから、せめてもの『つぐない』。……ジィンお兄さんは、途中まで油断してたけど、それでも第七隊長に勝った。きっと、『獣道』で過ごした時の、次くらいには楽しい生き方ができると思う。……だから……ついて行かせて」


「それでいいなら、まぁ……分かった」


「決まり。決まったら帰る。馬車に乗せて、王都まで連れてって……」


「マジにマジ、なんだ」


「……ん」


 ファーリちゃんは、さっきまでの攻撃が嘘だったかのように俺の背中へ飛びついて、そのまま眠ってしまった。


 俺も身体は全くもって回復していないが、馬車へ彼女を負ぶっていき。


「ぐぇ」


「ジィン!?ファーリちゃんも、何で……?」


「俺達と……冒険したい……そうです……もう無理」


「ジィン!しっかりしろ、ジィン!」


「お疲れ、ジィン……。ファーリちゃんも、何があったかは分からないけど……お疲れ」


 馬車まで辿り着いた俺の聴覚は、ここが限界だった。


 その後、ファーリちゃんを学園の宿直室で一晩寝かせたらしく、そのまま朝起きたらギルドからやってきたという彼女を、俺達は正式に仲間へ迎えることにした。 


 また、無事だったとはいえ「レイティルさんを襲った風の悪魔」に関して、その噂はたちまち広まり、すっかりファーリちゃん達の猟兵団「獣道」の拠点があった辺りは、すっかり心霊スポットとなってしまったようである。


「……じゃ、よろしく」


「うん。……よろしく、ファーリちゃん。それと……ごめん。あの時、謝り損ねたから。今、謝らせて」


「ん。これから、楽しみにしてる。おいらの居場所ができてくの」


「……うん。楽しみにしてて。きっと、やったことを償うだけじゃなくて……もっと、楽しい日々を約束する」


「じゃあ、それも……楽しみにしとく」


 俺達はファーリちゃんを加えて、五人組となって新たな日々へと足を踏み出した。


 猟兵騒動が一段落してから一ヶ月後。


 受験勉強と編入試験を経て、つい一週間前に編入生として入学したファーリちゃんは、ガラテヤ様の年齢でさえ入れて試合学園でもそうそう見ないその幼さからか、早くも皆の妹として学校に馴染んでいた。


「ファーリちゃん、学校には慣れた?」


「ん。慣れた。みんないい人」


「そっか。なら良かった」


「ん。でも、まだまだ許してない」


「ホントスンマセン」


 そしてファーリちゃんは、ほんの少しだけ俺のことを許してくれる……かと思えば、そんなことは無いようで。


 今日も今日とて、ガラテヤ様優先ではあるが、暇があれば背中に乗られては人力車として使われているのであった。

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