第二十九話 第七隊長

 三日後。


「えー、風属性の魔法は、厳密に『風』という属性が確立している訳ではなく、教科書に書いてあるように、実際は炎と水の複合……」


「複合属性……っと」


「でも、あくまでもそれにこだわって魔法が語られていたのは大昔のことであって、それぞれの属性が持つ要素が一つであろうと複数であろうと、ただその要素以外に違う点は無いことが判明したので、今は……ただ『風属性』としか呼ばないんですよ。だから、今まで通り『風』と覚えてくれればいいんですよぉ」


「へー」


 俺と同じ風属性の魔法を専門としている「シータ・ヴィーマーフ」先生による基礎魔法学の講義。


 それを受け終えた直後、第七部隊が猟兵の拠点を潰しにかかるという情報が入った。


 ソースはマーズさんである。


 ……とは言うが、何もマーズさんは軍事機密を持って来たわけでは無く。


 俺達を見学に誘っていたとのことなのだ。


 勿論、ベルメリア領からの先客が入っているからと、俺達の分まで断ったらしいが……。


 マーズさんの父親は何を考えていたのだろうか。


 しかし、この誘いは逆に好都合であった。


 本当は風を全身に纏って空を飛び、第七部隊の基地を探って、出撃準備の進捗を見に行こうと思っていたのだが……無茶な偵察はしなくて済みそうだ。


「ジィン、ロディア、マーズ。準備はいいかしら」


「勿論です、ガラテヤ様」


「不足無いよ、貴族様」


「ああ、こちらも万全だ。剣もしっかり研いである」


 ガラテヤ様は俺に前を守らせ、マーズとロディアを後ろにつかせる。


 そして俺達は第七部隊よりも先にアリーヴァーヴァ平原東部へと足を進め、ベルメリア領との境目まで向かう。


 領地の境目から王都まで、馬車で二日程度。


 今日は週末。


 上手くいけば、休み中に計画は終わる。


 一方で、向こうは新たな週に入る前に、猟兵達を片付けておきたいというところだろうか。

 マーズさん曰く、父の動きには若干の焦りが見えるとのことだった。


 また、向こうは途中まで馬車を使って移動してくるだろう。

 当然だ、わざわざ小規模な猟兵団相手に歩いて忍び寄る必要は無い。


 一方の俺達は依頼でも何でも無いのに、馬車を使うことはできない。

 普通に移動すれば、確実に追い抜かれる。


 そこでただ早く出発するだけではなく、俺はロディアを、ガラテヤ様はマーズさんをサポートする形で全員の身体に「風の鎧」を纏わせ、ホバー移動することで馬車以上の速度で移動することにした。


 しかし当然、その状態で長距離移動をするのだから消費魔力量は馬鹿にならない。

 目的地までずっと続ける訳にはいかないだろう。


 とりあえず、早くベルメリア領との境目へ辿り着かなければ。


 宙に浮きながら移動すること数時間。


 風で全身を保護していたためだろうか、向かい風をあまり感じなかったことが原因だろう。

 俺が思っていたよりも速度を出し過ぎていたようだ。

 それを裏付けるように、「獣道」の拠点を探る際、最初に目をつけた候補地として挙がったジャルナ空洞が遠くに見える。


 日が暮れる。

 俺達はホバー移動を止め、マーズさんが持ってきた全員分のランプを手元に置いて野宿の準備を始めた。


 馬車ならともかく、夜道を高速で移動することは、風で守りを固めているとはいえ少々無茶だろう。


 それに、このペースなら翌日中には何とかベルメリア領まで着きそうだ。

 ホバー移動が思ったよりも速かったため、計画は見込みよりも上手く動きそうである。


 俺とガラテヤ様は、ほとんと無くなってしまった魔力を補給するため、聖水を飲んで早く眠ることにした。


 見張りは、ロディアとマーズさんを中心にしてもらうことになっている。


 勿論、俺とガラテヤ様も少しはするつもりだが……ホバー移動をするための魔力を回復しなければならないため、多くの睡眠時間を確保させてもらうつもりだ。


 そして翌日、早めに起きた俺はマーズさんと見張りを交代し、定期的に辺りを見回す。


 すると、遠くに黒い塵のようなものが一つ。


 よく目を凝らしてみると、それがいくつかの馬車であることが判る。


 馬車に付けられている旗には、「王国騎士団第七部隊」の紋章。


 全速力で馬車を飛ばしてきたのだろうか。

 それとも、何か魔法のようなものを……?


 彼らはまだまだ遠くではあるが、こちらが悠長に寝ている場合では無いことは確かである。


「皆ー!緊急事態発生!今すぐ出発しましょう!」


 俺は急いで三人を起こし、すぐに準備を整えてベルメリア領までホバー移動を開始。


 魔力は完全にとまではいかないが、ある程度回復している。


 この調子で行けば、夕方までには……!


 そう思ったのも束の間。


「……危ないッ!」


 俺達の真上を、高速で通り抜けてていく人影が一つ。


 そして、それは俺達の目の前を塞ぐように降り立ち、こちらを見るなり、ニコっと笑った。


「久しいね、マーズ。これから、例のベルメリアへ行くのかい?皆は、例のお友達ですかな。折角です、送っていってあげよう」


「……父、上」


「いやあ、先日報告してもらった拠点から、猟兵達が動き始めたという情報を密使から頂きましてな……私達も、ちょうどベルメリア領の近くまで向かっているところだったのですよ。マーズも、彼らと目的地は同じなんだろう?どうかな」


 この、親切そうなおじさんが、王国騎士団第七隊長。


 まだ遠くの馬車から単身で飛び出し、高速でこちらへ飛んでくる化け物。


 周囲の空気が揺らいで見えることから、おそらく炎の魔法を使ったのだろうが……この文明レベルで、彼は独自にジェットパックのような使い方をしているのだろうか。


 そんな第七隊長が今、まさしくベルメリア領へ向かっていると言うことを、自ら進んで話してきた。


 予想していなかったが、マーズさんの父……レイティルさんに見つかってしまった以上、再び俺達だけで無理矢理ベルメリア領へ向かうのは無理だろう。


 俺達がレイティルさんについた「ベルメリア領での用事がある」という嘘が本当であれば、わざわざタダで近くまで連れていってくれる上にたくさんの騎士がいるため安全性も保証されている馬車に同行しないメリットは無い。


「第七隊長……本物だ……!」


「ど、どうするの、ジィン……!」


「……仕方ありません、乗りましょう。……乗って、近くまで行ったら……全速力のホバー移動で先回りして、ファーリちゃん達に予め流しておいた経路を辿って、彼女達を陰から見守りながら、時間稼ぎが必要そうならそっちに回る。……これでどうかしら」


「分かったよ」


「父上の力についても、後で説明させてくれ私でも全ては知らないが……それでも、役には立つ筈だ」


「ジィン、馬車が来たわ。……乗りましょう」


「いやぁ、君達に会えて嬉しいよ。ささ、乗って乗って」


 この、何も知らないレイティルさんを、何も知らないまま返す。


 計画の要は今、変わった。


 ベルメリア領の騎士団は、ランドルフさんを見れば分かる通り圧倒的だ。


 あちらにさえ猟兵団が着いてしまえば、後はそちらに任せるとして……。


 問題はそれまで、どうやって第七部隊を邪魔するか、となった。

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