第二十六話 夢のあと

 続けて俺達が向かったのは、カルテューナ錬金術研究所跡。


 かつて魔法の傍流とされ、俺とガラテヤ様が知る言葉で表すならば、発達した化学へ迫っていたであろう人々、通称「錬金術」を研究していた人々が集まり、共に様々な実験を繰り返していた場所らしい。


 まだまだ二十一世紀には程遠いが、それでも、この世界の文明が発達していくと共に、彼らが見出した化学や技術の一部は大衆のものとして発展し、またそれ以外は偶然の産物として挫折したが故に、その施設も今となっては廃れて久しいらしいが。


 しかし、当時の片鱗が垣間見えるその施設は、幼きマーズさんの心を掴んで止まなかったそうな。


「……懐かしいな。昔、よく父上と一緒に来ていた時のままだ」


 そして今、マーズさんは月明かりに照らされる研究所跡へ、十年以上ぶりに足を踏み入れた。


 様々な物品へ近付いては、手を触れたり間近で観察したりと、マーズさんがいかに錬金術に興味を持っていたのか、俺とガラテヤ様は、言われなくとも察していた。


「いつに無くはしゃいじゃって……好きなのね、錬金術」


「ああ。幼い頃は、錬金術師になるのが夢だったんだ。当時は、ここで私が好き勝手できていた理由を知らなかったからな。大人になったら、ここで研究に明け暮れるものとばかり思っていたよ。でも……ここに来なくなってから割とすぐに気付いたさ。ここが放棄されて久しい廃墟だと、な」


「……良かったの?」


「何がだ?」


「錬金術師は無理でも、発明とか金属の精製とかなら、今でもできるんじゃあなくって?」


「ああ、考えたよ。だが……私は、こうして大剣を振り回す方が性に合っているようだ。錬金術は趣味ですることにしているんだ」


「ふーん……。そういうものかしら」


「そういうものですよ、ガラテヤ様」


「ああ、そういうものだ」


「何か、納得いかないわね」


「まあ、少しな。だが……私は剣を振るのも好きなんだ。それに、私が研究者を目指していたら……二人と知り合うことも無かっただろうし、な」


「……そう。そういう、ものなのね。それもそうね。貴方に会えた今に、せめてもの祝福を……といったところかしら」


「そうだな。私も君に会えて嬉しいよ、ガラテヤ」


 夢が完全には叶わないことを気にかけているのか、ガラテヤ様は少し首を傾げる。


 しかし世界とは、人生とはそんなものだ。

 夢を叶えるどころか抱く前に死んだソドム生まれの少年だっているのだ、抱けるだけ幸せなものだろう。


 もっとも、マーズさんに関しては時代が悪かったとしか言いようがないが。


 錬金術が後に化学反応による真鍮しんちゅうの精製であったとされるように、世界の進歩は、ある種ロマンを失うことになるのだと、彼女もまたそう知った人間の一人であるのだろう。


 さて、今まで生きてきたいくつもの人生と重ねながら思いを巡らせていると、研究所の倉庫と思しき部屋へと辿り着いた。


「マーズさん。ここは……」


「物品の保管庫だよ。道具、素材、失敗作……そういうものが、山のように保管されてたであろう部屋だ。……今となっては、ほとんど役に立たないゴミの山だが……昔は、箸にも棒にも掛からないようなモノを取ってきては飾って、飽きてはまたここに来た時に、新しいモノを取っては飾ってを繰り返していたものだ」


「へぇー……。ねぇ、マーズさん」


「どうした?」


 俺は、マーズさんがいつの間にか持っていた石ころを指差す。


「思い出、たくさんあるんだね」


「……そうだな。今となっては、戻れない過去など虚しいだけだがな」


「何かあったの?」


「父上が第七隊長になってから、忙しくて中々会えない日々が続いて、今もそうなんだが……。まあ、そんなところだ」


「どんなところ?」


「それは、その」


「……言いたくない?」


「……すまない。自分でも、よく分からないんだ。特に喧嘩をした訳でも無い、思想が大きく合わなかった訳でもない。ただ、何故だろうな……どうにも話しにくくて、な」


 これが思春期特有のものなのか、何か互いにすれ違いと認識できていないすれ違いがあったのかは知らないが、ここはどうやら俺の出る幕では無いらしい。


 少なくとも、今は。


「そっか。ごめん、聞いておいて何だけど、今のところ俺じゃ力になれそうにない」


「はは、いいんだよ。誰かに話したとて、解決できることじゃあないからな……これは、私の問題だ」


 持っていた石をささくれてしまった木のテーブルへ置き、そのまま同じテーブルに座ろうとするが、「ミシミシ」と音が鳴り、マーズさんはすぐに腰を上げた。


「……マーズさん?」


「こ、これはこのテーブルが悪いんだからな。筋肉は毎日欠かさず鍛えてるし、入学前と比べれば、お腹もだいぶ絞れてきたんだし……私は重くないからなッ!よしんばちょっとばかり重かったとしても、それは筋肉がついたからで……」


「大丈夫大丈夫、肉体は一日にしてならずって言うし」


「筋肉だから!!!筋肉が重くなっただけだからっっっ!大丈夫だから、な!」


 マーズさんがいつになく取り乱す。


「ちょっと、マーズ、ジィン?何をやって……」


 その声を聞いたガラテヤ様が駆けつけるが、そこにはタイミングが良いのか悪いのか、ボロッと根本から崩れ落ちたテーブル。


「……あ」


「ガラテヤ、これは違うんだ」


「マーズ……ダイエットなら付き合うわよ。私も、腕の筋肉つけたいと思ってた頃だし」


「だから違うと言ってるだろうが、ガラテヤまで!!!」


 この日を境に、マーズさんは筋トレの時間を倍に増やしたそうな。


 さて。

 結局、カルテューナ錬金術研究所跡にも猟兵達はおらず、残すはファヴァーダ林道のみとなった。


 すっかり日も沈んで久しく、寮では大半の学生が眠っている時間となったであろう頃。


 研究所跡を出た俺達は携帯食と水を口にし、エネルギー補給を済ませてから、実質的な本命となるファヴァーダ林道へと向かうのであった。

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