第二十七話 虫の知らせ

 マーズさんの思い出を辿った後。


 とうとうファヴァーダ林道へと到着した俺達は、四方八方を警戒しながら先へ先へと進んでいく。


 この辺りで猟兵が拠点にできそうな場所と言えば、残すはここだけである。


 少しずつ上へ上へ、小山を登っていく。


 マーズさん曰く、この林道は、曲がりくねった坂道を更に登っていくようになっている。


 階段を造ったり、山を切り崩したりして山をブチ抜く道路を作る計画もあったらしいのだが……。


 霊脈が真下にある関係で、そのどれもが計画の段階から進むこと無く頓挫したという背景があるらしい。


 しかし、霊脈が近い故に魔物はやはり多いのかと思ったが、真下に霊脈があるとはいえ、それ以外に魔物の発生要因足り得る邪気や遺物などが無いため、そこまで高いということは無いようである。

 戦闘にも慣れている猟兵達が居を構える分には不足無い場所だろう、とのことだ。


 見張りや罠を警戒しつつ、監視の目にも気をつけなければならない。

 向こうの警備体制にもよるが、中々にハードな偵察になるかもしれない可能性は十分にある。


 俺とガラテヤ様は足に風を纏わせ、僅かに浮くことで音を消して歩く。


 一方で風を纏う感覚に慣れていないマーズさんは、爪先を多く使って歩くことで足音を小さくして進み始めた。


「それらしい罠とか監視とかは無さそうね」


「ですね。……ここもハズレって可能性は?」


 当然ながら、会話も小声で行う。


 ガラテヤ様の声とマーズさんの声、両方聞こえる距離にいなければならないというのが、騎士の辛いところだ。


「私が絞り込んだ三ヶ所よりは目立つが普通にしていたら気付かない場所か……或いは私も知らない場所に敵が居を構えているなら、ハズレも大いにあり得るだろうな。そうだったら……諦めて帰ろう。それに、調べた三ヶ所に猟兵はいなかったという報告だけでも、少しは助けになるだろうさ」


「忘れてたけれど今回の目的は突撃じゃなくて偵察なんだったわね」


「そうですよ。拠点を見つけた時点で、あとは帰れば依頼は成功です。路地裏ではあの人数、あの間合いだったので何とか返り討ちにできましたけど……拠点、下手すると本拠地ともなると、流石に厳しい戦闘が予想されますので……くれぐれも、『私達だけで拠点を潰せば成果が認められるのでは?』などとは思わないようにお願いしますよ」


「ちょっと思ってた、気をつけるようにするわね」


「言って良かったです、危ない危ない」


 脳筋の片鱗が見えたガラテヤ様を制止し、再び山をゆっくりと登り始める。


 現時点で監視、罠、障壁など無し。


 もっと奥に防御を固めているのか、それともここに拠点など存在しないのか……。


 あまりにもただの林道であるが故、逆に不安感を掻き立てられるが……それから数分後。


 この不安は全くの杞憂だったことが、判明することとなる。


「あっ」


「あっ」


 俺達が登っている道の左端、崖のようになっているそこから、ボロ布と黒いマントを見に纏ったラナちゃんが、人間離れした跳躍力でもって眼前に現れる。


 ……しかし、向こうもこんなところに侵入者がいるとは思っていなかったのか、数秒間、互いに一言も発する間もなく硬直。


「……」


「……敵襲、敵襲ー!!!」


 しかし、ラナちゃんは正気であった。


 背後を身を翻しながら飛んで後退、俺達から距離を置きながら、寝静まった仲間に敵襲を知らせる。


「挨拶する間くらいくれてもいいんじゃない!?冷静だねラナちゃんは!」


「敵がいたら仲間に知らせる、普通でしょ。何で二人と……もう一人仲間さんがここにいるのかは分からないけど、偶然迷い込んだとは思えない。攻めてきてる以上は、迎え討つのが戦士の礼儀」


 ラナちゃんは迷わずナイフを取り出し、俺の首を狙ってそれを突き出す。


「……ということは、マーズの予想は見事的中ってことね」


 ファルシオンを構える俺だったが、その前にガラテヤ様が右手に纏わせた風を正拳突きで飛ばし、空気砲のようにラナちゃんの勢いを殺した。


「そのようだな。拠点はこの近くにあると思って良いだろう」


 マーズさんも大剣を構え、林道からの離脱経路を確認しながら戦闘態勢を保ち続ける。 


「ラナちゃん、単刀直入に言う。……見逃して」


「やだ」


「だよね」


「どうせ、偉い人にバラすんでしょ」


「うわバレてる」


「……お兄さんの名前、ジィン……だっけ?あなたなら、少しはおいら達のこと、分かってくれると思ってたけど……勘違いだったみたい。やっぱりジィンお兄さんも、おいら達の敵をする」


「何とかしてあげたい気持ちはあるんだけど……ごめんね」


 王国騎士団の第七隊長であるマーズさんのお父さんから直々の依頼とはいえ、やはりラナちゃんのような、見るからに訳アリそうな猟兵をただ「お前達は悪だ」と言って話も聞かずに抑圧するのは、やはり本意ではない。


 しかし、今の俺は冒険者であり、ガラテヤ様の騎士だ。


 大いに不本意ではあるが……ここは、冒険者としての役割に徹させてもらう。


「ねぇ、おいら達……何で猟兵やってるのかなんて、誰にも分かってもらえないまま死んでいくのかな」


 ラナちゃんが飛ばす投げナイフを、俺は「駆ける風」で回避。


「ラナちゃん……」


 続けて、俺は足に風を纏わせて蹴りを繰り出す。


「とりあえず、今日で本当に偉い人に頼る意味は無いって分かった。引っかかってくれたジィンとガラテヤは、少しだけおいら達の気持ち、分かってくれたのかなって思ってたけど……そんなことなかったみたいだから」


 しかし、ラナちゃんはため息と共に空中でナイフを飛ばして風を「解く」ように打ち消した。


「……言い返す言葉も思い浮かばないよ」


「これで、安心してあなた達を殺せる」


 俺は「冒険者に徹する」。


「前会った時、俺とガラテヤ様はラナちゃんを不本意だけど逃しちゃったよね。……だから、今度は俺達が逃がしてもらうよ」


 故に、もうこの場でやるべきことは無い。


 あと後は後方で駆けつけた見張りを相手取っているガラテヤ様とマーズさんを上手く誘導して、ファヴァーダ林道から離脱するのだ。


「……あと、いつまでもラナちゃんって呼ばれるの、なんか慣れない」


「自分の名前を呼ばれるのは嫌だって?……親に恨みでもあるとか何とか、そういう?」


「『ファーリ・オンソルケイド』。おいらの本当の名前。ラナっていうのは、あの依頼を出す時に使ってた偽物の名前だから。死ぬ前に覚えておいて」


「これからも生きて覚えとくよ。それじゃ」


「逃がさない、殺す」


 どの勢力にも深く肩入れしない、しかし公平な身分を保証された、「安全な傭兵候補としての何でも屋」である冒険者。


 俺は、社会的に普遍とされるこの身分を利用して何をするべきなのか?


 ガラテヤ様を守ることは大前提として、他に、俺ができること。


 ラナちゃんの表情を見ていると、何だかその意味を問われているような気分になる。


「ガラテヤ様!マーズさん!衝撃に備えて!」


「何をする気だ!?」


「話したら手の内がバレるから言えません!」


「……分かった。身を委ねましょ、マーズ。ジィンなら大丈夫よ」


「ガ、ガラテヤが言うなら……!」


「信じてくれて助かります!じゃあ、とりあえず二人とも崖に飛び込んで!」


「「了解!」」


「【砕渦さいか】……【風洞ふうどう】!」


 俺は右手に突風を纏わせ、「『砕渦さいか』を放つ」ようにして、短くはあるが、林道を一気に降るには不足しない空気のトンネルを作り出す。


 ファーリちゃんが現れた崖下へ飛び込む二人が無事に山を降りていく様子を見届けながら、彼女らが林道の入り口で着地すると同時にそれを切り、二人を追って「風洞ふうどう」に乗ろうとした猟兵達を突き落としながら、さらに続けて飛んでくるナイフをファルシオンでいなす。


「二人、逃げた……!せめて、ジィンお兄さんだけでも……!」


「ラナちゃん……じゃなくて、ファーリちゃん。……またいつか、会おう。俺は……冒険者としての在り方を考えるよ。近いうちに、ラナちゃん達も騎士団も納得できるようなやり方を……考える」


「もう信じないから考えても無駄になるだけだよ。それに……考える間も無く殺せばいい」


「いや。……今度こそ、信じさせてみせるよ。でも……じゃなくて、だから……今はさよなら、ファーリちゃん。風牙の太刀……【風車かざぐるま】」


 俺は風を纏って、空中で回転しながら斬りファルシオンの峰から衝撃波を放つ。


「ま、待て、ジィンお兄さんっっっ!待てェェェェェェェェッッッ!!!」


 衝撃波によって舞い上がった煙に紛れながら、木と木の間を蹴ってガラテヤ様とマーズさんの元へ。


「……すまない。何の考えもなしに、君達を父上の仕事に付き合わせてしまって」


 マーズさんは、俺達……特に俺とラナちゃん改めて「ファーリ」ちゃんの会話から、互いが何を思っていたのか察したらしく、わざわざ俺に頭を下げてきた。


 俺はすぐに頭を戻させ、しかし、詳しい会話の内容についてマーズさんは聞かず、俺も自分からは話さなかったため、この件に関しての会話は長く続かず、そのまま気まずい空気が流れる馬車に乗って、翌朝、夜明けと共に王都へ戻った。


 そして、近いうちに例の拠点へ攻め入る作戦が実行に移されるだろうという話を受付嬢越しに聞いた俺達は代金を受け取り、しかしもどかしさを感じながら、自室へと戻るのであった。


 ファーリちゃんのような猟兵は、その行為こそ褒められた者では無い。


 しかし、上辺だけの正義を押し付ける社会には、必ず弾き出される者がいるように。


 そういった「弾き出された者」が、出来る限り出ないようにした結果、ベルメリア子爵領は、既存の構造に甘えない、領民の声を聞くことと領地の好ましい運営を両立した、しかし独特な政治体制をとるようになったのだ。


 そして、この国は全体として、それができていない。


 無法者を捕まえたり殺したりすることはできても、新たなそれを生まない手段を、多くの者は知らないのだろう。


 そして、そう言う俺も、そこまで国の猟兵事情について知っている訳では無い。


 しかし、ファーリちゃんの言うことが本当ならば、「そもそも権力者は貧しい者の言うことを聞かない」というケースが少なくとも珍しいことではないということは間違いない。

 それに何より、ガラテヤ様の護衛として貴族社会を見ていく上で、俺も人並み以上には分かっているつもりだ。


 このままでは、ファーリちゃん達が騎士団に潰されることはほぼ確実だろう。


 万が一、追っ手から逃れたとしても、それからどこへ行くのだろうか?


 ……俺は自分の行動に、責任を持たなければならないようである。


 そこで俺は何日かかけて、一つの計画を練ることにした。


 王国騎士団も、ファーリちゃんも、どちらも納得できるような折衷案。


 そして、一週間後。


 俺はそれらをまとめた何枚かの紙を持って行き、ガラテヤ様による誘導の元、女子寮の三階にある彼女の部屋へと忍び込んだ。

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