第七話 王都へ
一週間後。
馬車での移動中、車輪が石につまづいたことにより横転するという事故に巻き込まれたため、移動が数日遅れてしまったが、俺達は何とか入学試験一週間前に到着。
入学願書の受付が今日までであるためか、王都には、願書が入った封筒を持って大急ぎで学園の方へ向かう者がちらほらとみられた。
俺達の願書については、ロジーナ様が王都に用事があって出かけた際に取って来て貰ったものを、受付開始日の翌日に使いの人が提出しに行ってくれ、無事に届いたと連絡が返ってきたため、俺とガラテヤ様がやることといえば、それこそ本当に願書に個人情報を記入するだけであった。
そういう細かいところも含めて、ベルメリア家には本当に助けられたものである。
「折角だし、ちょっと王都を見て回りませんこと?」
「あっ、今はその口調で行くんですね」
「ここは外ですし、私は一応ベルメリア家の三女ですし、ね?」
「それもそうですね」
「あっ、あそこの串焼き美味しそうですよ!ジィンもどうです?」
「食べまーす」
屋敷にいた頃とは違い、動きやすい白シャツとズボンを革で補強したもので、王都を走り回るガラテヤ様。
俺も似たような服装に着替え、シミターの一本だけは装備しているものの、大多数の荷物は馬車の運転手に任せて宿へと送り届けてもらい、比較的軽装で賑わう街を歩き回っている。
「もし、お父さん?串焼き二本、下さいな」
「あいよォ!『八〇〇ネリウス』ね!」
「大銀貨一枚からお願いしますわ」
「ンじゃ、お釣り銀貨二枚!毎度!」
銀貨八枚。
フィオレリア王国のみならず、全世界共通の通貨。
「共通貨幣」という名前、そして単位は「ネリウス」という、いたってシンプルな名前の通貨だが、これまたかなり使い易くもあり、銅貨、大銅貨、銀貨、大銀貨、金貨、大金貨の順番でそれぞれ十倍になる、というシンプルな仕組みであり、例えば一ネリウスは銅貨一枚、十ネリウスは大銅貨一枚或いは銅貨十枚……といった具合となっている。
五円玉的なものも紙幣も無いため、日本円よりかはかさばるが、それでもコイン一枚一枚は大きいものでも半径三センチメートル未満であり、持ち運びやすくもある、この文明レベルにしては優れた貨幣であろう。
開発者は、俺やガラテヤ様のように、異世界人だった頃の記憶を持っている人だったのかもしれない……などと思いながら、ガラテヤ様から串焼きを受け取る。
「ん……美味しいですよ、ジィン!早くお食べなさいな!」
「んぐ……おお!美味いですね。肉汁がジュワ~っと染み出してきて、それでいて程よく噛み応えがある肉質……んで、ちょっと血っぽい?……大将、このお肉は何のお肉なんですか?」
「ああ。ここの札にも小さく書いてあんだけどな……今焼いてんのは、『ペイル・ラビット』の肉だな。分かるだろ?兎系の動物でも、鋭い角が生えてるで有名なヤツだよ」
「アイツか……」
「アイツね……」
ガラテヤ様が以前迷い込んだラブラ森林にも生息している兎の一種、「ペイル・ラビット」。
青と白の二色に分かれた体毛が特徴的なかの兎は、長さ十数センチメートル程度の尖った角が危険ではあるものの、逆にそれ以外には大した脅威が無いため、フィオレリア王国内でジビエ料理の定番として美味しく味わわれている。
実際にブライヤ村へ迷い込んできた個体を村人が狩っていたり、ベルメリア家の屋敷へ、やはり迷い込んでしまった個体を衛兵が狩り、コックの粋な計らいにより、急遽、執事やメイドも皆で机を取り囲んでの兎鍋パーティーが開かれたこともあるくらいにはよく見る動物だ。
串焼きというスタイルで食べたのは初めてだったが、大将が何か特別製のスパイスをかけているのか、そちらも良い味を出している。
「いやいや!美味そうに食ってくれて嬉しいよ!よし!ほら、一本サービス!二人とも、あのウェンディル学園の受験でここに来てるんだろう?これは選別みたいなモンだ!持ってってくれ!」
「あら、良いんですの?では、ありがたく頂きますわね」
「おう!頑張れよー!」
「ありがとうございます、大将!あぐっ」
俺はガラテヤ様から受け取ったもう一本の串焼きにもかじりつく。
「……ホント美味しいですわね!ね、ジィん?」
「ですねぇ。……何か慣れませんね、ガラテヤ様のその口調」
「仕方ないでしょ、お嬢様なんだからちゃんとしなきゃ」
俺は串に刺さっていた最後の一切れを口へ運びながら、馬車の運転手を通して予約を済ませていた宿の部屋へと入り、腰に下げていた剣をフックにかける。
この小さな宿に他に客はいないらしく、王都のホテルにしては珍しい貸し切り状態であった。
隠れ家的な雰囲気の宿で、部屋に空いている窓からは星空が独り占め。
運転手の人も、良い宿を見つけてくれたものである。
「あっ、姉ちゃんに戻った」
「二人きりの空間だったら、こっちの喋り方の方が楽だもん。こっちのベッドは私が使うから、大和くんはあっちね」
「はーい」
姉ちゃんは廊下に対して垂直のベッドに眠り、俺には窓際に置かれた、廊下に対して並行なベッドを譲ってくれた。
……これが、「私はどうせ朝起きられないんだから、朝日が差し込んだ程度で起きられる君が私を起こしてね」という意味だと気付くのは翌朝の話である。
こうして、同じ部屋に二人きりの夜を過ごすのはいつぶりだろうか。
両親の帰りが遅く、幼かった俺は、よく姉ちゃんに寝かしつけられたものだ。
今となっては俺よりも小さくなってしまった姉ちゃんだが、その背中には、確かに姉ちゃんの面影を感じる。
何故だかとても懐かしく、そして落ち着いてしまう。
畳にして十数畳程度の部屋に二人、ベッドこそそれぞれ別だが、血縁のない男女が泊まる。
傍からみれば、当然ながら俺達の中身が姉弟であることなど、到底分からない訳で。
「姉ちゃーん!!!起きてーーー!!!ガラテヤ様、ガラテヤ様ーーー!!!もう朝どころか昼前だよー!!!」
「う、うん……あと五分……。今日はまだ受験じゃないじゃーん……」
「朝早く起きて街歩くって言ってたのはどこのどいつですかぁぁぁ!!!」
「どこのドイツだオランダだ……」
「結構古い!!!ネタが!古い!!!古いしこの世界では通じない!!!」
こうして一頻り騒いだ後、宿のご主人にロビーで言われた一言。
「ゆうべはおたのしみ……でしたか……?」
「「すみませんでしたーーーッ!!!」
俺とガラテヤ様、二人揃って大ジャンプからのジャパニーズ土下座を披露。
こうして、俺とガラテヤ様が迎える王都初めての朝は、日本謹製の謝罪から始まったのであった。
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