第八話 筆記試験
旅行気分は初日で終わり。
俺達は五日間で最後の追い込みを終え、試験前日は丸一日、緊張を解して英気を養うため、屋台で買ってきた食べ物を自室へと持ち込み、二人でパーティーを行った。
そして、試験当日。
「やっぱり立派ー!」
「おおー。近くで見るとデカいんですね」
学園のトレードマークとして特徴的な「ハビルの塔」自体は王都と外の「アリーヴァーヴァ平原」を繋ぐ桟橋からも見えたが、やはりこうして間近で見てみると圧倒されるものだ。
どこと無く聞き覚えがある響きだが、どこかで触れた事のある文化圏に似たものがこの世界にもあったということなのだろうか。
門を越え、十数段の階段を上り、案内に従って建物の中へ。
「一号棟二階三番教室」、そこで俺達の筆記試験は行われた。
俺とガラテヤ様は各々割り当てられた席に座って、マルかバツかで答える形式の回答用紙へ視線を移す。
どうやら、またこの世界には版画のような、いわゆる「活字」を使う技術こそあれど、まだ活版印刷術までは至っていないらしく、問題は黒板に序盤の三十分を使って書かれていくようだった。
このシステムにより、「問題番号には関係なく、解る問題から解いていく」という解き方はできないようであった。
「えー、コホン。私はこの学校に講師として勤めている、元Bランク冒険者の『コルタ・リゲルリット』だ。ライセンスに関しては……王都の冒険者養成学校に講師と務めている時点で、大方察しがつくだろう。さて、これより、筆記試験を開始する。制限時間は二時間。途中退出は可能だが、再入場は原則として認めないものとする。そして、私語も禁止だ。我が校の理念は『自由と平等』であるが故に、これは貧民街の出身であろうとも、王族であろうとも変わることは無い。以上!では、問題を書き始めるぞ」
見慣れた十二時間で一周する時計。
長針が十二の数を回る時。
長い髭を生やした先生はチョークを手に、問題を書き始める。
えーっと、何々?
「第一問、こにょくにょこにょこにょこにょにょにょ。~、、~~、~」
「「「「「字ィ汚ッッッ!!!」」」」」
クラス中から総ツッコミ。
とても読めたものではない。
私語は禁止だと言うが、これは真面目な質問、そして、抗議として受け止められるべきであろう。
「静粛に!……頑張って読め!」
「無茶言うなー」
「私はこれ以上綺麗な字なんて書けんぞ!?」
「頑張って書けー」
「開き直るなカスー」
「カス!?元Bランク冒険者の私がカス!?」
「ちゃんと読める問題書けボケー」
可哀想になってくる程のとんでもない猛抗議。
しかし受験生の身からしてみれば、それも止む無しである。
問題文を読むことが出来ない試験など、たまったものではない。
「ヒ、ヒドいいいいいいいい!!!」
そして、この幼稚な振る舞い。
学校側は、よくもまあこんなのを試験監督として指名したものである。
入学どころか合格する前から心配になってきた。
「ヒドいのはお前じゃー」
さらに一人、抗議する声。
ごもっともである。
「こんなんでもBランク冒険者は務まるんですね」
「ブチ殺すぞアホー」
「ちょっと、うるさいですよ!何ですかリゲルリットせんせ……うわっ、読めな、字」
「アン先生までェー!!!」
「まだそんな間柄じゃないでしょう。名字で呼んで下さい。ケーリッジと」
「うわぁぁぁぁぁーーーん!!!」
あまりの騒ぎに、隣のクラスでテストを行っていた「アン・ケーリッジ」先生がやってきて、テストは一時中断。
一時間後。
全ての予定を一時間ずらし、再度、試験監督を変えて筆記試験を行う運びとなった。
いくら先生の字が汚過ぎたが故に、結果として試験の妨害を受けるかたちになっていたとはいえ、隣のクラスまで違和感なく聞こえてしまう程度には大騒ぎしていた一号館二階三番教室、略して「一二三教室」に集められていたメンバーは悪い意味で注目されてしまったらしく、先ほど隣のクラスで試験監督を行っていたケーリッジ先生が監督につくこととなった。
このケーリッジ先生は「魔力学」の、前世でいうところの修士に値する上位ライセンスを持つ元Aランク冒険者らしく、弓を用いた狙撃手としての実力は確かであったらしい。
しかし。魔物による不意打ちを受けて左腕と左脚に障害が残り、満足に矢を引く事が困難となったため、二十五歳という若さで引退。
その翌年からこの学校で「魔力学」と「弓術」の講師として勤め始め、二十九歳を迎える今年で三年目となるらしい。
その美貌も相まって、冒険者としての名誉であるとか仕事内容であるとかではなく「冒険者そのもの」をタレント視する界隈、いわゆる冒険者マニアの人々には名の知れた存在であるそうだ。
そんなケーリッジ先生。
講師の中では二番目に若いが、その貫禄は確かである。
先ほどの騒動を引きずり、やれ「この先生まで字が汚かったら承知しない」だの、やれ「もういいから無条件で合格にしろ」だの騒ぐ受験生達を、
「静粛にッッッ!!!」
「ぅ……ッ!!!」
この一言で静まり返らせた。
透き通るような美声の中に、確かに込められた殺気。
これでも騒ぎ続けるような者は、生物としての危機管理能力が欠如していると言わざるを得ないだろう。
「よし、いい子達ですね。では、あと一分後に試験を始めます。では、準備してください」
「はーい」
俺は改めてペンを手に取り、筆記を始める。
そして時間になると、ケーリッジ先生は凄まじく速い手の動きで、そして鮮やかな字で、次から次へと問題文を書き始めた。
先ほどのリゲルリット先生とは比べ物にならない程に読みやすく、書くスピードも速い。
元より「三十分後に全ての問題が書き終わった状態にしなければならない」という規定があるためか、ある程度他の教室とスピードを合わせるため、ケーリッジ先生は時折暇そうに、これから教え子になるかもしれない受験生達の顔を眺めて時間を潰しているようであった。
しかし、その視線からは戦士の気迫が抜けていないものであるから、俺に視線が移った際は、とてもではないが緊張せずにいられるものではなかった。
「はい、これで全ての問題が書き終わりました。では皆さん、引き続き頑張って解いてくださいね」
ケーリッジ先生は餞別の意味を込めてか、その美貌を以てしてニコっと微笑み、しかし、すぐに「スンッ」と真顔に戻って、教卓とセットで備え付けられた椅子に座ってしまった。
さて、最初こそ無茶苦茶な筆記試験であったが、内容自体は、少なくとも二十一世紀の日本に生きていた俺達にとっては簡単なものであった。
掛け算九九と言われていたあの図の一から五の段までであるとか、この世界で使われている文字のスペルであるとか……そういう、前に生きていた世界でよく出たような小学生レベルの問題から、この世界特有の魔法に関する知識など、その分野こそ様々であるがそのどれもが基礎中の基礎、さらに「この」正直、この程度であれば、わざわざ追い込んで勉強するまででも無かったと思ってしまう程であった。
例えば、「魔力の属性は炎・水・風・土・光・闇・無の七属性であり、それらは、使う魔法が『血中の魔力をどのように変換してリソースとするか』、そして『発動時にどのような効果を及ぼすか』によって決まる。マルかバツか」という問題。
これは「マル」だ。
この世界においては……いや、この世界において「も」血液というものは生命力の象徴として広く認知されており、特に魔力が血中を高速で流れることで魔法を使うことができるというエネルギーの仕組み上、文明レベルの問題もあるのだろうが、特に、このような認識は当たり前とされている。
そして技術の発展に伴って仮にそうでなかったと判明したとしても、俺は研究者で医者でも、ましてや魔術師でもない故に、その仕組みを知ることは無いだろう。
体内に溜め込むことができる魔力量や一度に使うことができる魔力量、さらには大気中から取り込むことができる量、そして魔力の変換効率まで、全ての生物には個体差がある。
スピリチュアルな力であるが故に精神も若干は干渉してくるのだろうが、やはりそれには身体の特性や構造が関わってくるのであろうという説が一般的だと、ロジーナ様が教えてくれたものだ。
他にも、「魔力は魔法を使うためのリソースとして使えるが、そのまま放出することはできない。マルかバツか」というもの。
これの答えは「バツ」。
魔力は、そのまま放出することもできるにはできる。
もっとも、その使い方をする者は少ないだろうが。
普通は体内で魔法のリソースとして使う方が便利である上、強力で、かつ燃費が良い魔法ともなれば、そのコストパフォーマンスは更に跳ね上がる。
魔力を体内で魔法に変換せず「純粋魔力」としてぶつけるのは、単純に「血中へ取り込んだ魔力を整理せずに使う」ということであるため、それは「最高出力で最低威力の、当たった際に衝撃を加えるしか出来ない魔力の塊を放つ」こととなり、つまりは効率がかなり悪い割に威力も期待出来ない、ということなのだ。
しかし、このような前世の知識があまり役に立たないような問題については特に重点的に勉強をしていたため、難なくクリア。
そして、筆記試験を終えた俺はガラテヤ様と合流。
「どうでした?」
「自信満々よ!満点取っちゃったかもしれないわね!」
「おお、流石ですね」
「そう言うジィンは?」
「俺もバッチリですよ」
二人は互いに自身満々な試験結果に安心感を塗り合いながら、ケーリッジ先生の指示に従って実技試験会場である訓練場へと向かった。
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