第六話 冒険者

「ジィン。……ちょっと」


「どったの、姉ちゃん」


 この時点で、俺はガラテヤ様の自室へ招かれている。


 叙任式の直後、話があると呼び止められたのだ。


 部屋の中は当然ながら二人きり、故に、俺達は「大和」と「尊」として話しているのである。


「騎士になってもらった直後に聞くのもおかしいと思ったんだけど……本当に良かったの?」


「後悔なんてする訳無いじゃん。前世で死に別れた姉ちゃんともう一回会えて、身分にかまけて一生一緒にいられる立場なれたんだよ?姉ちゃんがどこに行っても、どんな立場になっても、もし、誰かと結婚することがあっても……俺は、騎士としてずっと一緒にいられるんだよ。本当に、騎士になれて良かったと思ってる」


「……なら、良かった」


「何でそんな事聞くのさ」


「私、三女でしょ?だから、多分だけど爵位継承権……ほぼ無いんだよね。この家は代々、女の子が生まれなかった代を除いて女性が領主を務めてるから、バルバロ兄様よりは継承権が上ではあるんだけど……順番で言えばリズお姉様、カトリーナお姉様、で、私がその次なの。そして多分、バルバロ兄様はいつか婿に行かされる。だから二人に何かあった時、いつでも領主になれるように、一応は騎士を用意しておく制度にはなってるんだけど……結逆に言えば、二人に何も無ければ、ほぼ一般人と変わらない人生を過ごすことになるんだよ。だから……もし、大和くんが『子爵に仕える騎士』ってブランドに興味があるだけだったら、騎士にしちゃったの……ダメだったかなって思って」


「俺がもし子爵家のブランドに釣られて騎士になるような人だったとしたら、言うのが遅すぎたけど……俺は姉ちゃんと一緒にいたくて騎士になったんだから、気にしなくていいよ。そもそも、ガラテヤ様の前世が姉ちゃんだって知らなくても、ベルメリア家には、身寄りの無い、村の人々も頼れない俺を側に置いてくれようとしたってことに恩を感じてたから……そこの三女のガラテヤ様が直々に俺の部屋まで来てくれた時点で、ロジーナ様には騎士の身分を望むつもりだったしね」


「そっか、良かった……。ねぇ、大和くん。私ね、ほぼ一般人になったら……やりたい事があるんだ」


 ガラテヤ様は胸を撫で下ろし、続けてこちらに視線を合わせた。


「何?」


「私ね、成人して、この家を出て……そしたら、冒険者になりたいんだ」


「冒険者……ねぇ」


 冒険者。


 それはいわゆる、「冒険者ギルド」という、国営の人材派遣会社のような組織に所属し、日雇いから短期の労働契約を結ぶ労働者及び傭兵などのことである。


 元々は、冒険者ギルドというものがまだフィオレリア王国が前身のフィオレリア帝国どころか都市国家程度の規模であった頃、大量に雇われた開拓者達を各地に振り分ける組織から始まったことにより、彼らの系譜という意味を込めて、中には「家事手伝い専門」といった具合で冒険をしない冒険者がいるものの、彼らはまとめて「冒険者」という言葉が使われている。


 ホームパーティーの手伝いから木の実の採集、更には洞窟の探索や要人の護衛まで、戦闘力や実績に基づく信頼により定められた「ランク」と、特定の技能に秀でていることを認められた証である「ライセンス」を引っ提げた様々な人材が集まる冒険者ギルドは、五〇〇年ほど前に国家での運営が決定して以降、今や、国を挙げての一大事業としての立場を確固たるものとしているのだ。


 当然、依頼の内容によっては命懸けのものもある。

 そういったものについては、依頼を無事に達成すればリスク相応のお金を貰える訳であり、ある程度ランクが高くなってくると、そんじょそこらで小さな店を構えるなり、企業の下っ端として働くよりも高い収入を得ることができる程には稼ぎも良くなるらしい。


 更に、ギルド所属の冒険者をみすみす殺さないためにも、障害が残ったり、命を失ったりする可能性がある依頼については、規定以上のランクを保持していなければ、そもそも受託すること自体ができない訳だが……。


 それでも尚、護衛対象であり前世の姉でもあるガラテヤ様に、何も考えず「冒険者?いいんじゃない?」とは、騎士としても、弟としても言えなかった。


「何か、あんまり納得いってなさそうな顔だね?」


「まあ、割とリスキーな仕事のイメージあるからね。低ランクの依頼は大体安全だけど報酬が安い、高ランクの依頼は成功報酬が高いけど死ぬかもしれない……その真ん中はお金と安全性も微妙……正直、三女とはいえ子爵令嬢の身分で冒険者になるのは、オススメできないと思うけど」


「うーん、それはそうかもしれない。でも、私が冒険者になる目的は、お金じゃないの」


「じゃあ何?」


 他に、冒険者を目指す理由などあるのだろうか。


 ……名声を求めて?

 でも、それなら仮に「ほぼ一般人お嬢様」になったところで、嫌でもある程度ついて回るものだとは思うが……。


「私が冒険者を目指す理由は一つ。自らがフィールドに出て、自分の手で、領民や国民の力になりたいから、だよ。単純でしょ?」


「それなら、ぶっちゃけどんな職業でも、人の力になることはできると思うんだけど……」


 冒険者だけが、人の役に立つ仕事ではない。


 パン屋、武器職人、祭司、服屋。

 彼らだって、人の役に立つ仕事をしている立派な人間である。


 貴族だって、立派な公務員……前世で例えるならば知事であっただろうに。

 聡明な姉ちゃんともあろう者が、それを知らない筈が無い。


「それはそうなんだけど……。私は最前線で皆を守りたいんだよ。身体を動かして、魔物と戦って、その脅威がどんなものなのかって、この身で感じて……それを、人々の保護に活かしたい。……ってこと。ほら、私ってば、前世から現場主義者でしょ?」


「そりゃそうだけどさぁ……」


 確かに、姉ちゃんは前世の俺が虐められていた時も、何を以て察知したのか、俺の悲鳴を聞いたのか、階を跨いで俺が所属していたクラスの教室に乗り込み、単身、俺に殴る蹴るの暴行を加えていたクラスメイト達、その全員を流血させる程に蹂躙していたことがある。


 事あるごとに現地へ行き、その様子を自らの目で観察する。

 姉ちゃんは昔から、そういう人であった。


「そうしたら、今まで見えてこなかったものも見える気がするんだ。だから私は、冒険者になって……その中でも、最上位ランクのAランクにまで上り詰めて、他の誰よりも人々との距離が近い子爵令嬢になる!それが、私の夢。まあ他にも、誰も知らない場所を初めて見た人になりたいとか、お宝ゲットとか、もっと俗っぽい理由ならいくつかあるんだけど……付き合ってくれるよね、大和?」


 そして、いつも押しが強い。


「……オーケー。それが姉ちゃんの夢で、本気なら……拒む理由なんて無いよ」


「やったー!ありがとう、大和くん!」


 全く、いつまで経っても、この姉には到底敵う気がしないものだ。


「……で……具体的な計画は?決まってるの?」


 とはいえ、計画無しの旅路についていく程、俺も馬鹿では無い。


 弟とはいえ、一人の人間を夢に付き合わせる以上、その計画は立ててもらわなければ困る訳である。


「勿論。まずは、王都『リーシェントール』にある冒険者養成学校……『ウェンディル学園』に行って、ライセンスを獲得する!一から冒険者になってもいいんだけど、やっぱり学校に行った方が、資格は取りやすいかなって思って」


 冒険者養成学校。

 そして「ウェンディル学園」というのは、様々な地方に様々な規模でキャンパスが置かれているそれの内、王都に広々としたキャンパスを構える学校のことである。


 派遣アルバイター養成学校と言ってしまうと聞こえが悪いが、いわゆる専門学校のようなものであり、例えば深夜のガソリンスタンドでアルバイトをするには専用の危険物取扱に関する資格が必要であるように、高ランク冒険者でも、特定のライセンスを持っていないと受託する事ができない依頼もあるのである。


 ライセンスというものは、必ずしも学校に行かなければ取ることができないというものではない。

 自分でテキストを買うなり、既にその企画を持っている者から知識を授かるなりすれば、相当な努力は必要だがら取れない事は無いのである。


 しかし場合によっては、その程度では到底取ることが難しい資格も存在しており、特定のライセンスを持つ人材が不足することを憂いた官僚から「資格を取得する場を設けよう」という案が出たことで設立が実現した、それこそが、王都と地方の大都市にキャンパスを設けている冒険者養成学校であるのだ。


 当然ながら、学費は「ほぼ」無料。

 そもそも、「国営のギルドで活躍する人材を育てるべく作った国営の学校で学費を取る」などというマッチポンプがこの世界の許される訳が無く、実際、過去に学生から少しばかりの学費を取ろうとしたことはあったらしいが、彼らからの猛反対を受け、学長室を占拠される程の暴動が起きたことで、その案は廃案になったらしい。

 故に、学校側から取られる金は寮費や、マニアックな講義で使う追加の教材費など、ごく一部のものになっている。


 姉ちゃんが言うには、「学園に所属している四年間で取れるだけの資格を取り、その後、様々な依頼を受けて冒険者ランクの最上位であるAランクにまで上り詰める」というのが、これからの大まかなプランであるそうだ。


 冒険者養成学校への入学資格を得るのは、十二歳から。


 大抵の場合、冒険者養成学校へ入学することが多いのは、十二歳から十八歳の間らしい。


 つまり姉ちゃんは十二歳、俺は十六歳で入学し、丁度姉ちゃんが十六歳になるタイミングで卒業、成人を迎え、その年度の初めから本格的に冒険者としての活動を始めることとなる。


「分かった。マジで考えてるんだな、姉ちゃん」


「当たり前だよ。本当に叶えたい夢があるなら、自然と身体が動いちゃうんだから」


「へぇ~。……ところで、姉ちゃん。武術の腕に覚えはある?」


「へ?いきなり何でそんなことを?」


「だって……冒険者って戦うんでしょ?」


「……ダイジョブダイジョブ。あと四年、あと四年で、頑張るから……」


「姉ちゃん?」


「大丈夫!安心して!その時にはもう、人間相手に負けないくらいバッチリになってる予定から!最悪、学園に通いながら鍛えてもいいしだろうし!……ね?」


「ダメそーーー!!!」


 四年の修行で誰にも負けなくなるという戦い方など無い。

 この時点で、俺は姉ちゃんが戦闘については、ほぼド素人であることを思い知った。


「……ダメ?」


「ダメでしょ。一生猫探しでもしてる気?多分そんなに猫迷わないよ?」


「ダメかぁ」


「ダメだよねぇ!つーか多分、学校でも模擬戦とか武術系のテストとかやると思うし……パンチでもキックでも剣でも弓でも、何かできる事はあった方が良いと思うんだけど……って言うか、無きゃダメだと思うんだけど」


「……どうしよう。私、何も知らないよ?」


「よし、姉ちゃん。これから四年間、俺が稽古をつけて、姉ちゃんを最低限戦えるように鍛えるよ。場合によっては、ランドルフ様の力も借りた方が良いと思うけど……そこはまあ、任意で。ちょっとキツいかもしれないけど、夢のためだと思って覚悟してね」


「そんなぁ~!大和くん、お手柔らかに~!」


 こうして姉ちゃん、もといガラテヤ様にとって少し辛い日々が始まった。


 俺が成人するまで、そしてガラテヤ様が入学するまで四年。

 その前半の二年間は、来る日も来る日もトレーニングに素振りなど、そもそもの身体能力の向上に力を入れつつ、どのような戦闘スタイルが合っているのかを、実際に軽く体験してみて感触を掴む、というプランで、その身に戦いを想定した動きを可能にさせた。


 そして後半の二年間は、俺が風牙流の修行をしていた頃に基礎として教わった、「風牙のけん」、これを学んでもらうことにした。


 俺が特に力を入れて鍛えていた「風牙の太刀」とは違い、こちらが刀部門だとすれば、拳の方は文字通り拳法部門といったところである。


 なお専念するものは違えど、やはりそれも風牙流である以上、肉体への負担はかなり大きい。


 故に基本的な技術をざっくりと学び次第、太刀、拳、棒の三つから扱う武器を決め、それに無理なく専念するというスタイルが主流である訳だが……。

 それでも、俺とて「風牙の拳」にあたるものの基礎は学んでいるつもりだ。


 ……というわけで姉ちゃんには、鍛錬の三年目でそれをある程度身体に叩き込んでもらいつつ、最後の一年は、そこから独学やら俺がかつて師匠に見せてもらっていた技との違いから来るアドバイスなどを含めて、さらに伸ばす時期ときた。


 合計で四年にわたる鍛錬の末。

 とうとう十二歳となったガラテヤ様は、見違える程に強くなった。


 肉体が第二次成長期を迎えた俺も当然ながら力を増し、ランドルフ様との模擬戦を繰り返したことで、かつてのようなブランクも少なくなり、ほぼ「常正」と変わらない実力を発揮できるようになったが、ガラテヤ様の成長スピードはそれ以上である。


 四年やそこらでは、やはり達人の領域に達することこそ出来なかったが……風牙の拳と魔法と混ぜた独自の拳法を使う彼女を、もう誰も、少なくとも対人戦においては素人とは呼べないだろう。


 試験勉強についても、実技は言わずもがな、筆記の方も、現世を子爵家で過ごし、教育レベルが高い前世の知識も持っている俺達には、大抵の問題が一般常識レベルであったため、「魔法」に関する知識を問われる問題以外は楽に片付いた。


 受験勉強の期間をほぼ魔法の勉強のみに割くことができたのは、他の受験生達と比べて大きなアドバンテージとなったことだろう。


 ……もっとも冒険者というものは、そもそもが豊富な知識をライセンスとしてアピールすることができるようになっており、それはすなわち、「ぶっちゃけバカでも冒険者にはなれるよ、たくさん依頼をこなせば上り詰められるし、強ければそういうライセンスをとることもできるよ、頭良くないと受けられない依頼もあるけどね」ということであるため、そこまで難しい試験にはなっていないらしく、合格率も高いらしいが……何事も準備をするに越したことはないだろう。


 毎日鍛錬、時々勉強、そして日が暮れたら気分転換。


 つまりは、そんな日々が四年も続いたのである。


 そして。


「お母様、お父様。リズお姉様、カトリーナお姉様、バルバロお兄様!行って参ります!」


 十六歳を迎えた年度末。

 救世暦一〇五四年。

 ガラテヤ様は、俺を連れて家を出た。


 爵位継承権をもつ者としては、スペアのスペア。

 ほぼ、その権利は無いものと思って良いだろう。


 ならば冒険者として、最前線で世界を見て、帰属とは違った方法で、国の、人々の役に立つ。


 そんな夢を胸に、王都へと向かう馬車へ乗り込むガラテヤ様。


 俺はそんなガラテヤ様の後ろ姿を見て、やはりかつて見た、姉ちゃんの姿に重ねてしまう。


 かくして、「ガラテヤ・モネ・ベルメリア」と「ジィン・ヤマト・セラム」の二人は、長い長い旅へと出発した。


 まず俺達が行く先は、王都である「リーシェントール」。


 一年に一度行われる入学試験。

 今日は、その二週間前である。


 ここから王都までは、馬車で三日程度。


 多少遅れることはあるだろうが、最悪、徒歩になってしまっても余裕を持って到着できるよう、時間に余裕は持たせておいた。


 遠のいて行く屋敷、過ぎていく景色。


 ブライヤ村とも、当分はおさらば。


 まさに、俺達の冒険はこれからなのである。

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