戦闘試験の損害状況とナギの観察方針について
ナギの戦闘試験がもたらした人的被害は十二人――重大な肉体的損傷を受けたのは一人だが、残りの十一人は
「ナギくんのあれは同情なのでしょうか?」
繰り返し再生される惨劇を睨みながら瑪瑙が尋ねる。
加木屋は笑いすぎて目尻にたまった涙を指の付け根で拭いながら答えた。
「もし同情なら凄いよなあ。あれに共感能力があるということになる。素人が飛びつきそうな言い方をすれば、ダーク・エンパスとかいうやつだ。自己肯定的で、利己的で、操作的でありながら道具的に共感を示す」
「ナギくんの同情や励ましの言葉には別の意味があると?」
加木屋はまた大声で笑った。
「泡野調査官のその反応こそ、あれにその手の意志がある証左だろうに!」
瑪瑙は鼻口を覆っていた手を滑らせて両目を覆った。うなだれているようにも見えるその姿を横目に、慶隆が口を開いた。
「つまり、奴は瑪瑙を操作しようとしている?」
「心の声が意識的に発せられたものならそうなる。無意識的なら――あれにしてみればたいした加害ではないということじゃないか?」
「顔を完全に破壊しておいて? イカれてる」
慶隆は忌々しげに吐き捨てた。
加木屋が肩を揺らしながら新たな煙草を唇に挟みながらいった。
「発言が真実なら、就学前から
「と、いうと?」
「顔面を壊されたとはいってもね、脳機能はほとんど障害されていないんだよ。視神経も無事だ。最初の二発で意識は酩酊していただろうから、実際には痛みもほとんど感じていないんじゃないかなあ」
「それが良かったというんですか?」
慶隆が目を怒らせたが、しかし加木屋は意にも介さず煙草に火を灯した。
「医療研の連中がね、最高の被験体が手に入ったと喜んでいたよ。ほら、収容物のなかに『ゾンビの入れ歯』があったろう」
平凡維持機構の収容担当がつけた名称は『肉を食む入れ歯』だ。日本国内で十数人を殺傷、捕食した老人から回収した
機構の実験では、装着した被験者は二日目から空腹と肉への渇望を訴え、五日目からは生肉への執着と理性の崩壊を見せ、ついに七日目、配膳係の職員に噛みつき殺傷した。以後、実験は凍結され、通称としてゾンビの入れ歯の名がついている。
「――ほら、壊れていたのは顎回りだけだからさあ、あれを埋め込んでみようというんだなあ。入れ歯として装着するんでなく、移植したらどうなるのか、というね。面白い試みだと思うよ。元の骨格じゃあ適合せんだろうが、あの通り、完全に整復せんといかんからねえ、ちょうどいいよ」
「……医療研の連中は正気ですか?」
「凶気ならそんなことせんよ!」
加木屋は心外だとばかりに躰を起こした。
「サークルならそこらの人間を捕まえてきて顎を取っ払うだろうけどね、我々は事故で怪我した人間を救うためにやってみるわけだから。純粋な善意だよ、これは!」
「善意ね、善意……」
慶隆の言葉を引き取るように、瑪瑙がため息まじりに顔を上げた。
「我々も少し気を引き締めなくてはいけませんね」
「我々というか、泡野調査官は、だな。この短期間の接触で取り込まれかけているわけだから」
「否定はしません」
諦めの滲む声でいい、瑪瑙は目を鋭くした。
「それより、今後の観察計画です。先日の突入作戦の影響もあって二等調査官の数が逼迫しています。戦闘試験は続行できませんよ」
「ああ、それなんだがね」
加木屋はまだ半分ほど燃え残る煙草を灰皿の隙間にねじ込んだ。
「せっかくあれのほうから提案してきたわけだしね。見学させてやったらどうかと思うんだよ、私は」
「賢明なお考えとは思えませんが」
「いやいや、無自覚に絡め取られていたのなら危険かもしれんが、もうあれの意図には気づいてるわけだから。利用されているフリをして逆に利用しようというのさ」
「利用といっても……なにかあるんですか?」
加木屋が首肯した。
「つい今朝方、ほら、あれを再収容――救出かな? してね」
「あれというと――」
「ほら、えーと、
「無事だったんですか!?」
驚いたように慶隆が振り向いた。
「うん。五体満足――いや、あれの場合は十体満足かな?」
いって、独り笑い、加木屋は続けた。
「あれがどうやら、あれについて知りたがってるようなんだなあ」
「ハーミットが、ナギに、ですか?」
瑪瑙が確認すると、加木屋はすぐに頷いた。
「どうやらあの施設……ほら――」
「
今度は慶隆が補足した。
「そう、萌芽か。あそこで色々と手伝わされていたらしくてね。まああれも一筋縄に扱える代物ではないし、サークルの連中には収容のノウハウもないしね。手伝うついでに色々と調べて回ったらしくて、まあ、あれに興味をもったらしい」
「興味をもった、って……サークルが聞いて呆れる。出し抜かれたわけだ」
「いや、それをいったら、先に拐われたのはこっちなんだがね」
ダハハと笑い、加木屋は灰皿を除けてパソコンのキーボードを引きずりだした。
「そもそも突入先を教えてくれたのはあれのほうだし、救出祝というか、手伝ってくれた礼をしなくてはならんだろ? だから、ちょうどいいんじゃないかなあ」
「それでナギと会わせるんですか? なにが起きるかわかりませんよ?」
「だから試すんだろうに。相変わらず察しが悪いね、戸呂戸調査官は」
言葉に詰まる慶隆を一瞥し、加木屋はモニターを切り替えた。ナギの収容室に設置された監視カメラの映像だ。
ナギは机に向かい、黙々とタブレットに指を滑らせている。戦闘試験の中断後、サークルのアプレンティスを中心に写真にあたらせていた。
「見たまえ、静かなものじゃないか。協力的でもあるし――」
「彼にとって重要な情報じゃないのかもしれませんけどね」
瑪瑙が大型モニターを一瞥していった。
「
「うん。あれの機嫌を損ねたくないしね。もちろん、こっちのこれにもね」
加木屋はモニタに映るナギの後ろ頭を指先で小突いた。
――と。
急にナギがカメラに振り向き、三人は思わず仰け反った。換気装置の騒音に紛れて誰かが喉を鳴らした。
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