サークルについて

  *

 尋問室に似た白い部屋のテーブルで、ナギは少し早いらしい昼食を摂っていた。対面には瑪瑙と慶隆が座っている。手元には昼食のトレイの他に、慶隆が持ってきたタブレットがあった。画面に写っているのは隠し撮りしたらしい数枚の人物写真だ。


 ナギは五穀米の茶碗を置き、タブレットに指を滑らせる。画面が切り替わり、また別の人物写真が並んだ。指を滑らせて画面を切り替え、茶碗を取った。箸はトレイの上で緩やかな円を描いて薄く小さなレバーカツをつまみ上げる。


「これ何枚あるんですか?」


 尋ねつつ、ナギはレバーカツをかじった。トレイにはポテトサラダの小鉢も乗せられていたが最初の一箸ひとはしのあとは手をつけていない。


「レバカツはそれ一枚かな」


 瑪瑙がいうと、ナギはちらと一瞥しパック牛乳のストローを口に含んだ。


「……わかってる。でも写真の数は私も知らないの。とにかく沢山あるから、知ってる人とか気になる人だけマークしてくれればいいから」


 苦笑する瑪瑙の横で、慶隆が腹を擦った。


「そのポテサラ、食わねえなら俺にくれよ。朝からなにも食ってないんだ」

「嫌です。とっておいてるんです」

「ああ、好きなものは最後に食べるタイプか。俺もそうだよ」

「違いますね」


 素気すげなく言って、ナギは数枚の写真を送り、画面を指先で叩いた。


「この人は死にました」

「あ?」


 慶隆がガクンと前のめりになって画面を見、瑪瑙に首を向けた。瑪瑙は小さく横に首を振った。ナギの手はさらに滑って、また叩いた。


「この人は知ってます」


 顔に傷のある男だった。何枚かの古い写真では顔に傷がなかった。

 瑪瑙がすぐ反応する。


顔に傷のある男スカーフェイス――大物がきたね。帽子の男ハットマンの弟子だと考えられてる。どこで会ったの?」


 ナギはくっと噴き出しかけた。肩を揺らしながら一口フィレカツを口に運んだ。

 瑪瑙が片肘を机に立て頬杖をついた。平時よりも笑みが固い。


「なにがおかしいのかな」

「弟子っていう感じには思えなくて」

「じゃあなに?」

「運転手さんですね。それと護衛? すごくいい人ですよ。優しいですし」

「いい人ねえ……この人に私たちの仲間が十人は殺されてるんだけど」

「やっぱり、いい人じゃないですか」


 ナギの手が写真を送り、茶碗を取った。箸先が底に触れてカチカチと鳴った。

 瑪瑙の目が鋭さを増した。慶隆が彼女から距離を取るように躰の向きを変える。

 

「どういう意味かな? お姉さんに教えてくれる?」

「瑪瑙さんたち――オーディナリーとサークル? ですか? ――は、戦ってるんですよね? 僕はサークルのほうらしいですから、敵を倒してくれるいい人です」

「あのね――」

「それに」


 ナギは瑪瑙の言葉を遮りいった。味噌汁の椀を手にして付け足す。


「人殺しだからって悪い人とは限りません。自分の手では殺さないっていう、そういうひどいやつのほうが、ずっとずっと多いです」


 汁を啜り、ナギはまた写真を送った。画面を叩いてマークをつけ、死にましたと付け加えて次の写真を見つめる。


「僕、よくわかってないんですけど、サークルってなんなんですか?」


 慶隆に尋ねると、彼は瑪瑙を警戒するように視線を送り、重そうに口を開いた。


「俺が知ってるのは、世界のあり方を根本的に変えようとしてる連中だってことだ」

「世界のあり方、ですか」

「意味わかんねえよな。説明されてもよくわからねえんだよ」


 いって、慶隆は意を決したようにテーブルに両手を乗せ、左右の指を絡ませた。

 

「俺たちがサークルと呼んでるのは、少なくとも五百年以上前には存在した魔女集団の名前だ。俺たちと同じように、世界に紛れた異色ユニークに気づける連中を集めて、教育し、世界を異色で満たそうと考えてる」

「異色っていうのは?」

「お前の好きなオカルトだよ。幽霊だの、悪魔だの、怪物だの、不幸だの」


 ナギは箸を口に含んだまま固まった。

 瑪瑙が顔面から笑みを消してあとを引き取る。


「彼らも私たちも、自他境界が曖昧なんだよね。――自他境界っていうのは自分と他人って意味じゃなくて、自分とそれ以外って意味。そこには世界も含まれてる」


 ふんふんと頷きつつ、ナギはポテトサラダを箸で小さく切り取った。

 瑪瑙の話は続く。


「私たちは私たち自身――つまり人間を含むこの世界の生命体というのは、すべて世界が伸ばした触覚のようなものなの。ただ、世界そのものがそのことを理解していないから、私たちは互いが同じものであると真に理解できない」


 ナギは幽かに首を傾げ、いった。


「……自他境界が曖昧な人には理解できる?」

「厳密には違うけど、そんな感じかな。私たちが知っている物理法則や素朴な世界の法則っていうのは、その溝を埋めるために私たち平凡維持機構オーディナリーが開発した道具なんだってさ。でも、私たちは同じ世界から伸びてる同じ役割を持たされた感覚器官だから、誰かが感覚したものは当然、私たちにも感覚できるはずだ、と」


 たとえば、一般に幻覚とされるものは感覚器官のエラーとして認識され、また既存の知識に基づけば事実として個体内で起きる現象の一つだが、なかには実際に存在し観測されているけれど共有されないものがある。


「その、幻覚っぽいのが異色ですか」


 ナギは最後のポテトサラダを飲み込んで、牛乳を飲み干した。


「自他境界が曖昧な人たちはそういう異色を共有できる――ですよね?」

「共有できる人自身も異色に含めて、ね。オカルト好きからすると普通かな?」

「そうでもないですけど……でも、だったら、オーディナリーとサークルが争う理由がよくわかんないです。どっちも自他境界が曖昧な人たちの集まりなんですよね?」

 

 慶隆が挑発的に鼻を鳴らした。


「俺たちは平凡な世界が好きで、お前らは頭のイカれた世界を望んでるからだよ」

「イカれてるんですか? 幽霊がいたほうが面白いじゃないですか」

「そこが俺たちオーディナリーお前らサークルの決定的な違いだ」


 ギシリ、と慶隆は椅子の背もたれを軋ませた。

 瑪瑙も頬杖を崩し両腕を組む。


「まあ、帽子の男ハットマンはもうちょっと軸が違うんだけど」

「軸」


 ナギはポンと両手を合わせ、小声でご馳走様でしたと唱え、続けていった。


「派閥ですか?」

「そうともいうね。彼はスーキーズ・タンっていう、伝説の魔女の直系らしいの」

「スーキーズ・タン? ……聞いたことないですね」

「だろうね。でも、伝説が本当なら、世界を六回壊して七回阻止された魔女の言葉を代弁している――らしいよ」


 驚いたように目を瞬かせるナギ。慶隆も呆れまじりの息をつく。

 しかし――


「まあ伝説なんて話を盛ってるんだろうけど、お姉さんは笑えないかな」


 ――魔女スーキーの幻影をみたことがあるから。


 そう瑪瑙はいった。

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