オーディナリーとサークル
位相に移送
一小隊四人編成の二小隊分――八
周辺を二小隊に取り囲まれて、ナギは無限に続く廊下を進み、曲がり、他より大きな部屋を抜け、また曲がり、廊下を進み――先導していた人間が声帯マイクを押さえていった。
「移送、願います」
目眩を覚えるほど高い笛の音に、ナギは
「うわ」
ナギは小さく呟いた。
「真っすぐ歩いてただけなのに」
無限に続く廊下に気づいた後、ナギは一度も曲がらなかった。部屋を覗きこそすれ移動は常に同じ廊下を同じ方向に進んでいたのだ。
先導するガスマスクの男がナギの声に気づき振り向いた。
「それが世界の欺瞞だよ」
やはり若い男の声だった。
「こっちの世界じゃ、俺たちは真っ直ぐ歩けない」
ナギはふぅんと鼻を鳴らし、先導するガスマスクの青年に頼んだ。
「あの、更衣室のロッカーから私物を取ってきたいんですけど」
「後にしろ」
「盗んだり無かったことにしたりしそうじゃないですか、みなさん」
階段の途中でガスマスクの青年が振り向き、ナギの背中を固める面々に首を振ってみせた。一人が離れて背を向ける。
「ロッカーにCってラベルが貼ってあります」
ナギが振り向いていうと、即座に硬い銃床が飛んできた。ナギは顎を僅かに引いて躱した。銃床を振った人間はたたらを踏んで手すりに寄りかかった。トトンと素早く二段、階段を下りると、背後でバランスを崩したような足音があった。
ガスマスクの青年が鼻を鳴らし、足を進めながらいった。
「後ろが見えるのか?」
「そんな人いませんよ」
「そうでもないんだ、それが」
「見えるんですか?」
「俺は見えない。だが、見えるやつもいる。そういう奴らがいるところに、いまからお前を連れて行く」
萌芽の本部施設を出ると、深緑色の輸送ヘリコプターが敷地の外で二つのローターを回していた。CH47チヌークだ。辺りを見れば、いつの間にやら似たような格好をした人間が幾人も闊歩し、野戦テントが広げられ、大量の緑のコンテナがあった。
ナギは太陽を見上げていった。
「二時間くらい経ってます?」
「いつからだ? まあ、巻き込まれた弊害だな」
先導されてヘリの後部から乗り込むと、ナギはカーゴ中央に設置された鉄格子の中に入れられた。鉄格子の中にはボルトで固定された椅子があり、座ると、ベルトで胴を固定され、足首にハーネスを巻き先端を床のフックにつながれた。さらにはガスマスクの青年が黒い布袋を受け取り、マスクのレンズ越しにナギの目を覗き込んだ。
「休むなら、いまのうちだぞ」
いって、青年はナギの頭に黒い布袋を被せた。
「あの、僕はじめてヘリコプターに乗るんです。外、見せてくれません?」
ナギの声はローターの騒音に掻き消された。
ヘリが地上を離れると、彼は黒い布袋の内側で瞼を閉じた。
充分な高度を確保したヘリは落ちるように進行方向を変えつつ、次には上昇していく。やがて萌芽が地上のシミの一つと化すと、速度を上げて山を越えていった。
そして。
「下りろ。着いたぞ」
声に、ナギは瞼を開けた。相変わらずローターが回る音がしている。ハーネスやベルトが取り払われた。ふいに視界が開けた。ガスマスクの青年は酷く冷めた目をして指先で払い、ナギに立つよう促した。
ナギは再び手を背中に回し親指を拘束され、ヘリのスロープを降りた。ローターを唸らせてヘリが消えると、強い横風が彼に当たった。周囲を見渡すと、背の低いビルや建物が広がり、さらに奥に高層ビルが見えた。
「……千葉、とかですかね?」
「さあ、どこだろうな?」
ガスマスクの青年が顎をしゃくり、ついてくるよう促した。屋上の階段を降り、貨物用のエレベータに乗りこむ。ボタンはいくつも並んでいたが、半分以上は数字の前にBが付記されていた。
重さを感じる厚いアルミ扉が開くと、ナギは口を半開きにした。
「……大人と子どもがいっぱいだ」
白い壁と青いタイルの床で構成された奇妙に明るい廊下には、老若男女を取り揃えた雑踏があった。服装はまちまちだが、ややフォーマルに寄った統一感がある。
ナギは小さく首を傾げていった。
「学校?」
「街が近いな」
「でも街にしては大人が少なすぎます」
「――たしかに」
ガスマスクの青年はエレベータを降りて振り向いた。
「イカれたガキと、夢見がちな若者と、妄想癖のある大人しかいないからだろうな」
「なんですか、それ」
「ここの紹介だ。お前はこれから尋問を受ける」
「その前に服を着替えたいんですけど」
いって、ナギは自分を見下ろす。あの奇妙な廊下で出会った不思議なヒトに血を浴びせかけられ、ツナギは上から下まで真っ赤になっている。
「そうしてやるさ」
いって、ガスマスクの青年が鼻を鳴らした。ナギは青年たちに周囲を囲まれたまま通路を進んだ。途中、彼の存在に気づいた往来の人間たちが驚きよりもむしろ興味の勝った顔をした。
通された部屋で全裸になるよう指示され、ナギが従うと、いくつもの銃口とカメラに見守られたまま躰を洗うことになった。抵抗はしなかった。血の匂いが鼻につくからと石鹸とシャンプーを要求したのが精々だ。
投げ渡されたバスタオルで躰を拭き終えると、対応している人間が入れ替わっていた。黒いタクティカルスーツ風のツナギなのは変わらないが、予備弾倉を入れたベストをつけていなかった。手にしているのもスタンバトンで、首から下げるスリングの先には短機関銃――MP5があった。旧世代の銃とはいえ、拳銃弾ながらフルオートで射撃可能な装備とみれば、日本の警察で最も火力の高いものの一つだ。
「――で。僕はこれからどうなるんですか?」
ナギは渡された緑色の患者衣を身につけながら尋ねた。彼を囲う人の壁が割れ、白衣の中年男がでてきた。
「尋問だよ。担当者は私じゃないがね」
中年男の目は、井戸の底を覗いているかのようだった。
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