第31話 お台場

 江戸湾の沖で、埋立工事が始まった。

 土砂を満載した船がひっきりなしに行き来し、もっこを担いだ男たちが威勢のよい掛け声を上げている。


「よしッ! 設置場所はここでよかろう。どうかな、大場君ッ!!」

「はい、とても埋まってますね」

「フハハハハ! そうだろう、そうだろうッ!」


 そして最初に出来上がった埋立地に連れて来られたのが私である。この象山とかいう先生は、遠い未来に海から襲い来るであろう大怪獣に備え、江戸湾に砲台を作り上げてしまったのだ。そういえば、お台場ってもともと黒船に備えた砲台の跡地だったっけ……と曖昧な記憶をたどる。


 この世界ではアメリカと平和的に開国にいたり、友好的な関係を構築できている。なんならポケニンの影響で日本は超人的な能力を持つサムライとニンジャの国として恐れられてすらいるらしい。巨費を投じてこんな砲台を作るのなんてはっきり言って税金の無駄遣いなのだが……。


 ま、私の財布が痛むわけじゃなし、別にいっか。穴を掘って埋めるだけでも景気対策になるのだと、どっかの経済学の先生も言っていた気がする。


「では、これより試射実験を開始するッ! よく見ていてくれたまえッ!」

「はい、よく見ていてくれたまえます」


 そんなことよりも問題は、目の前にある巨砲である。二本の鉄柱が突き出しており、バチバチと青白い電流をまとっている。


「ではゆくぞッ! 象山式超電磁エレキテルキャノン、発射ッ!!」


 バシュンッと空気が切り裂かれる音。ソニックブームで弾道にコーン状の白い雲がいくつも出来ていく。水平線が爆発し、高さ数十メートルにも及ぶ水柱が立ち上がる。遅れて爆風がここまで届いて髪をバサバサと揺らした。


「どうかねッ、大場君ッ! この象山砲の威力はゴメラにも通じると思うかねッ!」

「はい、効果はバツグンだと思います」

「フハハハハ! そうだろう、そうだろうッ! この象山がいる限り、神州日本の平和は誰にも脅かさせんよッ!!」


 私の作り話を真に受けた象山は、とんでもない超兵器を作り出してしまった。彼の説明によるとエレキテルの力を使って砲弾を加速し、火薬式の大砲ではありえない初速と威力を実現しているとのことなのだが……それってレールガンだよね? 現代でも実験段階だった兵器だ。なんでそんなものを開発できるんだよ。頭がおかしいのか? いや、おかしいんだろうな。


「いまは大きさの都合上、固定砲台しかできないが、いずれは小型化して蒸気船にも積み込む予定だッ! フハハハハ! そそられるッ、そそられるぞッ!!」


 いいえ、まったくそそられません。こんなオーパーツな超兵器、移動可能になったら歴史が変わるどころの騒ぎじゃないぞ。コガネちゃんじゃなくとも嫌な予感がひしひしする。早いところを縁を切るべきだと私の第六感が警告を告げてくるが、講師業の収入の大きさがその決断を鈍らせる。リスクから離れるべきか、立ち向かうべきか……人生とは常にそんな選択の連続だ。


「これはすさまじい破壊力デスね。ステイツでも開発を急がなければなりマセンの」

「大いに結構ッ! 共に手を取り合い未来の危難に備えましょうぞッ!」


 視察に来ていたペルリが金髪縦ロールを揺らしながら象山に色々聞いている。象山としてはこれは外国に対する兵器ではなく、やがてやってくるであろう空想上の怪獣に対抗するためのものなのだ。友好国であるアメリカに情報を伏せるつもりはなく、むしろ積極的に共有して開発を加速させる算段らしい。


 この世界に来てからというもの、歴史改変などを気にしたことは一度としてなかった。しかし、さすがにこれは少々マズい気がする。レールガンを積んだ日米の黒船が世界中を蹂躙していくイメージが脳裏をよぎり、冷や汗がだらだらと流れていく。


「大場君ッ! どうした!? 汗びっしょりじゃないか!」

「オウ、風邪デスの? 海上は冷えマスからね。お大事にデスの」


 こちらの気も知らんと、象山とペルリが心配そうに声をかけてくる。うるせえ、この冷や汗の原因はてめえらだ。いますぐその無駄に物騒な兵器の開発をやめやがれと言ってやりたいがそういうわけにもいかない。講義がウケているのはデタラメではなく未来の実話として語っているからだ。作り話だと知れれば人気はたちまち地に落ちるだろう。


 考えろ、考えろ大場カナコよ。売上利益を確保しつつ、なんだかやばげなこの路線から逃れる道を考えるのだ。


 私が灰色の脳細胞をフル回転させていたそのときだった。水平線が盛り上がり、打ち寄せる大波が台場を洗う。そして、低く重々しい声が轟いた。


 ――我の眠りを妨げた者は誰だ……


 海が引き裂け、小山のように巨大な何かが姿を表した。




※お台場:現代ではフジテレビ本社やコミックマーケットで賑わうビックサイトなどがあるお台場だが、もともとは江戸の海防のために作られた砲台用の埋立地だった。総工費は75万両にも及ぶ大規模事業であり、もともと苦しかった幕府財政には大きな負担だったことは容易に想像できる。この世界線では米国と平和裏に開国しているため不要な設備だったのだが、なんやかんやで作られてしまった。これが歴史の修正力……というやつなのかもしれない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る