第30話 ウルトラスーパーミラクル暴れん坊ショーグン

「時は西暦20XX年! 二百年後の日ノ本の国、ネオ江戸シティは恐怖のどん底に叩き落されていた……!」


 ベンベンっと扇子で机を叩くと、庭先までびっしりとすし詰めになった聴衆がごくりと息を呑む。


「江戸湾から現れ出たのは頭の高さは五百尺約150mを超える大怪獣! ぎょろりと真っ赤に燃える目に岩山の如き荒々しい肌。どしんどしんと歩くたび、家屋が潰され大地が揺れる! その全貌はさながら直立する巨大な鰐! 火を吹きながら歩く様子は浅間山が生命を得て動いたが如くっ! その名も大怪獣<ゴメラ>! 未曾有の危機に、ネオ江戸っ子たちはなすすべもなく逃げ惑う!!」


 ベンベンっ。


「地球防衛火消し『バイオロジーサイバネティックめ組』は秘密兵器を駆使してこの大怪獣に立ち向かうっ! まず出動したるは超電磁エレキテル重戦車っ! にゅっと突き出た砲口からまばゆい雷光が発せられ天をも焦がすっ! さしものゴメラもこれには……しかしっ! 白い雷光の向こうからぬうっと垣間見えるは不敵なる魔獣の凶相! 人類の脆弱さを嘲笑うが如く乱杭歯がびっしり生えた凶悪な口を開けると、紅蓮の炎が吹き出し超電磁エレキテル戦車を吹き飛ばすっ! 名状しがたい熱波が広がり、エターナル永代橋からジャパナイズ日本橋まで、ネオ江戸シティが一瞬で灰燼と化すっ!」


 ベベンベンベベンっ。


「もはやネオ江戸シティの……否、人類の命運もこれまでか……ネオ江戸っ子たちが絶望のどん底に落とされたそのときだった……。アイツが、そう、アイツが来てくれたのだ。さあ、皆様もご一緒に!」

「「「「ウルトラスーパーミラクル暴れん坊ショウグーン!!!!」」」」


 よしっ、聴衆の声が見事に揃った。みんな呼吸がわかってきたな。


「そう! やってきたのは我らがウルトラスーパーミラクル暴れん坊ショーグン! 鮮やかなる金糸のマントを閃かせ! 真っ白な天馬にまたがって! 大空を駆けてやってきた! ゴメラの目の前にシュタッと着地すると、即座に巨大化! 五百尺まで膨れ上がり、憎っくきゴメラの顔面に右拳、左拳、右拳、左拳、右拳、左拳……拳の嵐を叩き込む!! ウルトラスーパーミラクル暴れん坊ショーグンの七十七の必殺技のひとつ、<ウルトラスーパーミラクル暴れん坊フィストストーム>が炸裂したあっ!!」


 聴衆が「わあっ」と盛り上がる。やっぱりヒーローの登場シーンはど派手に決めないとな。


「すわ、これで決着か……と思いきや! ウルトラスーパーミラクル暴れん坊ショーグンの巨体が吹き飛ばされ、シン・中村座を砕き貫き、超次元時の鐘を爆散させ、お玉ヶ池アビスにバッシャーンと沈んだ。これは一体何事か!? なんということか! ゴメラは、ゴメラは健在だったっ! その太く長い尻尾の一撃で、ウルトラスーパーミラクル暴れん坊ショーグンに破滅的な反撃を加えたのだっ! ウルトラスーパーミラクルマンはお玉ヶ池アビスに沈んだまま動かないっ! どうなる!? どうする!? ネオ江戸シティの未来はどっちだっ!? ――次回、『新たなるウルトラスーパーミラクル戦士』、乞うご期待っ!!」

「うおおお、今回も熱かったぜ!」

「新たなる戦士って何者なんだ!?」

「それにしても未来の世界ってのはおっかねえんだなあ……」


 満場の拍手喝采。象山書院での興行……じゃなかった。講師業は順調である。はじめのうちは普通に令和日本の文化風俗について話していたのだが、みんな真面目くさった顔で聞くだけでどうにもつまらない。なので少々アレンジを加えて話してみたところ、これが大ウケしたのだ。いまでは塾生だけでなく、一般町人の聴講者も増えている。


 副作用として、令和日本は大怪獣が暴れまわり、異能に目覚めたヒーローとヴィランがしのぎを削る魔境と化してしまったが……まあ問題はないだろう。どうせ誰も未来に行って確かめることなど出来ないのだ。


「それがしも異能に目覚めたいでござる」

「法術を鍛えればできるのか?」

「むう、だが今さら剣を捨てて仏門に入るのも……」

「陰陽道なら武家のままでも問題ないらしいぞ」

「忍術って手もあるな」


 予想外だったのは、冗談のつもりで始めたこの大嘘講義がリアルなものとして受け入れられてしまったことだ。そういえば、この世界って魔法もモンスターも存在する江戸風異世界だもんなあ。そういうものの延長として、異能や怪獣が受け入れられてもおかしくはなかったのだ。


 法術やら何やらを極めればスーパーパワーに覚醒できるのではないかと法術だか忍術だかを学ぶのがプチブームになっている。私もおぼえられるものならおぼえたいのだが……コガネちゃんから才能がないって断言されちゃったからなあ。どうもこの世界の魔法的なものは信心がないと使えないらしい。


「大怪獣ゴメラッ! これは興味深いッ! 遠く出雲に封じられた八岐大蛇ヤマタノオロチの近縁にも思えるが、それがなぜ江戸湾に現れる? 二百年の間に密かに移動したのか、もしくは別個の存在なのか。あるいは記紀に見られる伝説の留々遺繪るるいえが実在するのか……。この象山の脳細胞が煮え立っているッ! そそられるッ! そそられるぞッッ!!」

「先生、長崎留学中に聞いた話によりますれば、欧羅巴ヨーロッパにもあとらんてぃすなる失われた大陸があったそうですぞ」

唐国からくににも巨大な鰐の如き怪物の伝承は古来から多く見られ――」


 そして考察で盛り上がっているのは象山先生とその門下だ。彼らの言うことは難しすぎて私にはようわからん。私の無茶苦茶な作り話を彼らが理論的に補強してくれることで、この興行……じゃなかった講義の信憑性はますます高まっている。


 まあ、作り話じゃなく実話って体裁の方が断然迫力が出るからねえ。令和日本のSNSでも実話風創作がよくバズっていた。冷静に考えればありえないことなのに、体験談だと言われるとあっさり信じてしまうのが人間の認知機能の脆いところだ。


「はーい、それじゃ今日の講義は終了したので、これからはグッズ販売の時間です。浮世絵に草双紙はもちろん、秘密の設定資料集! それにポケニンコラボカードもあるよ! どれも数量限定だ!」

「うおおおお! 全部くれ!」

「3つ、3つずつくれ! 観賞用、保存用、布教用だ!」

「くっ、コラボカードは確定ではなくパック売りなのか!? これではそれがしが欲するウルトラスーパーデラックス花魁が引けるかわからないではないか! ええい、箱買いだ!」

「ぎひーぎひぎひぎひ! 毎度ありぃ~!」


 象山書院の給料は固定なので、受講者がいくら増えたところで私の収入は変わらない。これでは面白くないので講義の後に物販をしてよいかと象山先生に交渉したところ、あっさりオッケーがもらえたのだ。


「未来って本当にそんなのなんですかね……?」


 隅っこで釣行していたコガネちゃんが何やら疑いの視線を向けてくるが、なあに、これはあくまで私のサービス精神の現れに過ぎない。みんなを楽しませた分のお代をもらっているだけだ。これはまぎれもなく正当な報酬なのである。


「やっぱり、ろくなことにならない気がするんですけど……」


 こら、不吉なことを言うんじゃありません。




※ネオ江戸シティ:新たなる月ルナ=ヌエバの出現により変貌した未来の江戸。超科学技術で構成されており、天候は自在に操れ、空飛ぶ自動車やアンドロイド、サイボーグ、そして異能に目覚めた「新たなニーニョス=月の子どもたちルナ=ヌエバ」などが闊歩する。明治維新や民主主義の話などしたら怒られそうなので、江戸幕府が続いた設定でカナコがあれこれホラを吹いているうちにこうなってしまった。

※大怪獣ゴメラ:体高約150メートル。尻尾まで含めると300メートルを超える大怪獣。口からは熱線を吐き、その威力は核爆弾にも匹敵する。

※ウルトラスーパーミラクル暴れん坊ショーグン:八代将軍徳川吉宗の魂を受け継いだ異能者。純白のペガサスを駆り、人類のピンチに駆けつける。正体は時空を超えてやってきた超次元生命体と融合した「め組」の隊員、モロボシ・デュワであるが、その正体は誰にも知られていない。

※なおこれらは江戸時代とは一切関係がない。そして本編とはとくに絡まないので設定をおぼえる必要も一切ない。

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