第27話 負債総額74兆3,031億円
時代と世界は変わって令和日本。
「大場カナコのヤサ……ようやく突き止めたぞ……」
高級ブランドの眼鏡をくいっと持ち上げるその視線の先にあるのは、ダンボール製の家である。だが、ダンボールハウスなどという生易しい代物ではない。どこから拾い集めてきたのか、材木や鉄筋などで補強され、もはや一軒家と呼んでよい建築物がそこにはあった。
「大場カナコ、出てこい! この皇國金融債権回収部隊長、
「うぎゃあっ!?」
しかし、ドアを蹴破った途端、ぼかーんと大きな爆発。辺り一帯に白い煙がもうもうと立ち込め、視界が奪われる。
「くそっ、ブービートラップか!? 追えっ! 散れっ! 探せっ! やつは煙幕に紛れて逃げるつもりだ!!」
「はっ!」
白煙の中を黒服たちが走る。
「やつが逃げるならばどのルートだ……。いくらすばしっこいとはいっても、所詮は女子中学生。男たちに追われれば逃げ切れまい。単純に川原や土手を走って逃げるとは考えづらい。いや、そもそもなぜやつは橋の下にヤサを構えた? 逃走ルートは常に確保しているはず」
白煙が薄れ、視界が徐々に回復する。かけ直した眼鏡の先に映るのは、陽光を返しきらめく川面。
「そうか、川か!」
「やつのことだ。川底を掘ってシェルターを作っていたとしてもおかしくはない。おい、黒服ども! 川だ! 川を徹底的に洗え!」
「えっ、この真冬にですか!?」
「何か文句があるのか?」
「いっ、いえ!」
散っていた黒服たちが、青ざめながら真冬の川に入っていく。がちがちと震えながら、川底の石をひっくり返したり、下流に向かってのろのろと歩いていったりする。
「ちっ、軟弱者どもめ。皇國金融の人材の質も落ちたものだ」
――74兆3,031億円
それが、大場茅郎とカナコのコンビが皇國金融に与えた損害額だ。これは世界最大の自動車メーカーの総資産額にほぼ等しい。
「認められるかっ! そんなイカサマッッ!!」
当然、皇國金融側としてはそんな負けは認められない。損害はすべて大場
所詮は何の後ろ盾もない人間二人だ。たやすく捕らえて締め上げてくれると当初は楽観していたのだが……1年、2年と経過しても捕捉できていない。昨年は大場カナコの所在を掴むところまではなんとかたどり着いた。富士山の麓、青木ヶ原樹海だ。
米軍グリーンベレー出身の精鋭部隊を大量投入し、山狩りを決行。たが、ブービートラップの数々と投石による反撃であえなく撤退。屈強な男どもがガチガチと歯を震わせながら、「もう関わりたくないです……」と退職届を置いて消えていったことはまだ記憶に新しい。
周りを見れば、黒服どもがおっかなびっくり川を探索している。腰抜けどもめ。水の冷たさになど怯えてどうする。我らは皇國金融の誇るエリート部隊だぞ。退職が相次ぎ他部署から異動してきた新参ばかりになったせいで、質がすっかり落ちている。本来の債権回収部隊は、砲弾の飛び交う戦場であっても汗ひとつかかずに債権取立てに向かう猛者ばかりだったと言うのに……!
大場カナコ、カナコが憎い。我が愛する皇國金融をここまで貶めたカナコが憎い……!
膨れ上がる憎悪に身を焦がしながら、
「む、何だアレは?」
ちょうど川の中央辺りに一本の棒が立っているのが見える。形状は真っ直ぐで木刀にも見える。明らかに不自然だ。
「くくく……ぬかったな、大場カナコ……。それが隠れ家の目印か!」
「ぐぼぼぼ……!? がぼぼっ!? あがっ!? あばばばばば……!?」
足が滑り、全身が川の中に浸かった。そして手足をバタつかせながら、川下に向かって流れていく。周囲の黒服たちは寒さのあまり事故に気がついていない。そうして
※積み込み:麻雀用語。牌山に好きな牌を仕込むイカサマのこと
※通し:ギャンブル用語。手札を覗いて味方に伝えるイカサマのこと
※ルーレット台:ルーレット台は目の偏りを防ぐため、ちゃんとしたカジノでは厳密に水平が取られるらしい
※なお、これらの知識は江戸時代にはまったく関係がない
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