第26話 ケモミミ巫女式カウンセリング

 マシラオニの巣穴からごうごうと真っ赤な炎が吹き出している。ひひひひ……いいぞ……燃えろ……もっと燃えろ……。


「あの、カナさん。そろそろ消火してもいいですか?」

「おっと、また夢中になっちゃった。消火よろしく!」


 コガネちゃんが法術で手のひらからびゅーっと水を出し、燃え盛る炎を鎮火する。なんど見ても不思議である。私もおぼえたいが、技術だけでなんとかなるものではないらしいので諦めた。


「こ、ここまで徹底的にやるものなのか……」


 青い顔で口元を抑えながら、黒焦げになった巣穴を見ているのは菖久あやひさだ。これで火まで怖くなっちゃったらどうしよう。まあ、新たなトラウマを植え付けてしまったとしてもそれは自己責任ということにする。


「それで、退治した証明に角を切り取っていくんです。やってみます?」

「う、うぷ……」

「無理はしなくて大丈夫ですよ」


 今回の収穫は8匹だ。なかなかの稼ぎだな。私はコガネちゃんと手分けして角を切り取っていく。


「それじゃ、寄せ場に戻ろうか」

「今日はちょっと寄り道していいですか」

「かまわないけど、何かあるの?」


 コガネちゃんは吐きそうになっている菖久に目配せをする。彼のトラウマ解決の手段が何か思いついたのかな? ひとまずコガネちゃんの策に乗ってみようか。


 * * *


「いやあ、ありがてえ。8匹もおったんか」


 長年の野良仕事ですっかり日焼けしたおじいさんが、コガネちゃんの手を取ってニコニコと微笑んでいる。山を降りてコガネちゃんが向かったのは、マシラオニ退治の依頼を出した農家だった。ちょうど昼時だったようで、囲炉裏にかかった鍋から湯気が上がっている。


「そうだ、あんたらメシ食ってくか。大したもんは出せねえが」

「いいんですか? やったあ、ご馳走になります!」

「ラッキー! ごちになります!」


 おじいさんが椀に鍋の中身をよそって配ってくれる。


「かたじけない……しかし、これはなんという料理でござるか?」


 菖久は目を丸くして椀を見つめている。全体的に茶色がかっていて、黒っぽいつぶつぶや細かく刻んだ葉っぱなどが交ざっていた。


「料理っていうほどのもんではねえですなあ。大根の葉っぱを刻んだのと、あわひえを混ぜた雑炊ですだ。よかったら漬物も食ってくんなせ」


 スライスしたたくわんと、細かく刻んだ茄子の漬物が出てくる。たくわんはポリポリと歯ごたえがよく、茄子はかなりの古漬けなのか酸っぱい上に塩辛い。これは雑炊に混ぜて食べるとちょうどいいな。


「ご老人は、いつもこういうものを召し上がっているのか?」

「そうでさあ。ああ、口に合わなければ残してくだすって結構ですんで」

「いや、そんなことはない。馳走になる」


 菖久は箸を動かして雑炊をわしわしとかき込み始めた。温室育ちのお坊ちゃんかと思いきや、この程度のことでわがままは言わないようだ。


「しかし、今年はマシラが多くてかなわん。大根は盗まれるわ、鶏は拐われるわ、たいそう迷惑しとってのう」

「へえ、去年まではそんなことなかったの?」

「こんなにマシラがわきよるんわ、何十年も前に一度あったきりじゃのう」


 寄せ場の依頼がマシラオニだらけなのは毎年のことではなかったのか。異常気象の前触れだったりするのかな?


「じゃから、お嬢ちゃんたちのように仕事が早いと助かるんじゃよ。依頼をしても、何日も来なかったり取りこぼしが多い人足も多くての……」


 そういえば、はじめて巣穴を焼いたときはコガネちゃんもちょっとびっくりしたもんな。あそこまでやる冒険人足はそう多くはないってことか。まあ、消火手段がないと山火事一直線だしね。この世界に来て最初に出会ったのがコガネちゃんだったのはつくづく幸運だった。


「さて、ちょっと失礼させていただきますな」


 おじいさんが立ち上がり、部屋の隅にある人形のようなものに手を合わせた。赤ん坊くらいの大きさの何かに、千代紙が何枚も重ね張りされている。


「ご老人、何に拝んでおられるのだ?」

「何っちゅうこともねえですが、マシラサマ呼んどりますな」

「マシラサマ……?」

「マシラの神様ですじゃ。恨んで化けて出てこんようにとお祈りしとります。マシラは畑に悪さしよりますが、やつらも山ん中で大人しゅう暮らしとればむざむざ死なずに済んだのにと」

「害を成されたというのにそうやって弔うのか……」


 何やら神妙な顔をしている菖久に、コガネちゃんが言葉をかける。


「これって、人の社会にも通じると思うんですよね」

「うむ……」

「罪人は、害を成すから処罰されます。放っておいたら、もっと迷惑がかかりますから。決してただ憎いから殺すわけではないんでしょう? カナさんだって、マシラオニの殺生を楽しんでるわけじゃない……わけじゃ、ないですよね?」

「ったり前じゃん!」

「よかった……」


 コガネちゃんがほっと胸をなでおろしている。ちょっと待て、君は私を何だと思っているのだ。


「あのねえ、マシラオニ退治はあくまでもつなぎの仕事。もっと稼げるネタがあるなら喜んでそっちにするよ」

「あ、そういう意味ですか」


 マシラオニなんぞ、お金にならければわざわざ手間をかけて狩りたいなんて思わない。食べられもしないし。


「こほん、ええっと、カナさんの場合はちょっと参考にしづらいですけど、殺生は誰にとっても気持ちのよいものではありません。山で狩りをする猟師たちも、海で魚を獲る漁師たちも、みんなこうやって獲物をお祀りして、弔いをしているんですよ」

「あー、日本人ってそういうところあるよね。未来でも殺虫剤の会社が虫の供養なんてしてたよ。私にはちょっとピンと来ないけど」

「はあ……カナさんは一生法術は使えそうにないですね……」


 なんだ、法術を使うには信心とかそういうものが必要なのか? しかし、ギャンブルの世界では神頼みになった者から敗れていくのがセオリーだ。信仰など所詮は弱者の精神安定剤である。獲物を供養するのだって、罪悪感をごまかすための儀式にすぎないだろう。


 ――なんてことを言うと、コガネちゃんに怒られそうなので黙っておくことにする。


「ともあれ、殺生を嫌う菖久様の気持ちは慈悲深く、仁愛に満ちた徳でもあります。それを病などと言って捨てようとせず、正面からその気持ちに向き合ってみてはいかがでしょうか」

「正面から、向き合う……」

「その結果、罪人斬首の御役目をやはり続けるということなるかもしれませんし、あるいはカナさんが昨日言ったように、別の道に進むという結論になってもよいと思いますよ。人間の本当の心根は簡単に変えられるものではありませんし、変えたつもりで我慢をしても、どこかで綻びが生じてしまうこともあります。まずは菖久様ご自身が、心から納得できる道をお考えになってみたらよいかと」

「拙者が納得できる道……」


 なんだかコガネちゃんが心理カウンセリングみたいなことをしている。こうしていると、やっぱりコガネちゃんって巫女なんだな。私はこんな風に誰かと接することなんてとてもできやしない。


 にっこり微笑むコガネちゃんが、ちょっぴり神々しく見えてしまった。


 * * *


 日付と所は変わって、世境よざかいの冒険人足寄せ場である。花魁めいた色っぽい頭目に、どうにも薄汚れた格好の少女が揉み手ですり寄っている。私だ。


「それで姐さん、例の支払いの件なんですがもう2、3日待っていただけないかなと……」

「あたしは別に構わないけどねえ、博打の借りはカラス金。明けのカラスがかあと鳴いたら1割ずつ増えていくよ」

「ややや、そ、それはご勘弁を。今後も仕事を頑張りますんで、ねえ?」

「ふふふ、まあ腕のいい人足をいじめるつもりはないよ。そうさねえ、しばらくは依頼料の九割は寄せ場に収めてもらおうかねえ」

「ど、どうかご勘弁を……!」

「あっ、カナさん! 姐さんと賭け事なんてしたんですか!」

「げっ、コガネちゃん!?」


 私が姐さんと支払いの交渉をしていたら、コガネちゃんに見つかってしまった。狐耳をピンと立て、ぷりぷりと怒りながらやってくる。


「もう、姐さんも姐さんですよ。一体何を賭けたんですか?」

「あのお侍さんが首切り役人を続けるか、辞めるかを賭けてたんだ」

「そんな人の人生をサイコロの目みたいに……それで、どっちがどっちに賭けたんですか?」

「嬢ちゃんが辞める方、あたしは続ける方に賭けたのさ」

「はあ、それで負けたと……」


 コガネちゃんがジト目で見てくる。だ、だってあの流れは完全に役人をやめて坊主にでもなりそうな雰囲気だったじゃないか。まさか役人を続けるなんて思いもよらなかった。


「あのお侍さんに斬首された罪人は、みんな仏様みたいに穏やかな顔をしてるって評判にまでなっちまってるねえ。いやはや、あの怖じ気の病を直せるなんてお嬢ちゃんも大したもんだ」


 姐さんが意味ありげにコガネちゃんを見ながら言う。くっそ、見透かされている。実際私は今回の件では何の役にも立たなかった。人の心の機微だとか私には難しすぎる。鉄火場の心理戦ならば得意なのだが……。


「とにかく、もうそんな賭けはしちゃダメですよ。ほらほら、今日も仕事に行きましょう!」

「は~い」

「依頼は腐るほどあるからねえ。思う存分稼いでおくれよ」


 姐さんに見送られつつ、コガネちゃんに引っ立てられて寄せ場を後にする。今日も今日とてマシラオニ退治の一日が始まるのだった。あーあ、どっかにおいしい儲け話でも転がってないかなあ。


「カナさん! またろくでもないこと考えてたでしょ?」

「いっ、いえ! 滅相もございません!」


 カラスが一羽、アホーアホーと鳴きながら青空を横切っていった。

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