第25話 人斬りレッスン
準備を整えた私は、菖久とかいう侍を
「というわけで、特訓開始だ! まずはこれを斬ってみたまえ」
「これを斬るのか?」
私が取り出したのは、試斬用の
「うむ、名付けてマッキー君1号だ。ひと思いにやってくれたまえ」
「巻藁ならば慣れているが……」
チンと甲高い鍔鳴り音。次の瞬間には、マッキー君1号は肩から腰にかけて両断され、どすりと重い音を立てて川原に上半身が転がった。抜く手も見せず……とはまさにこのことか。切り口を確認すれば刺し身の切っつけのようになめらかだ。山田浅右衛門の高弟という触れ込みは伊達ではないらしい。
「それでは、マッキー君2号。頼んだよ」
「先ほどと変わらぬではないか。顔に誰ぞの浮世絵が貼られているが……」
「いいからいいから。斬っちゃて斬っちゃって」
「う、うむ」
マッキー君2号も無惨に両断される。迷いはないな。次のマッキー君3号は、顔を浮世絵ではなく写実的な絵に変えたものだ。これもあっさり両断。4号は着物を着せ、5号は肌に蝋を塗り込んで人肌っぽくしている。これらもあえなく両断。これでだいぶ抵抗がなくなってきたかな?
「これはなぜやっているのだ?」
「うーん、未来じゃわりと普通の方法っていうか」
「未来?」
「あー、こっちの話。まあ、たぶん効果的なんじゃないかなって」
現代の軍隊や警察であっても、人間を殺傷するのに抵抗を覚える人間は多い。そのため、普段の訓練から人型の物体を破壊させることで慣れさせるのである。
「そんじゃ、そろそろこれもいってみようか。マッキー君6号、君に決めた!」
「ゲギャギャギャギャ!!」
「な、なんだこれは!?」
「マシラオニだよ。お侍さんだと見たことないのかなあ」
生きたまま捕まえてくるのにはかなり苦労した。麻酔銃でもあれば楽だったのだが、そんな便利なものはない。トラバサミを仕掛け、首を絞めて落とし、縄で縛り付けてやっと連れてきた苦労の結晶なのだ。
「まあまあ、とりあえず斬ってみてよ」
「う、うむ……わかった」
菖久が刀を抜き、上段に構える。今度は抜き打ちではないのか。ゆっくりと息を整え……てないな。なんか、ふうふうはあはあと過呼吸気味だ。顔面にはびっしりと脂汗が浮いている。
「うーん、やめやめ。次はこれ行ってみよう。ネズミッキー君1号だ」
「チュウッ!?」
「鼠?」
そう、私が取り出したのは長屋で捕まえたネズミである。野良猫と取り合いになって引っ掻かれてしまったのは苦い思い出だ。
「あの、カナさん。何をさせようとしてるんですか?」
ネズミッキー君1号の尻尾を持ってぷらぷらさせてたら、コガネちゃんが聞いてきたので答える。
「うーんとね。小さい動物から慣れさせようと思って」
「慣れさせる?」
「ネズミ、ハト、ニワトリ、ウサギ、犬猫、サル……ってゲーム感覚でだんだんグレードアップさせて、人間もその延長線上でいけるようにしたいなと。順調にいけば首を斬るのが何よりも大好きな快楽殺人鬼のいっちょ上がりってわけよ」
「ダメですよそんなの!?」
「拙者は殺人鬼になりたいわけではないでござるが!?」
むう、およそのシリアルキラーはこうやって出来上がると何かで読んだことがあるのだが、全力で拒否されてしまった。コガネちゃんもドン引きしているし、別の方法を考えるか。じゃあな、ネズミッキー君、命拾いしたな。
「ネズミ一匹殺せないんじゃ、人間の首が斬れるわけないよねえ」
「くっ……面目ござらん……」
「魚を捌いたりはできるの?」
「それも苦手でござる……」
「肉と魚って食べられる?」
「……じつは、野菜しか喉を通らないでござる……」
あー、こりゃ重症だ。生き物の命を奪うという行為そのものに忌避感を抱いているようだ。何がきっかけかは知らないが、一年中罪人の首を斬っている家に生まれたのだから逆にそういう病気にもかかりやすい気はする。私がフロイトやユングだったらトラウマがどうのこうので治療できるのかもしれないが、当然ながらそんな技術は持ち合わせていない。
というわけで、ちょっと目先を変えてみよう。
「つかさ、そもそも何で首切りができるようになりたいの?」
「は?」
私の質問に、菖久がきょとんとした顔をする。いや、こっちとしてはごく当たり前の疑問なのだが。『ホームセンターでドリルを買うのは、ドリルが欲しいからではなく穴が欲しいからだ』という格言がある。首が切れるようになることで達成できるその先の目的があるのなら、別の手段を用いたってかまわないはずだ。
「首を斬るのが嫌なら、他の仕事を探せばいいじゃん。あんたの腕なら剣術道場とか開いたってやってけるんじゃないの?」
「いや、しかし……それは……拙者は当主様に拾われて……その恩義を返すためにも跡を継がねばならぬ身で……」
「あー、養子かなんかだったの? いや細かい事情とか興味ないから言わなくていいんだけど、跡継ぎってあんたじゃなきゃダメなわけ? 血は繋がってないんだし、他の人でもいいんじゃないの?」
「あ、いや、それは……しかし……拙者は一番の高弟で……」
菖久はついに頭を抱えて黙り込んでしまった。どうやら別の進路など考えたこともなかったようだ。狭い環境に閉じこもっているとハマりがちな視野狭窄だな。大会社の御曹司とか、ヤクザの組長の息子とかにありがちなパターンだ。自分は親の跡を継がなければいけないものだって思い込んでしまって、他の可能性が最初から目に入らなくなっちゃうやつだ。
「カナさん、あまり追い詰めるようなことは言っちゃダメですよ! あっ、あの、菖久さんもあまり思い詰めてはダメですよ! そうだ、しばらく私たちの冒険人足家業に付き合いませんか? 気分転換になると思いますよ!」
「えー、ちょっとめんどくさいな」
「カナさん!」
コガネちゃんが腰に手を当てて「めっ!」という視線で睨んでくるので、そういうことになった。冒険人足家業の仕事ってだいたい血なまぐさいあやかし退治なんだけど、大丈夫かなあ。
もしかしたら、コガネちゃんに何か秘策でもあるのかもしれない。薄い可能性だが、それに期待するとしよう。
※巻藁:現代で試斬に用いられるものは竹の芯を入れず、畳表を巻いただけの物が主流なようだ。竹は硬いから刃を痛めやすいからだとか、入れても入れなくても手応えが変わらないからだとか、人によって主張がまちまちで理由がよくわからない。それでは江戸時代の巻藁はどんなものだったのかというと……これも今ひとつ実態がわからない。古流の伝書などに当たれればわかるかもしれないが、私にはそこまでのリサーチ能力がないので断念。ひとまず本作では、作中で描写した通り青竹に使い古しの俵を巻いたものとしてみた。
※山田浅右衛門家:山田浅右衛門は血縁による世襲ではなく、弟子の中で最も腕の立つ者を跡継ぎとした……という説もある。ネットで調べるとこれをあたかも定説のように語っていたりもするのだが……信頼に足る典拠が見つけられず、創作の可能性も高いと思われる。
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