第24話 山田浅右衛門菖久

 今日も今日とてマシラオニ退治の帰りである。コガネちゃんと一緒に街道筋を歩いていると、行く手に何やら人混みを見つけた。なんだろう、見世物かお祭りでもやってるんだろうか。人の集まるところに商機あり。とりあえず覗いてみよう。


「あ、カナさん。あまり趣味の良いものじゃないですよ……」


 コガネちゃんは眉をひそめて動かない。一体何があるんだろう。私ひとりになってしまったが、「ちょいとごめんよ」と人混みをかき分ける。なんとか先頭までたどり着くと竹垣があった。その向こうには後ろ手に縛られ、目隠しをされた罪人が首をうなだれている。


「あー、なるほど。公開処刑ってわけか」


 首切り役の侍が腰の刀を抜き、刀身に柄杓の水を受ける。刀を振って水を切り、頭上に構えた。大勢集まった見物人の喉から、ごくりとつばを飲む音がする。


「確かにこりゃあ趣味のいいもんじゃないね」


 首切り役人は刀を構えたまま動かない。息を整えているのか。見れば、ずいぶんと若い。私よりも少し年上かな。令和日本なら高校生くらいだろうか。そんな若いうちから他人様の首を落とさなきゃならんなんて、因果な商売だなあ。


 そのまま、時間が過ぎていく。介錯人の顔色が青くなり、細い顎先から脂汗が滴り落ちる。そして見物人がざわつき始めた。


「おいおい、いつまで待たせんだ」

「おーい、こっちは仕事を抜けて見に来てんだよ!」

「そうだそうだ! さっさとしやがれー!」


 ざわめきは野次へと変わり、竹垣を掴んで揺さぶる者までいる。騒ぎはどんどん大きくなり、ついに役人たちが縦書きの前までやってきた。


「ええい! 静まれ、静まれ! 本日の刑は延期とする!」

「なんだと! とっとと首切りゃいいだけじゃねえか!」

「斬首とは左様に簡単なものではない! 貴様らが騒いだから延期になるのだ!」

「なんでえ! おいらたちのせいだって言うのかよ!」

「あたい、最初から見てたけどさあ。あのお侍さん、首を斬る度胸がないんじゃないかねえ」

「馬鹿を申すな、彼の者は山田浅右衛門の高弟、菖久あやひさ殿だ! 貴様らが気息を乱さねば見事お役目を果たしていたに違いない!」

「けっ、腰抜け侍が! 何ならおいらが代わりに斬ってやろうか?」

「貴様ッ! 武士を愚弄するか!」


 見物人と役人たちが揉め出してしまった。うーん、なんだか雲行きが怪しいな。別にスプラッタ趣味はないし、トラブルになる前に退散するとしよう。


 * * *


 翌日。今日も今日とて寄せ場でめぼしい依頼を探している。マシラオニ退治、マシラオニ退治、マシラオニ退治……っと、うーむ、今日もマシラオニ退治ばっかりだ。何か掘り出し物はないものか。


「御免! 失礼致す」

「あら、お侍さん、いらっしゃい。何かご依頼かい?」


 依頼を吟味していると、身なりの整った若い侍がやってきて帳場の姐さんと何やら話している。月代さかやきをきれいに剃ってるし、冒険人足志望の食い詰め浪人って感じではないな。ふむ、金の匂いがする。私はしれっと姐さんの隣りに座った。


「度胸をつけたいって言われてもねえ。そんな曖昧な依頼じゃお受けしようがないんでございますよ」

「金ならいくらでも出す。知恵を貸してほしい」


 いくらでも出すなどと言われては、黙ってはいられない。


「ほう、それは一両でも二両でも出そうって話かな?」

「我が病が治るのならば、十両でも二十両でも……って、誰だお主は?」

「あ、どーも。大場カナコです。冒険人足をやってます」

「ホント、このお嬢ちゃんは銭金の匂いにさといねえ」


 姐さんが紫煙を吐きつつ呆れているが、私にとってそれは褒め言葉である。


「それでお侍さん、病ってのは……って、昨日の首切り役人さんじゃん」

「むう、見られていたのか」

「最後まではいなかったけどね。結局どうなったの?」

「どうもこうもない。騒ぎになってひと月後に延期となった」

「ほーん」


 つまり、斬首はできなかったということか。ということは……


「首が斬れるように度胸をつけたいってことであってるかな?」

「ぐっ……そ、その通りだ。しかし、なぜわかった」

「そりゃあねえ。綺麗な目をしてるもん。人殺しはそんな目をしてないよ」


 私がしれっと告げると、お侍さんと姐さんが目を丸くして固まった。


「ったく、その歳でどんな修羅場をくぐってきたんだい……」


 まあ色々とありまして。令和日本のダークサイドは一通り嗜んでおります。


「こんなわっぱにも見抜かれてしまうのか……」


 大丈夫、私の眼力だからこそできる技だ。ギャンブルでは初見相手の死闘など日常茶飯事だ。そんなとき、相手をひと目で見極める眼力を鍛えていなければ大怪我をしてしまうのだよ。


「んで、とりあえずその依頼、私が受けていいのかな? 寄せ場に手数料は要る?」

「要らないよ。もともと断ろうとしてたんだ。二人で好きにやってくんな」


 よっし、姐さんの了解が取れた。これで依頼料は丸々私の懐だぜえ!




※刑場:江戸には2つの大きな刑場があった。品川の鈴ヶ森刑場と千住の小塚原刑場である。鈴ヶ森刑場は東海道、小塚原刑場は日光道中にあり、いずれも主要な街道のそばだ。江戸へ入ってくる人間に対し、「悪さをすればこんな目に遭うぞ」と見せしめにする意味合いがあったのだろう。

※山田浅右衛門:首切り役人として有名な山田浅右衛門だがこれは個人の名前ではない。初代は山田浅右衛門貞武、二代目は山田浅右衛門吉時、その後は吉継、吉寛、吉睦……と九代まで続いていく。本作に登場する菖久は創作である。

月代さかやき:頭を剃る月代は武士の身だしなみであり、お役目付きで登城する武士はだいたい剃っていた。しかし、江戸後期になると月代を敢えて剃らない総髪も流行った。

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