第20話 ポケニンは資本主義のゲームである

「ミーの手番! <第六天魔王・織田信長>を攻撃表示で召喚! 特殊能力<三段撃ち>を発動! 相手盤面の騎馬武者を一掃すル!」

「ぐああああ!? おいらの武田騎馬軍団が……」

「粉砕! 玉砕! 大☆喝☆采! フハハハハ! 強いゾー! かっこいいゾー!」


 湯屋の二階。開国によって外国人も闊歩するようになった江戸では、こんな光景がそこかしこで繰り広げられようになった。私が開発した『ポケットニンジャマスターズ(略称:ポケニン)』は江戸でもアメリカでも大流行中だ。日本とアメリカ、交わることのなかった2つの国の人々が、ポケニンを通じて友情を深め合っているのである。仲良きことは美しきかな。


「くそう、おいらだって金札があれば……。てめえ、どんだけ買い込みやがったんだ?」

「くくく……パック買いなど貧乏人のやることデース。必要なレアカードは単品で買うものなんだYO! ちなみにこの<第六天魔王織田信長>は二百両もしましタ」

「にっ、二百両!?」


 そして思惑通りレアカードの価値は高騰を続けている。レアリティに応じて金箔押しなどで装飾を強め、ひと目でレアだとわかるよう工夫をしたことも効果的だったのだろう。それらは金札、銀札と呼ばれ、これを持っていないものはポケニン界隈では最下層の底辺である。


 だが、それは通常の手段ではなかなか手に入らない。たとえば先ほどの<第六天魔王織田信長>の公式排出率は0.02%。通常パックでは5千枚購入して1枚入っているかどうか……という絶望的な数字である。


「あらあら、お兄さん、あんた金札も銀札も持っていないのかい?」

「なんでえ、何が悪りぃんだ! 普通の絵札だけでも勝負には勝てらい!」

「ぎひーぎひぎひぎひ! 強がりもそこまでいくと滑稽だねえ。あんた、さっき負けたばかりじゃないか」

「ぐ、ぐうう……」


 ポケニンは資本主義のゲームである。一定のレベルに達するためには一定の投資が必須なのだ。そのルールのわからない貧乏人どもがコモンカードだけで勝てるなどという幻想にしがみついているのだから救いようがない。


「それであんた、勝ちたいんだろう?」

「そ、そりゃ勝ちてえよう……」


 私は満面の笑みを浮かべ、男に告げる。


 ――力が欲しいか?


「ひぃっ!? あ、悪魔!?」


 男は尻餅をついて後退りする。私の天使の微笑みを悪魔などと……無礼なやつだ。まあ、ひとまずそれはいい。商談は始まったばかりである。


「それで、力は欲しいのかい?」

「そりゃ欲しいけどよお……何百両もする絵札なんて買えねえよ……」

「力が欲しいか! ならば、売ってやる・・・・・!!」

「こ、こいつは……!!」


 私がデイバックから取り出したカードの群れに、男は目を丸くする。


「金札……銀札がこんなに……」

「金札は1枚1両、銀札は1枚1朱だ」

「そんな値段で金札も銀札も……き、木曽義仲と巴御前がたった2両で揃っちまうってのか!?」

「このコンボは強力だからねえ。源平デッキを組むなら欠かせないよぉ」

「で、でも2両なんて大金、俺じゃ……」

「リボ払いも用意してるよぉ。毎月250文払うだけだで買えちゃうよぉ」

「そ、それなら買った!!」

「毎度ありっ!」


 さすがに博徒とは異なり、一般人はカラス金ではなかなか借りてくれない。そこで編み出したのがリボルビング払いである。毎月決まった額を払えばよいだけと油断をするが、何ヶ月、何年支払っても元本が減らない現代社会が生み出した悪魔の融資形態である。これを考えだしたクレジットカード会社の人間は天才だと思う。


 目の前の冴えない風体の男を見る限り、2両の元本を返すことなど一生できないだろう。こいつはこのまま一生、私に金利を支払い続ける債権奴隷と化すのである。


「で、でも、どうやってこんなすげえ絵札を手に入れたんだ? おいらなんて千枚以上も買ったのに、金札なんて1枚もお目にかかったことがねえぞ……」

「ぎひぎひぎひ……そこは蛇の道は蛇というやつでね……。じゃ、クーリングオフなんか存在しないから気をつけな!」


 頭金と証文を回収し、私は江戸の闇へと姿を消した。


 * * *


 浦賀港。潮風の香りが満ちる夜の闇に、ぽっぽーと蒸気船の汽笛が鳴り響く。ちっ、こんな時間に騒音を出してるんじゃねえよ。近隣住民が起き出してきたらどうしてくれるんだ。


「カナコ様、例のものをお持ちしました」

「うむ、ご苦労。誰にも見られてないだろうねえ?」


 黒い着物の男から荷物を受け取り、中身を確認する。そこにあるのは金銀に彩られたレアカードの山。いまや同じ重さの純金よりも高価な、まさしく値千金の小包である。


 これらは蔦屋の工場から抜き取らせてきた正規品だ。ポケニンカードは透かしを入れるなどの偽造対策を施している。いくら原案担当者の私であっても、複雑な工程を経て作られるそれらを偽造するのは難しい。なので、職人の中に間者を紛れ込ませ、完成品を抜いてきているというわけだ。


「こいつが何百両にも化けるんだから笑いが止まらないねえ。さあて、来月からはもっと抜き取る量を増やしてもらおうかね」

「しかし、カナコ様。これ以上抜き取っては市中に流通するものの中に金札、銀札がなくなってしまうのでは……?」

「ぎひーぎひぎひぎひ! かまやしないよぉ! マヌケな貧乏人どもは、一攫千金を夢見てコモンしかないパックをせっせと買ってりゃいいのさ!」


 令和日本でも、バカ正直にパックだけを買う人間なんていやしなかった。レアカードの売買は専門店舗ができるほどの人気商売だったのだ。仕入れ・・・が格安でできるのなら、こんなボロい商売は他にない。


「カナコさん……まさかあなたがこんなことをしていたとは……」

「最近、水兵たちの金遣いが妙に荒いと思ったら、こういうことだったのデスか……」

「げえっ!? こっ、この声は!?」


 暗がりから聞こえた声に、私は振り返る。その先にいたのは……蔦屋重三郎とペルリの二人だった。


「御用だ! 御用だ、御用だ!」


 呼び子が夜気を切り裂き、赤い提灯が私を取り囲む。


「火付盗賊改である! 絵札の窃盗、そしてその密売! その取引の現場、確かに押さえたぞ!」

「げええっ!? 火盗改!?」


 くそっ、派手にやりすぎたか!? 私は刺股と十手の林をかいくぐり、海に向かってダイブする。


「あばよっ、海の底まで追いかけて来られるならやってみな!」


 こんなこともあろうかと、浦賀港には常に小型潜水艇ウミガメ号を忍ばせていたのだ。


「そのことだけど、カナコちゃん」

「あれ、乙姫じゃん。なんであんたがこんなところに?」


 ウミガメ号の中には、なぜか乙姫がいた。海中遊覧事業で小金が舞い込んだおかげで、化粧も装飾品も一層ゴージャスになっている。


「竜宮も幕府と正式に交易を始めることになってね。もう犯罪者を匿うわけにはいかないんだよ。すまないねえ」

「うげえっ!?」


 こうして火盗改に捕らえられた私は、お白洲へと引っ立てられていくのだった。


 * * *


 日付と所は変わって、世境よざかいの冒険人足寄せ場である。花魁めいた色っぽい頭目に、どうにも薄汚れた格好の少女が手でごまをすりながらすり寄っている。私だ。


「げへへへ、姐さん、姐さん、なんかいい仕事はありやすかねえ……?」

「なんだいあんた、また随分とご無沙汰だったねえ。ずいぶん羽振りがよかったみたいだけど、何してたんだい?」

「なぁに、大したことじゃありやせんよ。そんなことより、何か実入りのいい仕事はありやせんかねえ?」

「ふーん、最近だと絵札遊びに使う珍しいカードを探してくれなんて依頼が多いけどねえ」

「ややや、それだけは勘弁だ! 何か他の仕事はありやせんかい?」


 ポケニンで稼いだ金は賠償などですっからかんだ。足りない分は徹夜でキャラクター原案を描いて弁済した。いまから再び、冒険人足としてイチからやり直すのだ。人間、カードゲームなんかにうつつを抜かしてはいけない。真面目が一番である。


「なんか、こういうことになる気がしてたんですよね……」


 コガネちゃんから冷たい視線が注がれている気がするが、そんなことを気にしている場合ではない。私はこの江戸時代めいた異世界でまだまだ生き残らなければならないのだ。




※透かし:偽造防止のための透かしの技術は古く、世界的に見ると18世紀に印刷されたイングランド銀行の紙幣にも採用されている。本邦でも藩札という、各藩が発行した紙幣で使われていたらしい。最初の藩札は1630年に発行された備後福山藩のものであるが、これに透かしが使われているかはちょっとわからなかった。

※リボ払い:史実ではアメリカのストローブリッジズという百貨店が発明したらしく、クレジットカード会社の発明だというのはカナコの誤解である。なおストローブリッジズの創業は1868年だが、いつからリボ払いを開始したのかはよくわからなかった。わからないことばかりで申し訳ない。

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