第19話 江戸幕府は開国しました

 結論から言おう。開国は成った。


 日本からは大量の春画が輸出され、アメリカからは綿布、小麦などが輸入されている。幕府はそれらに多額の関税をかけ、国内産業が壊滅することを防いだようだ。傾きかけていた幕府財政の再建にも役立っているらしい。


 アメリカ向けに開港されたのは浦賀と長崎の2港のみ。江戸からはちぃと遠いので、個人的にはもっと近場で開港して欲しかったのだがまあ高望みをしても仕方があるまい。


「なんだか不思議な絵柄のものが多いですね」

「未来ではこういうのが流行るからね。ひとまずはテストマーケティングってところよ」

「はあ、未来ですか……」


 コガネちゃんが不思議そうに見ているのは、令和日本で人気だったアニメキャラクターたちの絵だ。サムライ、ニンジャ、尻尾の生えた戦闘民族、麦わら帽子を被った海賊に、胸にSマークをつけたアメコミ風のマッチョなどもいる。


「カナさんって絵も描けたんですね」

「ほとんどトレースだけどね。こういうのを石に描くと高く売れることもあったからさ」


 原画担当は私だ。キャラクターとストーリーの素案を蔦屋に渡し、それを職人や戯作者たちに仕上げてもらっている。元ネタは無数にあるから簡単なものだ。すべて世界的な大ヒット漫画だから、どれかは人気になることだろう。職人たちも新しいモチーフが提供されたことに喜んでいるそうだ。


「というわけで、水兵の諸君にはどのキャラクターが好きなのかを教えてほしい」

「ワウ! 楽しみにしてたYO!」「サムライ、ニンジャ、ゲイシャ!」


 試し刷りした大量の浮世絵を黒船に持ち込み、水兵どもに見せる。カラーコピーなど存在もしない時代だ。多色刷りの浮世絵は彼らにとって珍しいらしく、新作を見せるとみんな大喜びする。


「俺はこのニンジャガールが好きだYO!」「俺はこっちのサムライガールを推すゼ!」「なんで女の子がセーラー服を着てるんだ? だが……それがイイ!」


 水兵どもの好みは単純で、肌色成分の高い美女・美少女のイラストが人気だ。ストーリーに関しては添え物程度だが、英訳したものよりも日本語そのままの方が人気だ。どうも漢字のデザインが刺さっているようなので、ついでにロゴ入りTシャツも販売している。アメリカ産の綿布は真っ白で何も柄がついていないから、これに染色して販売できるなら加工貿易も成り立つだろう。


「イエース! ジャパニーズ漢字、クールですネ!」「こんな複雑な文字、どうやっておぼえてるんだYO!」


 水兵たちが嬉々として着ているのは童貞、変態、痔瘻、烏賊、饂飩、蕎麦などと書かれたTシャツだ。染め物職人からは「なんでこんなものを……」と訝しがられたが、とにかく画数の多い漢字が人気なのだから仕方がない。ビャンビャン麺なんかも漢字で書いてあげたら喜ぶかもしれない。


「ヘイ、ボス。このサムライとこっちのニンジャはどっちが強いんだイ?」

「どっちが強いんだろうねえ」


 水兵の一人が見せてきたのは武者絵だ。虎退治をする加藤清正と、大蛇に刀を突き立てる自来也だ。強力な怪物をやっつける豪傑の絵というのは厨二心にストレートに刺さるらしい。源頼光や宮本武蔵、真田十勇士などの草双紙も英訳版を作っているのだが、意外に好評である。


「やっぱりタメトモが最強だロ!」「いや、俺はユキムラだと思うネ!」「ムサシこそ最強だYO!」


 古今東西の男子が大好きな最強議論も活発である。棒切れを日本刀に見立てたチャンバラごっこも盛んだ。時に殴り合いの喧嘩に発展することもある。青春だなあ。サムライやニンジャを見れば真似もしたくなるし、戦わせたくもなってくる。これはもはや男の子の魂に刻みつけられた習性と言っても過言ではあるまい。


 どうせ需要は春画エロに集中するだろうと予想していたので、これは意外な反応だった。このビッグウェーブには乗るしかあるまい……!


「というわけで、今回はこんな新商品も用意してみました」

「ワッツ? なんデスの、これは? 浮世絵よりもずっと小さいデスわ。それにここに書かれている『攻撃力』『防御力』という数字はなんデスの?」


 花札サイズの厚紙に印刷された新商品に、ペルリがさっそく興味を示した。説明するよりもまずは実演した方がわかりやすいだろう。ペルリに新商品の束を渡し、テーブルを挟んで座った。そしてお互いのカードをシャッフルし、山札を置く。


「では、デュエル開始ッッ!! 山札から五枚手元に取って」

「わかりましたデスの」

「で、好きなカードを1枚場に置いてみて」

「フーム、ではこの攻撃力1700と書かれている『猿飛佐助』を出してみますの」

「そしたら私は『猿飛佐助』をこの『武蔵坊弁慶』で攻撃。こっちは2000だから、差し引きで300点のダメージね」

「なるほど、こうしてカードで戦うというわけなのデスね!」


 ペルリの察しがよくて助かる。武将カードは侍、忍者、僧兵の三種。戦況を左右する計略カードというものも用意した。つまるところ、トレーディングカードゲームである。最初からルールを複雑化しても着いてこれないだろうから、ほとんど数字の殴り合いという単純なゲームデザインにはなっているが、そのあたりはおいおい洗練させていけばいいだろう。


「しかし、これでは強いカードを持っている人ばかりが有利なのではないデスか?」

「お、いいところに気がついたねえ」


 ポーカーだろうが花札だろうが、互いが使う手札は同じ……それがTCG登場以前のカードゲームの常識である。潤沢なカード資源を持つものとそうでないものとでは絶対的な戦力差が発生する。こんなものはギャンブルとしてフェアではない。だが、そこにこそ商機があるのだ。


「カードは中身が見えない状態で、十枚ずつのパックにして販売する。何が入っているかは開けてみてのお楽しみ。そういう売り方を考えてるんだけど、どうよ?」

「なるほど……強いカードが欲しければ、そのパックをたくさん買わなければならないということデスのね!」

「それだけじゃなく、全部揃えることで特殊な効果を発揮するものもあるのさ。頼光四天王のは場に揃えれば攻撃力が500アップ。真田十勇士はすべて揃えればそれだけで勝利確定――って具合にね」

「カードは何種類ございマスの?」

「いまのところ百種類用意したよ。もちろん、今後もどんどん増やしていく予定だ」

「そして種類が増えれば増えるほどコレクションするのは難しくなっていくと……そういうことデスのね?」

「察しがよくて助かるねえ。もちろんレアカードは枚数を絞る。何百枚買ってもお目当てが出てこないなんてこともあるかもねえ」

「じゃ、邪悪デスの!」


 何が邪悪なものだ。200年後の未来では当たり前に行われている商法である。ヒットしたTCGは、札束を刷っていると揶揄されるほどに儲かっているのだ。別にお客さんを騙しているわけではない。大金を叩いてでも欲しくなる魅力的な商品を開発することの何が悪いというのだ。


「とはいえ、まずはプレイ人口を増やさないことには始まらないからね。水兵のみんなには、スターターパックを5個ずつプレゼントするよ」

「ワオ! ボスは太っ腹だネ!」「オー! 俺のパックにはキラキラしたカードが入ってたゾ!」「ヨシツネじゃないカ! こっちはスカばっかりだYO!」


 大喜びでカードに群がる水兵たちに、私はこの商売の成功を確信する。最初に配布したパックには意図的にレアカードの偏りを作った。ほんの一握りが勝利を収め、その他は敗北するという単純なヒエラルキーがまずは生まれるだろう。


 ハズレを掴んだ人間が勝つためには、レアカードを求めて新たなパックを買うしかない。そしてそれらには、今回配布しなかったさらに強力なカードを入れておく。すると今度は勝者と敗者の立場が入れ替わり……そういう無間地獄の入口に諸君らは立っているのだ。


 私はぎひぎひという笑いをこらえながら、新しいゲームに興じる水兵たちの姿を見つめていた。




※浮世絵:江戸時代には様々な浮世絵が人気となった。役者や花魁をモデルにした現代で言うブロマイドのようなものや、各地の名所の風景画。講談で人気の場面をモチーフとした武者絵なども人気だった。何色もの木版を重ねることで、フルカラーイラストの廉価大量販売をこの時代に実現していたことはなかなかのオーパーツ具合なのではないかと個人的には思っている。

※草双紙:江戸時代のラノベ。挿絵が豊富に入っており、町人たちの代表的な娯楽のひとつだった。とはいえ値段は高く、購入ではなく貸本屋からレンタルして読むことが多かった。

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