第17話 黒船来航

「ぎひーぎひぎひぎひ! これは笑いが止まらないねえ!」


 乙姫との提携によって実現した海中遊覧船『ビッグタートル号』は、就航以来、順調に収益を積み上げている。江戸っ子はもともと舟遊びが好きだ。屋形船に乗って花火やお酒を楽しむのが粋として定着している。それの海中版なのだから、流行らないわけがないのである。


「えー、左手に見えますのがイルカの群れですね。超音波? を発して小魚や海老などを獲っているそうです」

「いやー、狐の巫女さんは詳しいねえ」

「ちょーおんぱって何だ?」

「私には聞こえるんですけど、普通の方には聞こえないすっごく高い音ですね」

「ほうほう、お狐様は耳もいいんだなあ」


 添乗員にはコガネちゃんを任命した。台本はこちらで用意したが、最近はアドリブもきかせられるようになっている。海中とは誰からしても物珍しいものだが、ただすごい、ただきれいというだけでは今ひとつ感動が伝わりきらないものだ。しっかり解説役をつけてあげることで、ぼんやりとした感動をやっと言語化できるものなのである。


 そんなこんなで忙しい毎日を過ごしているときのことだった……。


 ――どぉぉぉおおおん! どぉぉぉおおおん!


 沖合から爆音が轟いてきた。一体何があったというのか。私は小型潜水ウミガメに乗り込み、海上に上がる。そこにあったのは、クジラよりも真っ黒で、クジラよりも巨大な、ぽっぽっと白い煙を吐く漆黒の戦艦だった。


「オーホホホホホ! 合衆国ステイツから参りました! 太平洋開拓艦隊提督、ペルリでございますわ! さあ、未開の蛮国よ! 開国するのデース!!」


 無数の大砲が白煙を上げるその艦上で、金髪縦ロールの女の子が何やら騒いでいる。困るなあ……こちらがクルーズ営業中だと言うのに大砲をぶち込まれてはたまらない。とりあえず、石を投げつけておく。投げた小石は見事な放物線を描き、金髪縦ロールの額に命中した。


「アイッター!? なんデスの!?」

「なんですのってこっちのセリフなんだよねえ。ちょっと、他人様の縄張りにずかずか上がり込んで大砲ぶっ放すとか、何考えてんの?」


 デイバックから取り出した鉤縄で甲板に登った私は、金髪縦ロールに詰め寄る。こちとら営業妨害されているんだ。開国するのデースじゃないんだよこのバカチンが。


「きぃぃぃい! 太平洋はわたくしたちのテリトリーなのデース! あなたこそ突然現れて何を言っているのデースか!」

「帰れって言ってるんだよこのバカチンが!」

「痛っ!? いだだだだだだ!?」


 やかましいので片腕を取って背中に回し、ついでに顔面もひねってチキンウィング・フェイスロックを極めてやる。ロープも存在しないこの艦上ではもはや脱出手段は存在しない。


「フリーズ! フリーズ!」

「ホールドアップ!」


 金髪縦ロールを締め上げていたら、水兵に囲まれて銃口を突きつけられていた。なぜだ。正義は我にあるんだぞ!?


 * * *


「ストレートフラッシュだ」

「ワゥ!? どうしてそんな手がぽんぽん入るんダ!?」

「イカサマだ! イカサマに決まってるYO!」

「ぎひひひひ! サマってのはねえ、見破られなきゃあサマじゃないんだよぉ!」


 船倉にぶち込まれた私は、紅毛の水兵たちを相手にポーカーで連戦連勝を重ねていた。見張りの水兵がトランプで遊んでいるからそれに交ざった。どうせルールも知らないだろうと侮ってくれたので最初は奇襲ではめ殺し、勝ち始めてからは今度は「東洋のウィッチね!」とビビり始めてくれたのでブラフを多用する作戦に切り替えている。叔父さんと一緒にラスベガスのカジノをさんざん荒らし回った記憶が蘇るなあ。


「というわけで、この船は乗っ取りました」

「ホワイ!? どういうことなんデスのー!?」


 無数の水兵を率いた私は、金髪縦ロール提督を包囲していた。


「どうしたもこうしたも……借金で首が回らなくなっちまっテ……」

「このガール、カードが異様に強いんですYO!」


 ということである。

 連日のギャンブルで負けに負けた水兵たちは、いまや私の忠実な部下へと変貌していた。ついでだから江戸で禁止になった白黒将棋リバーシも布教しておいた。300余りの乗員の中で、私に借金がないのはもはやこの縦ロールのみだ。


「あなたたち、馬鹿なのデスか!? どこの世界に捕虜とギャンブルして借金まみれになる人がいマスの!?」

「ぎひーぎひぎひぎひ! 現に存在するんだから諦めなあ。ぐだぐだ泣き言を言ったところで、現実が変わることなんてないんだよぉ。諦めて目の前の状況を受け入れるんだねえ」

「あ、悪魔デスかアナタは!?」


 縦ロールが首にぶら下げたロザリオを突きつけてくるが、当然そんなものに効果はない。お、銀で出来てるっぽいな。売ればいい金になりそうだ。


「さて、君はせっかくの商売の邪魔をしてくれたわけだが……それについて、何か弁解があれば聞こうか?」

「弁解するようなことなんてございませんの! わたくしは大統領の親書を持って、このジャパンという蛮国に開国をさせにきたのデスわ!」


 なるほど、黒船来航ってわけだったのか。そういえばこの縦ロールはペルリとか名乗ってたっけ? 令和日本で習う歴史では、黒船で日本にやってきたのは顎の割れたおっさんだったと記憶しているが、こちらでは金髪縦ロールになっているのか。


「開国してクダサーイって言いに来たわけね。なんでそれでいきなり大砲ぶっ放してんのよ? お客さんがびっくりしてこっちは商売上がったりなんだけど?」

「それは野蛮なジャパンが話を聞かないせいデスわ! わたくしたちステイツの武力を示し、交渉のテーブルにつかせるためデスの!」


 お話し合いに武力の背景が必要だという理屈はよくわかる。それはいま水兵という武力を得てペルリ提督と会話が出来ている私自身が体現していると言ってもよい。しかし、殴りつけるだけでは交渉ごととは上手くいかないものだ。窮鼠猫を噛むという故事もある。いくらこちらが有利でも、アメとムチを使い分けてほどよい塩梅でまとめるのが交渉ごとの要諦である。


 というわけでほどよい塩梅を探ることにする。


「開国すると、何か儲かるの?」

「ワッツ……?」


 金銭は世界の共通語だ。まずはその物差しに乗せてからお話をしようじゃないか。




※屋形船:江戸初期までは大名や上級武士だけの遊びだったが、時代が下るにつれて庶民にも親しまれるようになった。江戸も後期となると、500艘以上の屋形船が営業していたらしい。屋形船は現代でも営業しており、貸し切りではなく乗り合いならばそこまで高くもない。しかし、座席がくっそ狭かったり揺れたりするので、船酔いする人にはおすすめできない。

※ペリー来航:史実では1853年であるが、本作ではなぜか1849年に来てしまった。まあ、あくまでも江戸時代のファンタジー作品なのでそういうこともある。ペリーが金髪縦ロールお嬢様になってしまうのもやむなしである。

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