第16話 乙姫に新規事業のプレゼンをするタイプのJC

 大ウミガメに乗り込んだ私たちは、海中を進んでいた。半球の内部は広く、一度に百人が乗り込んでも余裕だろう。壁も天井も透けており、海中の様子がよく見える。海面から降り注ぐ陽光を反射して、イワシの群れが鱗を輝かせている。それを追いかけているのはマグロかな? おいしそうだなあと思わずよだれが垂れてしまう。


「ほら、絶景でしょ! こんなのは人間には見られないですよね!?」

「そうだねえ。見世物小屋より満足感はあるよ。あれが三十二文だったから、これなら六十四文くらいの価値はあるかな」

「た、助かった……」

「でもなあ、しゃべるウミガメを売れば一両や二両にはなったかもなあ」

「助かってなかった!?」


 ウミガメ(小)が何やらアピールしてくるが、この程度で借りを返したと思われちゃあたまらない。こちとら命の恩人なのだ。それに見合ったお礼をもらわなければ嘘ってもんだ。


「カナさん、見てください! 海底にあんな立派なお城がありますよ!」

「おおー、高そうなお城だねえ」


 高そう、といったのは物理的な高さの話ではない。いや、それも実際高いのだが、それ以上にお値段が高そうだ。宝石珊瑚を削り出したような真っ赤な瓦。この時代では珍しい透き通ったガラス窓に、あちらこちらで瞬くネオンサインと電光掲示板……え、何アレ? オーパーツ的な何か?


 私達を乗せた巨亀がずもももも……と着底する。海底がごごごごご……と左右に割れ、巨亀がそれに飲み込まれる。天井が閉まり、排水。巨亀から降りた私たちは、動く歩道に乗って城の中を進み――って、いきなりSFかよ!


「わあ、廊下が動いてますね。一体どうなってるんですかね?」

「それは下を見てもらえればわかりますよ」


 ウミガメの言うことに従って下を見てみる。可動部以外は半透明になっていて、床の下が透けて見えていた。そこには、無数の魚が群れをなして泳いでいる様子が見えた。


「ああやって魚たちが生み出す流れの力を使って、動かしているわけです」

「なんだよ、SFかと思ったらアナログじゃん。んじゃ、外のネオンサイン……ぴかぴかはどうしてたの?」

「あれは夜光虫とホタルイカが交代でやってますね」


 どこまでもアナログだった。まあ、ここに来て超科学海中文明とか持ち出されても対応に困るから安心したと言えば安心したと言える。


「しかし、よくそんなことできるね。なんか習性とか利用してんの?」

「そんなさもしい真似はしませんよ。竜宮城の主たる乙姫様はこのあたり一帯の海の女王。眷属たちを自由に操る力をお持ちなのです」

「ほーん、じゃあタイや伊勢海老をたくさん獲らせてくれって言ったら楽勝な感じ?」

「それもできるでしょうが……さすがに同胞の命を差し出すことは……」


 ちっ、高級魚介類を大量に貰えればさくっと大儲けできると思ったんだが、そんなに簡単にはいかないか。まあ、部下の命をほいほい差し出すようじゃいくらなんでもトップとしてマズいわな。子どもの頃、浦島太郎がタイヤヒラメの舞い踊りを見ながら刺盛りに舌鼓を打っているのを絵本で見て、「やべえやつだな……」と幼心に恐怖をおぼえたことをふと思い出した。


 どこまでおとぎ話と同じ展開で進むのかわからないが、魚介類のダンスショーを見てご馳走を食って帰るだけじゃいかんせん割に合わないなあ。玉手箱なんてもらってもBC兵器みたいなもんで使い途がないし。強気で交渉したくとも、材料はチンケなウミガメを助けてやったということだけしかない。浦島太郎はたぶんイケメン補正で乙姫に囲われていただけなんだろうし。ウミガメなんて持って帰ってくれと言われたらそれで交渉決裂だ。なんとも面白くない。


 せめて見世物小屋でウミガメがいくらで売れるのかを確認するべきだった。それがわかれば交渉の押し引きラインが設定できるのに――というところまで考えたところで、私の灰色の脳髄に電流が走った!


「そうだ、見世物! 見世物だよコガネちゃん!!」

「えっ!? 急にどうしたんですか!?」

「あの、そろそろ乙姫様のおわす座敷なのですが……」

「うむ、こう見えて私は礼儀をわきまえた人間だからね。そう心配する必要はないよ、ウミガメ君」

「は、はぁ……」


 私はデイバッグから伊達メガネを取り出し、すちゃっと装着する。可愛い系ではなく、シャープなフレームのキリッとしたやつだ。これをかけることで私はただの美少女から、知的な雰囲気を漂わせる知的美少女に変身するのである。


 準備を整えていたら、動く歩道が終点についた。金銀に彩色された龍がめいっぱいに描かれた大きな襖だ。


「乙姫様、地上から客人をお連れいたしました」

「ほう、地上から。竜宮に人が訪れるのはかれこれ数百年ぶりか……珍しい。許す、入って参れ」


 襖がひとりでにすすすすーっと開き、その奥には十二単じゅうにひとえで着飾った髪の長い女性が座っていた。基本は板間だが、女性の座っているところには畳が敷いてある。この美人さんが乙姫だろう。というわけで、私は背筋を伸ばしてずずずいと進み、きっちり45度の礼をする。


「初めまして! 私は大場カナコと申します! このたびは御社に業務提携の申し出を致したく、失礼させていただきました!」

「そうなのです。自分が浜辺で人間の子供たちに悪戯をされていたところを助けていただき……って提携!? えっ、提携って!?」

「見たところ、この竜宮城は地上とのやり取りもあるご様子。交易などもされておられるのでは?」


 ウミガメが何やら騒いでいるがそれは無視し、メガネをくいっと持ち上げてプレゼンを続行する。


「ほう、よくわかったのう。確かに琉球や南蛮とは少しやり取りがある」

「失礼ながら、そのお着物や畳など、海中では手に入らないものも多いように思いまして」

「なるほど、鋭いの。確かにこれらは地上の商人から買うておる」


 ということは、金銭の価値もわかっているということだ。これでかなりやりやすくなるな。


「突っ込んだことをお聞きしますが、取引ではどのようなものを差し出されるのですか? まさか、海産物と引き換えということはないでしょう」

「うむ、同胞は商品になどできぬよ。主に珊瑚や真珠じゃな。いずれも亡骸から得たものだけじゃ」

「それでは、思うように対価が用意できないこともあるのでは?」

「そうじゃのう。我らから出せるものは存外に少ない。珊瑚にせよ真珠にせよ、妾の身の回りを飾ることに役立てたいと申すものは多いが、海を離れて地上で売られたいと謂うものは少ない」

「それはそれは……誠に慈悲深いお気遣い。このカナコ、乙姫様の仁愛に感服するばかりです」


 珊瑚や真珠は乙姫であっても勝手に使ってよいものではないらしい。故人(故魚介?)の意志に沿って使われるようだ。これはますます都合がいい。


「しかし、それでは不便もありましょう。同胞も、その亡骸も、それどころか海の一滴さえも支払わず、地上から大量の銭を得られる方法がある……としたらどうされますか?」

「随分ともったいつけてくれるな。いいから申せ」


 ぎひぃ! 食いついた! これでこの交渉はもらったぜ!!


「では、これから業務提携・・・・の詳細についてお話しましょう――」

「なんかまたろくなことにならない気がするんですけど……」


 乙姫へ新規事業の提案をしている間、背後ではコガネちゃんが死んだ魚のような目で私を見ているような気がするが、きっと気のせいだと思うことにする。

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