第14話 カッパレース

「さあさあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 世にも珍しいカッパの競争だい! なぁに、見料はいただかねえ。しかし、あんたらも江戸っ子だ。ただただタダ見じゃつまらねえ。さぁさこいつを買っとくれ! キュウリかモチか。キュウリかモチか、さあ買った買ったぁ!」


 見事な日本晴れである。青空にぽんぽんと花火の煙が上がり、その下には無数の屋台が立ち並び、騒ぎを聞きつけた物見高い見物人が集まってくる。世境よざかい橋のたもとは火除け地(※)になっており、もともと屋台や出店が多いのだ。人が増えれば屋台も増える。屋台が増えれば見物人もまた増える。そして私は見物人に賭け札を売る。


「おう、嬢ちゃん。そのキュウリだのモチだのってのは何なんだい?」

「みなまで言わさないでくださいよ。あそこに並ぶ緑の河童と白の河童。それが今から競争をするってんだ。緑はキュウリみてえだなあ。白はモチみてえだなあ。ってんで、こんな絵札を作ってみたってわけよ。きっと勝負のあとは、勝った方の絵札は縁起物だぁなんつって、倍ぐらいで売れるんじゃないかい? ほら、あそこにさっそく……いやあ、目ざといことだねえ」


 指差す先には、『勝ち札買います』という幟を掲げた屋台がある。もちろん、私の仕込みだ。店主役は寄せ場で雇った冒険人足である。


「なるほど上手いことを考えやがる。じゃあキュウリの方を1枚頼むぜ」

「へい、毎度ありっ! ちょうど百文になりやす」


 要するに、パチンコ屋の三店方式である。

 江戸時代でもギャンブルは違法行為だ。個人間のちょっとした賭け事なんかは見逃されているが、大っぴらに賭場を開けば即お縄である。私はそれを身をもって学んだ。そこで、『勝者の絵札は縁起物になる』という名目で、勝負後に2倍の価格で買い取る業者が他にいるという体裁を整えたのだ。


 私は絵札を売っただけ、屋台は絵札を買っただけ。これならば何の罪にも問いようがあるまい。くどくど説明すれば危ないかもしれないが、そのあたりはお上の数々の規制の目をかいくぐっては新しい娯楽を楽しんできた江戸っ子だ。先ほどの説明でじゅうぶんに察してくれる。


「ぎひっ、ぎひっ、ぎひっ、やっぱりギャンブルはシンプルなのが盛り上がるねえ」 


 しかし、いまのところ売上はそこそこといったところである。記念程度に1枚だけ買うものばかりで、大きく張るものはいない。まあ河童の水泳大会なんて誰も見たことはないし、勝ち筋の見えない勝負にいきなり大金を賭ける人間はそうはいないだろう。


「と、いうわけで、そろそろ本番行くかねえ。おーい、あんたたち、準備はいいかい?」

「お、おう! いつでも来い!」

「すっかり待ちくたびれたっちゅうに」


 というわけで、絵札売りは中断して試合開始だ。床几に座るアメタロウとヒョウベエの前に立ち、観客たちにも聞こえるよう大声を張り上げる。


「それでは、これより緑の河童ヒョウベエと、白の河童アメタロウとの川渡り・・・競争について説明する! 証人はここにおわす皆々様方だ。ご臨場の皆々様、この川渡り・・・競争の公明正大な行事となっていただきたい! よろしいか!?」

「いいぞー!」「引き受けた!」「いいからとっとと始めやがれ!」

「これはこれはありがとう存じます。ではひとつ、まず勝負は三本。うちの一本でも勝てればアメタロウの勝ちとする。ヒョウベエには不利な条件となるが、よろしいか!?」

「かまやしねえっちゃ。足りなきゃ十本でも百本でも受けてやるっちよ」


 ヒョウベエが余裕綽々で頷く。事前に了承も得ているし、アメタロウの悲惨な泳力を見れば当然のことだろう。


「次、これは説明するもあるまいが、こちらの岸から同時に出発し、先にあちらの岸についたものを勝者とする。よろしいか!?」

「ったりめえの話じゃねえか!」「とっとと始めろー!」

「そうそう急かしてくれるな。これが最後だ。アメタロウは道具を使ってよいものとする。よろしいか!?」

「おいおい、道具ってなんだよ?」「そりゃ卑怯じゃねえか?」「いやしかし、あの短っけえ手足じゃ船も漕げねえだろうよ」


 さすがに最後のルールは引っかかる者が多いな。まあ、それも予想通りである。


「ではアメタロウ、まずはこれを使えい!」

「お、おう!」


 私が渡したのは、竹を組んで作ったミニ筏。現代で言うところのビート板である。


「ガハハ! そんなもんでわしに勝てるっちゅうがや。腹の皮がよじれるっちよ」

「あんなもんで泳ぎが速くなるのかい?」「せいぜいカナヅチの助けになるくらいだろうよ」「緑の野郎も納得してるし、かまわねえんじゃねえか?」

「うむ、これにて勝負の決め事は定まった! それでは1本目! 尋常に勝負!!」


 私がどーんと太鼓を鳴らすと、ヒョウベエが川に飛び込む。ほとんど水も跳ねない見事な飛び込みだ。さすがは河童である。

 一方のアメタロウはというと……よたよたと川べりにつき、ビート板をぺちゃっと川に置き、それに捕まってぽちょぽちょと泳いでいく。幼稚園児の水泳教室でももっとマシに泳ぐことであろう。


「よっしゃ! 到着っちゃ!」


 ヒョウベエが対岸に着いたとき、アメタロウはまだ川の半ばにも届いていない。パチャパチャとバタ足をしながら……あー、下流に流されていく。とりあえず1本目の勝敗はついたので拾ってくる。


「はあっ、はあっ、はあっ……わ、脇腹が痛い……」

「なんだありゃ、本当に河童かよ」「あはは、こりゃあ面白い見世物だ」「見ろよあれ、まるで潰れた餅じゃあねえか」


 川原でぐったりと伸びているアメタロウに、観客の笑い声が容赦なく降り注ぐ。耐えろ、耐えろよアメタロウ。勝負は最後の最後までわからないものだ。


「1本目、ヒョウベエの勝ちとする! 2本目はアメタロウの息が整うのを待って開始する! ってことで、それまで絵札の販売を再開しまーす! はーい、キュウリかモチか! キュウリかモチか! さあさ、2本目が終わればもう買えないよう。買った買ったあ!」

「おいおい、どう考えてもキュウリの勝ちだろ」「おおい、嬢ちゃん、5枚……いや10枚くれ!」「こっちは20枚だ!」

「へいへい! 毎度ありっ!」

「おい、モチの札と取り替えてくれよ!」「あたいも頼むよ!」

「ええー、どーしよっかなー」

「つれないこと言わないで、頼むよ!」

「そこまで言われたらしょうがないなあ。でも交換はこれっきりだからね?」


 一戦目の結果を見た客たちが、次々にキュウリの札を買っていく。そしてモチの札はきれいに全部手元に戻ってきた。


「では、第二戦を始める! アメタロウ、今度はこれを使えい!」

「お、おう!」

「おいおい、ありゃ竹馬じゃねえか」「泳ぎ比べって言ってなかったか?」

「泳ぎ比べにはあらーず! 皆々様に証人を願った通り、これは川渡りの競争である! 先に川を渡ればそれでよし!」

「そういや川渡りっつってたような」「竹馬にしたって一緒だろうよ」「かまやしねえ、かまやしねえ」

「確かな証言、ありがとうございやす! それでは2本目、開始はじめいッッい!!」


 ヒョウベイはすいーっと対岸につき、アメタロウはその場でべしゃっと潰れて川にたどり着くことすらできなかった。2本の竹馬に絡まって潰れているさまはさながら田楽モチである。無惨だ。

 さて、ここからはスピード勝負だ。ちんたらやっている暇はない。勢いですべてを済ませなければならないのだ。私は川岸に隠しておいた仕掛けの覆いをバサッと取り除ける。


「お、おい、なんだありゃあ!?」「まるで弓のバケモンじゃあねえか!?」「あっ、まさか!?」

「3本目開始! 発射!」

「ぎょわぁぁぁぁあああああっ!? げごっ!?」

「着弾確認! 勝者、アメタロウ! よってこの勝負! アメタロウの勝ちとする!」

「はっ、ふざけんなよ!?」「いくらなんでもそりゃおかしいだろ!」

「うるせえ! ちゃんと川は渡ったんだ! キュウリの絵札もとっときゃ何かご利益があるかもしれないよ! じゃあなっ!!」


 私は売上金を竹のビート板に載せ、川下に向かってすいーっと泳いでいく。


「まっ、待ちやがれ!」「逃さねえぞイカサマ野郎!」「ぎゃあっ、足が滑った!」


 追いすがる客たちはもはや遥か川上だ。河童ほどじゃあないが、私も泳ぎには自信があるのだ。このまま適当なところまで逃げたら、美味しいものでも食べて帰ろう。これで河童の勝負も一件落着。観客は珍しい見世物を楽しめ、私は大金が儲かった。いやあ、人助けって気持ちがいいなあ!


「カナさん、また変なことして……」


 世境よざかい橋の上から飛んでくるコガネちゃんの冷たい視線を感じるが、きっと気のせいだろう。




※火除け地:江戸では火災が多かった。そのため、防火帯として設けられた空き地が火除け地である。火除け地には屋台や出店が多数出店され賑わいを見せた。

※賭博:江戸時代でも基本的にギャンブルは違法である。庶民のちょっとした賭け事は見逃されていたが、大規模な賭場を開いたり、ブームが加熱すれば規制されたりした。

※花火:江戸時代において、一般人に火薬を買う手段があったか……は調べてみたけれどもぶっちゃけよくわからなかった。しかし、猟師が火縄銃を使っていたりするので、入手不能ということはなかったのだろう。黒色火薬の材料は硝石、硫黄、黒炭の3種であるが、最も困難なのは硝石だ。そして、硝石は薬種問屋で販売していたらしい。そのため、調合さえできれば一般人でも入手可能だったのでは……と推測する。

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