第13話 カナコの水泳教室

「――というわけじゃ。わ、わかったら後ろの女子おなごを止めてくれんか?」

「えっ、カナさん、何してるんですか!?」


 流木フレイルをカンフーアクションスターばりに振り回していたら、コガネちゃんが振り返って目を丸くした。ずっとコガネちゃんの背後を取りながらブンブンやっていたので気が付かなかったらしい。一応、話はついたみたいなので素直にやめる。


「で、結局なんでこんなダムを作ったんだって?」

「それが、ここで泳ぎの練習をしているんだそうです」

「なんでまたそんなことを――」

「ガッハッハ! アメタロウ、まだそんな無駄なことをしちょったんか」

「けろっ! その声はヒョウベエ!」


 コガネちゃんから話を聞こうとしたら、また別の声がした。声の方を見てみると、緑色の人間が立っている。頭には大きなお皿、口はくちばしになっていて、ザ・カッパという姿の怪人である。


「こんなところで泳いじょっても、貴様らの短足ではどうにもならんちゃよ」

「ぐぬぬぬ……勝負はやってみるまでわからんじゃろ!」

「おーい、まだ話がわからないんだけど、置いてけぼりで話進めないでくれるかな? こっちも仕事で来てるんで」


 大白餅とザ・カッパが言い合いを始めたので割って入る。こちとら忙しい身なのだ。他人……それもあやかしの口喧嘩に付き合っている暇などない。


「なんじゃい、この人間は。ハハァン、アメタロウ、お前勝負に勝てんちゅう思って、いよいよ人間にまで頼りよっちゃか。やはり河童族の風上にも置けんやっちゃのう」

「違うわいっ! こいつらは勝手に来ただけじゃ!」

「へいへい、だからさあ、こっちを放って話を進めないでくれる?」

「「ひいっ!?」」


 二匹の足元に石を投げつけると、揃って短い悲鳴を上げた。うむ、会話が成立しない相手にはやはり武力行使に限るな。


「ええっと、カナさん。なんでもこのアメタロウさんと、ヒョウベエさんとで泳ぎ比べをするそうなんです」

「ああ、それで練習用にこんなダムを作ったと。迷惑だなあ」

「なぁにが迷惑じゃ! 川はもともとおらたち河童の領分じゃ。人間にどうこう指図される謂れはないわい」

「ほーん。それなら別にいまは見逃してやってもいいけど。河童退治もセットになれば報酬も上がるだろうし」

「げろっ!? 退治って何の話じゃ!?」

「まままま待て!? わしは関係ないからの!」

「関係ないで済んだら岡っ引きはいらないんだよなあ」


 ブラフをかましてみたら、案の定ビビってくれた。やっぱり河川の不法占拠はカッパといえどもマズいことのようだ。まあ、農家さんも困るし、そこから年貢を取り立てるお侍さんたちだって黙っていないだろう。


「そんで、なんで勝負なんて話になったのだね。話のタネくらいにはなりそうだから聞いてやろう」

「なんで偉そうなんじゃ……ひぃっ、話すから! 石を投げるのはやめるんじゃ!」


 というわけで、2匹のカッパを正座させて話を聞いてみる。


「このヒョウベエが、おらたちを泳ぎの下手な河童もどきと馬鹿にするから……」

「へん、本当のことじゃなかか。おまはんらアメフクラどもがわしら河童族の一員じゃあなんて、厚かましいにもほどがあるっちゃよ」

「なんじゃと、このヌメヌメハゲ河童が!」

「なんじゃとぉ、このモチモチデブ河童!」


 2匹は正座したまま口喧嘩を始めた。これ、見世物とかにできないかなあ。河童の口喧嘩なんて、なかなか珍しいんじゃないか。ん、待てよ……見世物。そう、見世物か!


 その瞬間、私の灰色の頭脳にびしゃーんと電流が走った!


「そうか、そうか。男のプライドを賭けた勝負ということだな。男には引けないときがある。わかる、わかるよぉ」

「あっ、カナさんがまた悪い顔してる……」


 コガネちゃんからまた冷たい視線を向けられている気がするが、気のせいだろう。


「ここはひとつ、勝負はこのカナコさんに預けてくれやしませんかねえ。なあに、悪いことにはしやせんって……げへっ、げへげへ」

「わ、わかった! 話を聞くからそれを振り回すのはやめるんじゃ!」

「わ、わしもわかった! だからそれの皿のすぐそばで寸止めするのはやめるっちゃよ!」


 流木フレイルを振り回しながら提案をしたところ、双方納得して受け入れてくれた。内容そのものは公平だし、彼らにとっても悪い話ではない。たとえ相手がカッパでも、誠意を尽くした言葉はきちんと伝わるものだ。


 そんなわけで、私たちはダムを壊し町へと帰った。とりあえず、世境よざかい川水位低下事件は一件落着である。


 さあて、忙しくなるのはこれからだ。


 * * *


「というわけで、本日から水泳教室の開始です。アメタロウ君、覚悟はいいね?」

「おう! ヒョウベエに吠え面をかかせられるなら何でもやってみせるわい!」

「うむ、その意気だ」


 私たちは世境よざかい橋の下にいた。ここがアメタロウの練習場所である。


「まずは素の泳力を測ってみようか。ここから対岸まで泳いでみなさい」

「よーし、やったるわい!」


 アメタロウがぽてぽてと歩き、川にぽちゃんと着水する。そして短い手足をバタバタと動かし泳ぎ始めた。カタツムリよりもゆっくりと、しかし懸命に、確実に……たっぷり時間をかけ、川の半分まで進んだところで動きが止まった。そしてひっくり返り、ぷかぷかと川に流される特大鏡餅と化した。


「マジメにやらんかいっ!」

「ひっ!? こ、これでも全力だったんじゃ!」


 川から回収して叱ってはみたものの、まあわりと予想できたことである。体型からして明らかに泳ぎに向いていないし、ヒョウベエも「ハンデとしてアメタロウには私が味方する」という条件をあっさり飲んでいたのだ。


「ちなみに、あのヒョウベエってのはどれくらい速いんだい?」

「この川じゃったら、あっという間じゃのう……」


 そもそもなぜそんな100%負け確の勝負を挑んでしまったのか。きっと頭の中まで餅が詰まっているのだろう。だが、その浅い考えが商機を生んでくれたのだから感謝せねばなるまい。


「こんなこともあろうかと……というわけで、秘密兵器の登場です」


 私は川岸に設置しておいた装置からばさっと覆いを取り去る。さすがにこれを一晩で作るのは大変だったぜ。


「な、なんじゃあこりゃ!? こ、こんなものをどうするんじゃ!?」

「たぶん、ご想像のとおりだよ。なに、ビビったの? さっき、勝つためなら何でもするって言ったよねえ? 聞き間違いだったかなあ」

「そ、そりゃ言うたが……」

「けろっけろっ!?」


 私の用意した秘密兵器・・・・に、アメタロウが震え上がり、アメノスケが悲鳴を上げる。

 そして私は「ぎーひぎひぎひぎひ!」と高笑いを響かせた。




※河童:河童(に似たもの)の伝承は日本各地にあり、その呼び名もガタロ、カワコ、ミズシ、ヒョウスベなど様々である。現代でおなじみの河童の姿が固まったのは、どうも江戸時代の妖怪絵ブームがきっかけだったっぽい。水神が零落した存在……などとも言われるが、妙にかわいらしい伝承も多く、筆者的にはちょっと眉唾かなと思っている。そもそも、全国統一の河童イメージが出来上がったのは最近のことだし、地方によって成り立ちが違ったんじゃないかなあというのが私の素朴な考えだ。なお、ヒョウベエが変な方言を使っているが、これは特定地域をモデルにしていない適当方言である。河童訛だと思ってほしい。

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