第12話 橋の下にてカッパを拾う

 ばっちゃばっちゃと水をかく。潜水で川底を這ってみる。背泳ぎをしてみる。クロールをしてみる。バタフライなども試してみる。


「カナさーん、何してるんですかー?」

「あー、ちょっと色々と実験をね」


 世境よざかい橋の下で何往復も泳いでいると、川岸からコガネちゃんの声がした。まあ、何も知らなければ奇行にしか見えないだろう。季節はまだセミも鳴かない初夏。川遊びにはまだまだ早すぎる。


 じゃあ何をしていたのかと言えば、川を遡ることで令和日本に戻れないのか試していたのだ。もちろん、帰りたくなったわけではない。もしも自由に往復ができるのなら、現代製品と江戸製品の往復取引でがっぽり儲けられると考えたのだ。


 しかし、そんな簡単にはいかないらしい。川の水位が下がってたからやってみたのだが、身体も冷えてきたし、そろそろやめにしよう。


「って、何か変なのが浮いてる?」


 白い餅みたいなものがぷかぷかと流れてきた。金目のものかもしれないので、とりあえず拾ってから川岸に上がる。


「何を拾ったんですか?」

「何だろうね? 高く売れるといいんだけど」

「わからずに拾ってたんですか……」


 一切の躊躇なく正体不明の物体を拾った私に、コガネちゃんが引いている。仕方がないじゃないか、拾い物とは一期一会なのだ。拾わずにスルーした物がもしもお宝だったと想像したら、後悔で夜も眠れなくなってしまう。


 物体の大きさは一抱えくらいで、鏡餅のような形をしている。ふよふよと柔らかく、小さな黒い点がふたつ。その下には横線が一本。短い手足が生えており……って、これ生き物か?


「ケロッ……ケロッ……」


 あ、鳴いた。生き物だ。


「よく見たら頭にちっちゃいお皿もありますね。カッパの一種でしょうか?」


 ほう、コガネちゃんでも知らない生き物……いや、あやかしなのか。ゆるキャラ的なかわいらしさもあり、コガネちゃんが撫でている。ということは――


「高く売れるかな?」

「ケロッ!?」

「かわいそうですよ!? 元いた場所に帰してあげましょうよ」


 コガネちゃんに説得され、とりあえず寄せ場の姐御のところに行くことにした。


 * * *


「あら、これは珍しいねえ。アメフクラカッパだよ、これは」

「高く売れるかな?」

「カッパの売買は御定法ごじょうほうで禁じられてるねえ。売れないよ」

「ええー、残念」

「まだ売るつもりだったんですか……」


 煙管片手の姐御によると、法律御定法違反らしい。ちっ、厄介なものを拾ってしまった。


「直接銭金ぜにかねにゃできないけど、ちょうどいい依頼があるねえ」

「報酬は?」

「内容の前にそっちかい、お嬢ちゃんは相変わらずだねえ」


 そんなこんなで、私たちはひさびさにマシラオニ退治以外の以外の依頼を引き受けることになった。内容は世境よざかい川上流の調査。そして可能なら解決まで。最近水位が下がっていることを心配した農家たちからの依頼だそうだ。


 アメフクラカッパとやらは荷物になるからそのへんに捨てようとしたのだが、コガネちゃんが拾ってしまった。そして「ダメですよ。めっ」と狐耳をピンと立てて叱られた。この世は理不尽である。


 * * *


 川沿いの道をひたすら進み、世境よざかい川の上流を目指す。景色は田園風景から、木々で覆われた山道に変わっていく。川もだんだん細く、岩がちになっていった。アメフクラカッパは本来清流に棲むものらしい。流れてきたってことは上流に行けば生息地にたどり着くだろう、という理屈である。


「あっ、ここですよ。川がせき止められてます」


 コガネちゃんが指差す先には、木の枝や泥が絡み合って作られたちょっとしたダムみたいなものがあった。なるほど、これが水位低下の原因か。ぶっ壊して白餅カッパをその辺に捨てればミッションコンプリートだな。 


 私は愛用の流木で、コガネちゃんは杖でゲシゲシとダムの破壊を開始する。なんか白餅が「ケロッケロッ!」と騒いでいるが気にしない。というか、もう勝手にどこかに消えても問題ないのだが。


「こりゃあっ! おらたちのせきを勝手に壊すんじゃねえ!!」


 作業を始めた途端、どこかから怒声が聞こえてきた。このダムは近隣の住民が作ったものなんだろうか? 勝手にこういうのを作るのって法律的にOKなのかなあ。


 声の主を探すがどこにも人影は見当たらない。空耳だったのだろうか? とりあえず作業を再開する。


「こりゃっ! 無視するな! 壊すなとゆうとるじゃろ!」


 足元の土がぼこりと盛り上がり、そこから特大サイズの鏡餅が出てきた。身長は私の方がわずかに上だが、体積では鏡餅の方が数倍はありそうだ。


「おおっ、アメノスケでねえか! こん人間どもにかどわかされておったんか!」

「ケロケロッ!」


 ミニ白餅が大白餅に向かってぴょんぴょんと跳ねていく。あやかしの親子か何かだったのか? つか、成体はしゃべれるんだなあ。


「あの、壊すなと言われても……これのせいで下流のお百姓さんたちが困ってるんですよ」

「そんなこと、おらたちの知ったことか。おらたちにはおらたちの事情ってもんがある」

「それならその事情を聞かせてもらえませんか?」

「うちの子をかどわかしたやつらに聞かせる事情なんてあるか!」

「いや、私たちは下流に流されていたこの子を拾っただけで……」


 コガネちゃんが説得を試みている間、私はデイバッグから取り出した靴下に小石を詰める。いい感じの重さになったら、流木の先にそれを結びつける。ぶんぶんと素振りをして、強度に問題がないか確かめる。


「って、カナさん何してるんですか!?」

「いや、ぶん殴った方が早いかなと思って」

「きっと話せばわかりますって!?」

「言葉では通じ合えないことだってあるんだよ……」

「いいこと言ってる風ですけどね!?」

「な、何なんじゃこの女子おなごは……!?」


 コガネちゃんがどうしても話し合いをしたいと言うので、私はその後ろで即席フレイルを振り回しながらそれを援護する。お話し合いを成立させるためには、背景に武力が必ず必要なのだ。平和外交を求める道は難しい。




※水利権:農家にとって水とは文字通りの生命線である。江戸時代どころか昭和期に入っても暴力沙汰を伴う水争いが発生しているし、なんなら令和日本でも農業用水に関するトラブルは絶えないらしい。本作ではそのあたりを描写せずさくっと済ませたが、史実で原因不明の水位現象などが起きたら、もっと大騒ぎになっているだろうことが想像だに固くない

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