第7話 シモフリウサギ捕獲作戦!

「おーおっトロ~♪ おーおっトロ~♪ 絶対食べるぞおーおっトロ~♪ ほっぺがとろけるおーおっトロ~♪」


 というわけで、我々は田園地帯にやってきていた。目的はもちろんシモフリウサギなるあやかしである。


「あのう、シモフリウサギの退治にどうしてそんなものを買ったんですか?」

「無駄になるかもしれないけどね。わずかなチャンスでも準備万端整えるのがツキを離さない生き方なのだよ」

「は、はぁ……」


 コガネちゃんが言っているのは、行きがけに小間物屋で買った竹細工のかごと麻紐、それから棒手ぼて振りから買った野菜のことだ。ワンチャンあり得る、と思えばそれに全力で備えるのが数々のギャンブル勝負から学んだ私の人生訓である。麻雀でもポーカーでも、より高い手の可能性を残しておくのが重要なのだ。一回二回の勝負なら関係ないが、百回千回と繰り返せば差は明確に出てくる。どんなに低確率であっても、それに備えなければチャンスはつかめないのだ。


「そろそろ依頼票にあった辺りですね」

「おっ、ウサギのフン発見」


 あぜ道の端の草むらに、コロコロと黒い粒が転がっていた。指で押すと柔らかく、まだ温かい。近くにいるな。私は水筒の水をそれに垂らし、その辺の雑草を加えつつ土と混ぜる。いい感じの泥が出来たらジャージを脱いで、全身にそれを塗りたくった。


「なっ、何してるんですか!?」

「うーんとね、迷彩? ウサギって警戒心が強いじゃん。今回はなるべく近づきたいからね。あ、コガネちゃんはここで待ってて」


 慌てるコガネちゃんを置いて、草むらの中を四つん這いで進む。草むらがわずかに乱れているところに小さな足跡があった。点々と続く足跡を、なるべく音を立てないよう慎重に追いかける。その先に……お、いたいた。真っ白なウサギが三匹。よく見ると額に小さな角が生えている。


 距離は7~8メートル。何か不審を感じ取ったのか、ウサギたちは後ろ足で立ってピクピクと長い耳を動かしている。これ以上近づくのは厳しそうだ。この辺で限界だろうと思い、麻紐を「えいっ」と投げつける。両端に石をくくりつけたそれは、くるくる回って三匹をまとめて絡め取った。


「よっし!」


 間髪入れずに草むらから飛び出し、三匹の耳を掴んで捕まえる。所詮は即席ボーラ(※)だ。一瞬動きを封じることはできても、暴れられたらすぐに外れてしまうだろう。


「きゅいー! きゅいー!」

「何、悪いようにはしないから大人しく……さぶっ!?」


 突然、真冬のような寒風が吹き始めた。半裸に泥を塗った身体にはきつい。周囲に生えていた雑草に霜が降り、見る間に萎れていく。耳を掴む手が特別冷たくなっているわけじゃないから、体温を下げて云々みたいなまっとうな物理現象ではないのだろう。魔法だとか法術だとかいう何かだ。


「コガネちゃん、やさーい!」

「はいっ!」


 すぐさま凍え死んでしまうようなことはないが、さすがにたまらない。とっとと片付けちゃおう。


「いいかい、君たち。君たちは2つの運命が選べる。ひとつめは、美味しい野菜を食べて、外敵の心配のない場所で家族仲良く末永く暮らせるという選択肢だ。わかるかい?」

「きゅいー!」


 鼻先に野菜を突きつけながら、目を見据えて語りかける。


「もうひとつは簡単だ。家族仲良く鍋の具材になる道だ。主に私のお腹に収まることになるだろう。君たちは私の血肉となって生き続けるのだ。剥ぎ取った皮は敷物にでもしてあげよう。こちらもとても魅力的だね?」

「きゅっ、きゅいっ!?」


 三匹がバタバタと暴れ、冷気が強くなる。


「あのー、カナさん、何してるんです?」

「何って、説得だよ説得。彼らに今後の生き方を尋ねてるんだ」

「言葉通じないと思うんですけど……」

「こういうのは気合いと真心、そして誠意なのだよ。まあ通じなかったら鍋にするだけだし。試して損はないよ」

「きゅいっ!?」


 ん、鍋という言葉に反応したな。これはワンチャンある。


「コガネちゃんは味噌と醤油、どっちが好き?」

「お鍋ですか? お味噌ですかねえ。お肉はやっぱり匂いが気になりますし」

「ジビエだもんなあ。味噌と生姜でしっかり匂いを消すのがいいかなあ」

「ああ、それは温まりそうですね」

「きゅきゅいっ! きゅいっ!」


 三匹がバタバタ暴れる。言葉が通じたのか、自分たちに向けられる食欲を察知したのか。今度は目を見ながら、わざとらしく口の端からよだれを垂らしつつ言ってみる。


「あー、寒いなあ。こんな寒いとお鍋が恋しくなっちゃうなあ。寒くなくなればお鍋の気分じゃなくなるかもしれないなー」

「きゅいっ!」


 寒風が止み、春の暖かさが戻ってくる。お、これは通じてるな。


「さて、改めて聞こう。我々に飼われるのと、お鍋になるのとどっちがいい? 飼われるのがよければ1回、お鍋がよければ2回頷くんだ。くれぐれも慎重に答えたまえ」


 シモフリウサギは、ゆっくりと1回頷いた。


 * * *


「トロうまっ! トロうまっ! トロうまっ!!」

「トロって本当においしいんですねえ。私はひとつで充分ですけど」

「いやあ、おいらも驚きやしたぜ。まさか昨日の今日でこんな妙案を持ってきてくださるたあ。もう足を向けて寝られねえよ。神様仏様カナコ様ってなもんだぜ」


 翌日、私たちは例の寿司屋で大トロを食べていた。屋台の後ろには、竹かごに入った3匹のシモフリウサギが大人しく野菜をかじっている。寄せ場で退治の報酬をもらったあと、すぐに大将に届けたのだ。さっそく今日の仕入れから活用してくれているらしい。


「トロだけじゃなく、他のネタもぴんぴんだよ。こんな便利なもんならもっと早く気がつきゃあよかったぜ」

「たぶん、思いついてもカナさん以外にはできないと思いますけど……」


 大将が目を細めてウサギの頭を撫でている。現代日本なら衛生がなんだと問題になるだろうが、ここは江戸時代。少々のことを気にする客もいなければ保健所も存在しないのだ。


「でも、他のネタもおいしくなったのなら色々食べてみたくなっちゃいますね。カナさんみたいにいっぱい食べられる人がうらやましいです」


 トロばかりがつがつと食べる私を見ながらコガネちゃんが言う。たしかにコガネちゃんはトロとサバを食べてそれっきりだ。ちなみにサバは現代で言う棒寿司みたいになっているんだけど、サバのお腹に酢飯が詰まっているので上下ともサバという豪華仕様だ。私もひとつ食べてみたけどなかなかの美味だった。トロには負けるが。


 他のお客さんを見ていると、2つ3つをつまんでおしまいという人が多い。このお寿司はおにぎりみたいなビッグサイズだからしょうがないのだが、回転寿司で10皿20皿と積んでいた私からするとなんだか不思議な光景でもある。トロばっかりがっついている私が言うのもなんだが、寿司は色んなネタを少しずつ楽しめるのが魅力なはずだ。


「兄さん、このトロってのをひとつおくんな」

「へい、四文で」


 私が美味そうに食べているのに影響されたのか、今度は女性がトロをひとつ頼んでいった。そしてそれを三口に分けて頬張っている。表情を見る限り、味の方は問題なさそうだ。しかし、唇の周りがトロの脂でてらてらになっている。やっぱり一個一個が大きすぎるんだよなあ……。


「ん、待てよ?」


 そこまで考えて、私の灰色の頭脳に電流が走る! これは天啓、天啓だ! 現代知識無双の時間だぞ!!


「ねえ、大将。このお店、もっともっと繁盛させたくない?」

「へえ、そりゃあ繁盛できるんならそれに越したことはねえでやすが」


 げひっ、くひひひひ……と私は笑う。


「名付けて、一文寿司大作戦だ!! カカカカカ! キキキキ! クココココ!!」


 高笑いする私の脳内で、大判小判がざっくざっくと舞っていた。

 大将とコガネちゃんは「ひっ」と半歩あとずさった。




※ボーラ:縄に石や木片をくくりつけた狩猟具。世界中に類似品がある。江戸時代要素はとくにない。

※兎の飼育:猫や犬、金魚やスズムシなど様々なペットブームが起きた江戸時代であるが、意外なことに兎の飼育は行われていない。日本で家畜、ペットとして兎が飼われ始めたのは明治以降である。じゃあ食べる兎はどうしていたのかというと、野兎を狩っていた。現代でも本州全域に生息しているのだが、私は一度も目撃したことがない。一部の自治体では絶滅危惧種に指定されており、近年生息数を減らしているそうだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る