第5話 江戸前寿司パーティ!

「おっすしーおっすしー、おっすしっすしー♪」

「カナさん、そんなにお寿司が好きなんですね」

「ったぼうよ! こちとら何年江戸っ子やってると思うんでえ! 出身は埼玉だけどな! がっはっは!」

「は、はあ」


 マシラオニの角は、7本で八百文になった。大きさだとか一度の納品数とかで色を付けてくれるらしいが、詳しいことはよくわからなかった。というか深掘りして聞かなかった。私は早くお寿司が食べたかったのだ。

 なお、コガネちゃんへの報酬は別口で支払われていた。荒事役と探索役では別会計になるらしい。


「それで、コガネさんや、お寿司屋さんはどこにあるんだい? 回る寿司なんかダメだよぉ~。ばっちり稼いだんだから、ちゃんとしたお寿司屋さんじゃなきゃぁ~」

「回る寿司? 屋台なら世境よざかい橋のあたりに出てますが」

「おおっ、屋台のお寿司っていうのも乙だねえ」


 そういえば、屋台でご飯なんて食べたことがないな。東京で暮らしていると屋台を見かけることなんかないし、漫画やアニメの中だけの存在だ。ちょっとドキドキしてしまう。


 寄せ場から世境よざかい橋への道は案外明るい。居酒屋がいくつも軒を連ねており、その灯りが洩れているのだ。それでも東京の夜に比べたらずっと暗い。両眼2.5の視力が月で餅をつくウサギさんの姿をくっきりと映す。


「おすすめの屋台はあるの?」

「別に馴染みはないですね。というか、屋台のお寿司なんてどこで食べても一緒じゃないですか?」

「ちみちみぃ~、わかってないねぇ~。寿司屋の命は鮮度だよ? 売れ残りのネタなんて使ってたら最悪なんだ。他の店なら隠れた名店もある。でも、寿司屋だけは繁盛店が絶対的に完全的に圧倒的に大正義なんだよ。ネタの回転がいいから、いつも新鮮なものが食べられるんだ」

「は、はあ……」


 納得いかない様子のコガネちゃんを尻目に、私は両眼2.5の眼力を持って向こうに見えてきた寿司の屋台をサーチする。うーん、一軒目はダメだな。いかにも覇気がない。あっ、鼻糞ほじってやがる。最悪だ。おっ、次は蕎麦屋か。かつおだしの香りがたまらんのう……って、いかんいかん。今日のメインは寿司なのだ。私の口は完全にお寿司なのである。そんな誘惑には負けないぞう。


 そんな感じで寿司屋台を物色していると、世境よざかい橋の袂にいい感じに人が群がっている店を見つけ、そちらに向かってスキップしていく。あれだけ人がいるのだから、ネタの鮮度はばっちりだろう。


「大将、コハダひとつ!」

「へい、八文だよ……」


 もらったばかりの四文銭を2枚、ねじり鉢巻のお兄ちゃんに渡す。売れてる屋台の大将だって言うのに、どうも覇気がない。寿司屋の大将といえばいきでイナセなものだというイメージがあったが、そういうわけでもないのか。まあ、屋台の寿司なんて初めてだし、こんなもんなのかもしれない。


「カナさん、どうしたんです? お代を払ったのに食べないんですか?」

「へ?」


 握ってくれるのを待っていたら、コガネちゃんが何かを指さしている。それは青魚の切り身が張り付いた俵型のおにぎりのようなものだった。屋台には斜めの台が備わっていて、そこにはお稲荷さんを2つ3つ合体させたぐらいの握り寿司が並んでいたのだ。


「これってお持ち帰り用とかじゃないの?」

「別に持ち帰ってもいいですけど……器がないですよね?」

「なるほど。つまりこれをこのまま食べるのか」


 大将に怒られたらどうしようかなどとビクビクしつつ、コハダの特大握りをひとつ手に取る。コンビニのおにぎりよりもボリュームがある。しかし、寿司はひと口で食べるのが粋ってもんだ。なんとかかんとか口の中に詰め込む。


「むふー! むふー!」


 まず最初に来るのは酢飯の酸味だ。現代の寿司みたいな甘さは少ない。「むごっ、むごっ」と咀嚼していると、やっとコハダの味がしてきた。脂の甘味がやべえ……。噛めば噛むほどじゅわっとしてくる。飲み込むのが惜しいのに、喉が飲み込むのをやめてくれない。


「ふひー、最高っ!」

「わあ、すごい食べっぷりですね!」


 コガネちゃんを見ると、手にした寿司が三分の一くらいだけ減っている。待てや、お寿司はひと口で食べるのが礼儀ってもんじゃないのかい?


「いい食いっぷりだねえ。お嬢ちゃんでそういうのは珍しいや」

「ばーろー! こちとら江戸っ子でい! 寿司はひと口でぽんぽん食ってなんぼだろうがい! お次はマグロをくんな!」

「へいへい、四文で。ヅケにしてはありやすが、お好みで醤油を塗っておくんな」


 なんと……コハダよりもマグロの方が安いのか!? 醤油はカウンターの端の壺に入っていた。刷毛がささっていて、それで塗るらしい。手に取ったマグロにしっかりと醤油を塗り、またひと口で頬張る。


「むほー! むほー!」


 指一本分はあろう、分厚く切られたマグロの赤身と硬く炊かれた酢飯のマリアージュ。マグロと酢飯が口の中でバージンロードを練り歩く。ヅケにされたマグロはねっちりとしていて、濃厚な旨味を滲み出している。要するに、美味い。


「マグロ、おかわり!」

「へいへい、四文ですよ」


 それから二つ、マグロを平らげる、いい感じだ。胃が温まってきた。そろそろアイツ・・・に挑む頃合いだろう。


「大将、トロをくんな! なぁに、金に糸目はつけねえぜ。脂のたっぷり載ったところを握ってくんな!」


 そう、アイツとはトロである。なんなら大トロである。中トロなどという半端な事は言わない。脂がぎしーっと入った特上大トロなのである。お寿司の王様といえば断然これであろう。作り置きの寿司の中に、トロは見当たらない。きっと時価なやつで、注文されてから握るんだろう。


「ト、トロですかい? お客さん、本当にトロでいいんで?」

「おうよ、トトロもへったくれもあるかよ! 女に二言はねえ! 百文でも二百文でも文句は言わねえよ!」

「あ……いや、お代は要らねえんで、味の感想だけ教えてくんねえですか?」


 どういうわけだか、大将がやけに自信なさげだ。仕入れでもしくじったのだろうか。しかし、ぱっぱと手際よく握られた寿司は見事なもので、薄いピンク色の身が艷やかで美しい。醤油を塗るが、たっぷりの脂で弾かれてしまってろくに馴染まない。むふふ、トロとはこれよ。これこそ江戸前の本マグロの大トロよ……。


 期待に胸を膨らませ、またひと口で頬張る。そして噛みしめるほどに芳醇な脂の甘みが……あま……み……かゆ……うま……。


「くっさ!?」


 なんとかかんとか飲み込んだ私の第一声がこれである。超絶生臭い。何なんだよこれ、人間が食っていいもんじゃねえぞおいコラバカにしてんのかタココラ締め上げんぞこのボケカスが! 所詮海無し県埼玉出身の田舎もんだと舐め腐っとったらぶち食らわすぞゴラァ! 令和日本ならSNSにアップして大炎上の刑に処しているところだぞオオン!?


「はあ……やっぱりダメですか。旨味が強くて底力のあるネタだと思っちゃいるんですが、どうにもなんねえんですよ……」


 肩を落として力なく呟く大将に、額をかち割ってやろうと振り上げかけた流木を止める。どうやら事情がありそうだ。それを聞くまでは執行猶予を与えてやろうじゃないか。




※江戸時代のお寿司:握り寿司の誕生は1800年代前半と言われ、その前までは押し寿司が主流。さらにその前はお米を発酵させるなれ寿司が主流だった。なれ寿司は現代でも続いており、滋賀名物の鮒寿司などが有名。筆者は食べたことがないが、相当に独特な《・・・》香りがするらしい。握りはネタごとに値段が異なり、基本的に四文、八文、十二文……と四文刻みで値付けされていたようだ。ここでも暗躍する四文銭。ちなみに一番高いネタは二十四文で、卵巻き(卵焼きではない)。厚めの薄焼き卵に酢飯を巻き込んだ巻き寿司だ。現代では最安のネタとして定番の卵だが、江戸時代では最高級のネタだった模様。反面、現代では最高級のネタである大トロは……まあ、この辺の話は有名なのであえて語るまでもあるまい。それに、あまり注釈を書き過ぎると本編で書くネタがなくなるのである。

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