第4話 新しい私、デビュー
炎はごうごうと、白煙はもうもうと立ち上っている。なんかもう、たたら製鉄とかできそうな勢いだ。近くに水場はなかったし、どうしようかね、これ。山火事とか洒落にならん。ハハッ!
「あの、これ消した方がいいですよね?」
「うん、めっちゃ消した方がいいね。全力で消した方がいいね。死ぬ気で消すべきだね」
犬かきの要領で土をかけ、必死で消火を試みている私にコガネちゃんが言う。へいっ! 君もキツネっぽく犬かきしようぜ! マジでヤバイので。警察と消防がウォンウォンやってきて取り囲まれちゃうやつなので。取調室でカツ丼を食べながら、私の悲しい生い立ちを語らなければいけない展開が待ち受けている。
物心つく前に両親と死に別れ、引き取ってくれた叔父はギャンブル狂。勝っている時はよかったんですよ。タワマン暮らしとかしてました。海外旅行にも行きました。でも負けが込むと一気にやばいんです。黒服にサングラスの人たちに追われる日常が待っているんです。
一番ひどかったのは富士山の樹海ですね。よくサバイバル漫画で蛇とか食べてるじゃないすか。あれ、ご馳走なんですよ。実際美味い。でもそうそう獲れない。では主食は何かと言ったらよくわからない草とか虫ですよ。虫は当たり外れが大きいんです。すんげえ臭いやつと香ばしいやつが同じ種類なのに混ざってて――
「かしこみかしこみも
私が思考の迷宮に入りかけていたら、コガネちゃんがなんか始めていた。どこに持っていたのか神社の神主さんがバサバサするあの棒(※)を振り回している。やばい、このピンチにいよいよ本格的に電波を受信してしまったのか。不思議ちゃんフォーエバー。君の勇姿は忘れないよ……。
「祓いたまえ、清め給え……<
コガネちゃんがバサバサ棒を突き出すと、その先端から高圧洗浄機もかくやという勢いで水が吹き出す。霧状のそれは燃え盛る炎にかかり、じゅおおおおおという音とともに火がみるみる消えていった。
「ふぅ……上手くいきました! 神仏のご加護に感謝ですね!」
「ちょま、待って? いま何したの?」
私は思わずコガネちゃんのボディチェックを始める。巫女服の下にポリタンクでも隠していたのか? いや、見た感じお風呂がいっぱいになるくらいの水が出ていたぞ。どういうトリックなんだ?
「やっ、あっ、ちょっ、やめてください! くすぐったいですよ!」
顔を赤らめてもじもじするコガネちゃんを無視して全身をくまなくチェックするが……タネも仕掛けも見当たらない。
「もしかして、コガネちゃんって超一流のイリュージョニストだったりする?」
「いるーじょ……? いえ、見ての通りの巫女ですけど……」
「待って。ちょっと待って、いまのって手品じゃないの?」
「手品ではないですよ。ちゃんとした法術です!」
「ほうじゅつ……?」
頭の中で、何かがつながりかかる。冷静に考えると、色々とおかしかったのだ。あれだけ人通りのある場所で、鍵付きのWi-Fiひとつヒットしないとか、日光江戸村も真っ青な規模で時代劇みたいな町並みが広がってるとか、普通に考えたらありえないことなのだ。
というわけで、最後のピースを埋めるべく核心に迫る質問をしてみる。
「えっと、今年って西暦……ていうか、元号は何で、何年なの?」
「えっ?
「ほーん」
あー、なるほどね。そういう感じね。具体的にいつなのかはわからないけど、江戸時代的な元号なのはわかる。念のため、もうひとつ質問をしておく。
「その法術って、誰でもできるものなの?」
「才能があれば修行次第でできますけど……」
「臨兵闘者皆陣烈在前! 火遁、爆炎球の術ッ! 破ァッ!!」
コガネちゃんの言葉を聞いた私は、速攻で九字印を組み両手を前に突き出す。忍者漫画とかでよくやっているアレだ。
「何も出ないんだけど?」
「ちょっとあの、なんでそんな見事に九字印が切れるんですかとか色々あるんですけど、あの、どういうことです?」
「あの忍者漫画にハマった人ならみんなできるんだよ。知らない? ラーメンの具材みたいなやつ」
「すみません、ちょっとよくわかんないです……」
困惑するコガネちゃんには申し訳ないが、これで色々とすっきりした。ここはどうやら異世界らしい。江戸時代っぽいけど、魔法とか、魔物とか、ひょっとしたらスキルとかもあるタイプの世界だ。私が生きてきた令和日本とは時代も世界の仕組みもまるごと違うらしい。いわゆる、異世界転移をしてしまったのだ。
ということは……
「っっっしゃぁぁぁああああッッッッ!!」
「ひぃっ!?」
「これで借金取りはもう来ない! 職質にびくびくする必要もない! 住所どころか戸籍もないからと引け目に感じることもない! 新しい私、デビューだぜっ!!」
「カ、カナさん? どうしたんですか? 頭でも打ちました……?」
私がオリジナルの即興ダンスをしながら喜んでいると、コガネちゃんが心配そうに声をかけてきた。いや、すまんな。ちょっとテンションが天元突破していた。
「ドーモ、コガネ=サン。現代人の大場カナコと申します」
「は、はい。稲荷屋コガネと申しますけど……ほ、本当にどうかしちゃったんですか?」
「ごめんごめん。ちょっといいことがあったからさ。それで、このマシラオニってモンスター? 討伐証明とかそういうの要る感じでしょ? 耳とか鼻とか削げばいいのかな? 素材も剥ぎ取る? 皮とか肉とか売れる感じ?」
「ええっと、あの、とりあえずですね、額の角を取れば大丈夫です。先の曲がった角が一本だけあるので――」
「こう?」
「はっや!?」
マシラオニの一匹から、いつもポケットに入れている切り出しナイフで角を一本切り取ってみた。ランダムに生えているイボイボだと思っていたが、よく見たら確かに1本だけ先が曲がってるやつがある。角といってもそれほど固くはなく、蟹の殻みたいな感じだ。殻の中には黄色い脂肪が詰まっていて非常に臭い。しかし、これがお金になるのならばかぐわしくさえ思えてくるというものだ。
「それで、これ一個でいくらになるの?」
「百文くらいですかね。姐さんに見せるまでわからないですけど……」
「百文っていくらくらいなの? あー、じゃなかった。百文あったら何が食べれるの?」
「ええっ? えーと、かけそばなら十六文で、天ぷらをつけても二十四文だから……」
「お寿司とか食べれる?」
「お寿司ならひとつ八文くらいですけど……」
「ほう!」
よっし、今夜は異世界での初仕事達成を記念して、寿司パーティに決定だ!
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※手品:江戸時代風だと
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