第3話 初仕事は業火と共に

「ハハッ! この稼業にとしなンて関係ないよ。腕がありゃァ誰でも一人前さ」

「それじゃ、登録します。そして仕事をください」

「話が早いねェ、これに名前を書いてくんな」


 和紙の帳面が差し出され、借りた筆でそれに「大場カナコ」と名前を書く。姓名の隣に「在所」という項目があるので「世境橋ノ下二-四-五」という存在しない住所を記入。電話番号の欄がないのがありがたい。どんな仕事かはわからないが、変な仕事だったら断ればいいだけだ。


「で、どんな仕事があるんです? いまからでも行けますけど」


 まだ午前中だ。日雇いなら午後からの半日仕事もあるのではないか、と思って尋ねる。


「おやおや、仕事熱心で助かるね。それじゃァ、ちょうど狐っ娘がマシラオニの巣穴を見つけてきたんだ。これの退治でどうだい?」

「マシラオニって、あのサルみたいなやつです?」

「ハハッ! マシラオニをサル扱いかい。こりゃ肝が座ってるねェ。あたしゃ気に入ったよ」


 女は腹を抱えて笑っている。なぜだかわからないが、気に入られたようだ。まあ、世間的に見れば害獣駆除を引き受けようとする女子中学生なんていないだろうし、そりゃそうかという気もする。

 しかし、まだ大事なことを聞いていない。


「まだ引き受けたわけじゃないです。報酬はいくらですか?」

「おやおや、勢いだけじゃなく、そういうところもしっかりしてンだねえ。マシラ狩りは歩合だから一概にゃ言えないが、普通にやれば三日は白いおまんまにありつけるだろうよ」


 なんともわかりづらい表現だが、一食千円と計算して三日分で九千円か。半日の働きとしては悪くない。サルだのイノシシだの駆除報酬が一頭数千円だと聞いたことがあるから、だいたいそんな感じなんだろう。仮に報酬自体がしょぼかったとしても、あのサルの皮を剥いでフリマに出品したっていい。肉は……食べたらお腹を壊しそうだなあ。


「わかりました。引き受けます。どこに行けばいいですか?」

「狐っ娘。追加依頼だ。この嬢ちゃんを案内してやりな」

「わかりました!」

「よし、コガネちゃん。それじゃ早速行こっか」

「はいっ!」


 結局、世境橋の場所はわからなかったが、それはどうとでもなるだろう。むしろ未成年でも出来る仕事が見つかったので差し引きはプラスだ。七転び八起き、人間万事塞翁が馬、というやつである。


 * * *


 もと来た道をさらに過ぎ、私たちはちょっとした山の前にいた。標高数百メートル。鬱蒼とした森で覆われた、里山的なアレだ。山菜がいっぱい採れそうだ。余裕があったら採って帰ろう。


「カナコ様、こっちです」

「あ、その様付けそろそろやめて。こっちが恥ずかしいし」


 獣道に入ろうとするコガネに伝えておく。私は様なんてガラじゃないし、いつまでもそんな呼び方をされてたら蕁麻疹が出てしまう。


「では、なんとお呼びすれば……」

「カナでもカナコでも、好きにしていいよ」

「で、ではカナさんと……」

「うん、じゃあそれで」


 コガネは何が恥ずかしいのか頬を赤く染めている。友達が少ないタイプだったのだろうか。それについては私も人のことを言えた義理ではないが。ギャンブル狂の叔父に連れられてあちこちを転々としてきたせいで、自慢じゃないが友達と呼べる存在はほとんどいないのだ。


「それで、そのマシラオニ? サルの隠語だと思うんだけど、やっぱり木の上とかにいるのかな?」

「いえ、マシラオニは地面に洞窟や掘った穴ぐらに巣を作るんですよ」

「へー、普通のサルとは違うんだね」


 ニホンザルとはだいぶ生態が違うようだ。どこかの動物園から逃げ出して野生化した外来種とかそういうのだろうか。ニホンザルなら何度か狩ったこともあるし、同じ要領で対処できると予想していたが、気を引き締める必要がありそうだ。


 川で拾った流木で草木をかき分けながら獣道を進む。うーん、これ、杖としては使いやすいけど、流木としては真っ直ぐ過ぎていまいちだな。流木はもっとこうへにゃっとして奇妙な形をしていた方がいい値段がつくのだ。溺れてまで拾ったものが無価値では悲しいので、これは杖として愛用していくことに決める。


「もうすぐ、巣穴です」


 コガネが小声で囁いた。私は息を潜め、ふさふさした尻尾についていく。そういえば、なんでこの娘はコスプレしたまま害獣駆除の仕事なんかしてるんだろう。ひょっとしたら動画配信とかしてるのかな。顔が映るとマズイから、あとで口止めしておこう。人気配信者だったらギャラもほしい。


 尻尾が止まり、コガネが木立の奥を指さしている。二、三十メートルほど先に、一匹のマシラオニがいた。額を擦りながら「ゲギャッ」とか鳴いている。どうやら土手で遭遇した個体の一匹らしい。おそらく見張り役だろう。


「どうしましょう? 切り込みますか?」

「ちょっと待って」


 私はバッグからハイソックスとスポーツタオルを取り出す。ハイソックスは被せて二重にし、その辺に落ちている小石を適量詰め、流木の先にしっかり結びつける。スポーツタオルは二つ折りにして、大きめの石を挟む。改めてあたりの様子をチェック。他にマシラオニがいないことを確認し、ぶんぶんと振り回す。


「何を……?」

「えいっ」


 充分に加速がついたところで、タオルの一端を離す。遠心力の乗った石が猛スピードで発射され、マシラオニの頭を砕く。マシラオニはうめき声ひとつ上げずに斜面を転げ落ちていく。うむ、我ながら見事なヘッドショットだ。


「す、すごい……」

「はいはい、急ぐよー。手伝って」

「えっ、何を?」


 急いで巣穴の前まで走り、その辺に落ちている枯れ枝をぽんぽんと積み上げる。


「コガネちゃんは乾いた落ち葉とか、枯れ草とか集めて」

「はっ、はい!」


 何をしようとしているのか察したのか、コガネが言う通りに動いてくれる。不思議ちゃんだとばかり思っていたが、意外に仕事はできるらしい。ありがたいことだ。落ち葉と枯れ枝がある程度積めたら、今度は杉の生木をへし折って積み重ねる。


「そんでもって着火と」


 メタルマッチで落ち葉に火をつける。ライターなんかと違ってオイルやガスの補給が要らないので重宝している。これを拾った時は「文明の利器万歳!」と思わず叫んだものだ。


 枯れ葉が燃え、枯れ枝に火が移り、杉の生木から大量の煙が立ち上る、うーむ、きっつい臭いだ。目に染みる。ここまで火が大きくなれば勝手に消える心配はないだろう。煙に巻かれないよう距離を置き、流木を構える。


「ゲギャギャギャギャギャッ!」

「えいっ」


 さっそく巣穴から一匹飛び出してきたので、流木の先端に取り付けた小石の詰まった靴下で頭をぶん殴る。力を失った身体が斜面を転がり落ちていく。


「ガギャギャギャ!」「えいっ」「ギギャギャギャ!」「えいっ」「グギャギャギャ!」「えいっ」「ゲギャギャギャ!」「えいっ」「ゴギャギャギャ!」「えいっ」


 それ以上は待っても出てこなかった。念のため、流木で焚き火を巣穴の中に突っ込んでいく。マシラオニとやらの巣穴の大きさはちょっとわからないが、煙が回らず奥に残っている個体もいるかもしれない。


「ここは私が見張ってるから、コガネちゃんは周りを見てて。巣穴から出てたやつが戻ってくるかもしれないし、あと他に出入り口があったらそこから煙が上がってるかもしれないから」

「はいっ!」


 私は巣穴を警戒しつつ、火と煙が絶えないよう枯れ枝や生木を補充してやる。お、巣穴が風除けになっていい感じに火が大きくなってるな。これなら太めの枝でも燃えるかも。湿ったやつでもいけそうだな。とりあえず目につくものは全部突っ込んじゃえ。ひひひ、ひひ。燃えろ……燃えろ……。


「あ、あの、カナさん? そろそろ大丈夫なんじゃ……?」

「うーん、もうちょっと。さっき入れた丸太みたいなやつがさ、そろそろ着火しそうなんだよね」

「あの、目的見失ってません?」

「あっ」


 気がつけば、マシラオニの巣穴はごうごうと火を吹く灼熱地獄と化していた。まるで噴火口ができたかのようだ。いやあ、焚き火って不思議だね。つい我を忘れて夢中になっちゃうよ。てへぺろ☆


 ……消火、どうしよ。

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