第2話 冒険人足寄せ場にて
「あの、私、
「私は大場カナコ。カナコでいいよ」
「カナコ様ですね! 印地打ちの技、お見事でした。どこか名のある道場で習われたのですか?」
「いんじうち? 石投げのこと? 水切りなら得意だよ」
私は適当な石を拾って川に投げる。石は四回ほど跳ねて、ぼちゃんと沈んだ。記録的にはいまいちだが、土手から投げてこれならまあ上等だろう。
「わあ、すごい! どうやるんですか?」
「うんとね、なるべく平べったい石を探してね。それで、手首のスナップをきかせて回転させる感じで投げるんだよ」
「すなっぷ? なるほど、それが奥義なのですね!」
いまひとつ会話が噛み合わない。不思議ちゃんってやつだろうか。狙ってやっているならあざといが、そういう雰囲気でもない。どうやらホンモノのようだ。連絡先を聞かれたら断ろうと心に決める。
「そのお着物も素敵ですね! 近頃の江戸では、そういうのが流行りなんですか?」
「流行ってはいないんじゃないかなあ。学校指定のジャージだから、着てる子は多いかもしれないけど」
そのうえ、拾い物だからなあ。世境中学校という刺繍がされていたが、さすがにそれは取り去っている。
「じゃーじと言うのですね! それがカナコ様の流派の道着なのでしょうか?」
「いや、別に流派とかそういうのじゃないかなあ」
噛み合わない会話を続けつつ歩いていると、木造の橋が見えてきた。時代劇の撮影でもしているのか、その上をちょんまげ姿の人々が行き交っている。世境橋に住みはじめたのは去年の冬からだが、近場にこんな観光スポットがあったとは知らなかった。いつも石を拾いながら歩いてたから、案外行動範囲が狭かったんだよなあ。
「着きましたよ、ここが世境橋です!」
「うん、ありがとう。助かったよ……って、え?」
思わず聞き返してしまう。今いるのは世境橋ではなく、木造の時代劇めいた橋だ。しかし、嘘をつかれたわけではないようで、欄干にも「世境橋」と書かれている。同じ名前の、別の橋に連れて来られてしまったのだろうか。
「あの、何か間違っていたのでしょうか?」
コガネが金色の目をうるませて申し訳なさそうな顔をしている。ご丁寧に頭の耳もぺたりと垂れていた。不思議ちゃんで気合の入ったコスプレイヤーだが、人間はできているようだ。
「うーん、私が行きたかった世境橋とは別なんだよね」
「ごめんなさい。こちらには来たばかりで、このあたりには詳しくなくって……」
「謝ることはないよ。私だって同じ名前の橋が近くにふたつもあるなんて知らなかったし」
「私、道を聞いてきますね!」
コガネは道行くちょんまげに道を聞きに行った。撮影中なら迷惑だろうに……と思ったが、普通にやり取りをしている。なんだろう、撮影じゃなくコスプレイベントか何かだったのだろうか。コガネもそれの参加者だったのかな?
コガネが道を聞いている間に、こちらはこちらでやれることをやっておこう。デイバッグからビニール袋に入れたスマホを取り出す。浸水や画面割れが心配だったが無事なようだ。電源を入れ、野良Wi-Fiが飛んでいないか確認するが、鍵付きのものすら引っかからない。バッテリー温存のために、また電源を切ってバッグに戻す。
すると、コガネがちょこちょこと戻ってきた。
「すみません、何人か聞いてみましたが、みんな世境橋はここしか知らないって……」
「うーん、ダメかあ。一度街中に行って地図を確認した方がいいかなあ」
「町に行かれるんですか? それなら私もお供します!」
「別に一人でもいいんだけど」
「道を尋ねるなら寄せ場に行くのが一番ですよ! 寄せ場までの道ならちゃんとわかりますから!」
コガネは返事も聞かず歩き出してしまった。無視して後でまたばったり会ったら気まずいし、ひとまず着いていくことにする。しかし、寄せ場ってなんだろう? 時代劇とかで聞いたことがある気はするんだけど。
それにしても、町並みが変だ。それこそ時代劇みたいな木造の家ばかり続いていて、コンビニなんか一軒も見当たらない。通行人は老若男女問わず和服だし、いくらコスプレイベントにしても大掛かり過ぎる。
ひょっとして、私を狙う借金取りが罠を仕掛けてきたんじゃないか……と不安になる。さんざん暴れてメンツを潰しただろうし、あっち系の人はメンツのためならコスパ度外視で動くって聞いたこともある。
しかし、そうなるとコガネに違和感がある。あの不思議ちゃんはどう見ても善意だ。おつむは残念だが悪意は感じられない。ひょっとして、悪い男に捕まって騙されていたりするのだろうか。ヒモも代表的なやくざ稼業のひとつだ。ほんの行きずりではあるが、そうだとすればちょっとかわいそうな気がする。しかし、そういうのにハマった人は「目を覚ませ!」なんて説得しても通じないしなあ……
「着きましたよ! ここが
「あっ、うん」
とりとめもないことを考えていたら、いつの間にか目的地に着いていたらしい。間口の広い木造二階建てで、大きな
いかにも怪しげな店(?)なのだが、コガネは物怖じもせずに暖簾をくぐる。私もそれについて中に入っていった。煙草の煙と汗が混ざったむわっとした空気に迎えられる。
薄暗い店内は広い土間になっていて、板壁いっぱいに張り紙がされている。人相の悪い男がたちがそれに群がってがやがやしていた。ドヤ街の日雇い募集センターみたいだ。私も行ったことがあるけど、未成年では仕事が受けられなかったので退散した思い出がある。
「いよォ、狐っ娘じゃないかい。遅かったが、ちゃんと仕事は済ませたのかい?」
キョロキョロしていると、奥から女の声が聞こえてきた。やっと暗さに慣れた目でそちらを見ると、一段上がった畳敷きに
「はい! ちゃんとマシラオニの巣穴を突き止めてきましたよ!」
「そりゃ気張ったね。詳しい話を聞かせてくンな」
「はい! あ、その前にちょっと姐さんに聞きたいんですけど、この辺に世境橋って他にありますか?」
「あン? 世境橋っつったら今も昔もひとつしかありゃしないよ。って、そっちにいるのはお客人かい? 変わった
花魁の視線がこちらに向かったので、視線を逸らさずにちょんと頭を下げる。コガネとは知り合いのようだが、いかにも怪しげな女だ。油断はできない。
「はい、マシラオニに追いかけられてた私を助けてくれたんです! 瞬きする間に3匹もやっつけっちゃって!
「へエ、じゃあ依頼人じゃァなく、人足の方かい。若けェのにてえしたもんだね。仕事を探してンなら、うちの人別帳にも登録してきなよ」
花魁が手招きするので、警戒しながら近づいていく。
「なんだろうねェ、この娘は。若けェのに野良猫みたいに。まァ、いい冒険人足はそんなのばっかりだけどねェ」
ぷかりと紫煙を吐いた唇が笑う。なんともどぎつい真っ赤な口紅を塗っていて、趣味が悪いなあと思う。そして近づくと化粧と煙草の臭いが混ざって鼻が曲がりそうだ。しかし、いまはそんなことを気にしている場合ではない。確認したいことがある。
「ええっと、私、まだ十四歳なんですけど、ここでは仕事が受けられるんですか?」
フリマでの石売りは順調だが、売上が不安定なのだ。日当仕事が受けられるアテができるのならそれに越したことはない。決まった時間働いて、決まったお給金がもらえる約束があるというのは大きな安心につながるものなのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます