ホームレスJCの大江戸繁盛記~現代知識を駆使して一攫千金を目指します!~

瘴気領域@漫画化してます

第1話 ホームレスJC参上!

「我が名は大場カナコ! 世が世なら花も恥じらう女子中学生だった者である! いざ尋常に参るッッ!!」


 私はそう叫ぶと、川に向かって売れ残りの石を次々に放り投げた。一段、二段、三段……と水面を跳ねる石を見ているとすっきりする。今日の記録は十八段か。うむ、調子は悪くない。


 デイバッグがひとまず空になったので、今日の石拾いを始める。いい感じの石にそれっぽいキャプションをつけてフリマアプリで売るのが今の私の生業である。フリマアプリのポイントはお店の決済にそのまま使えるのが素晴らしい。銀行口座が凍結されていても問題なしだ。


 富士山の樹海で逃げ回っていた頃と比べたら、いまの川原暮らしは天国みたいなものだ。契約切れのスマホでも野良Wi-Fiでネットに繋がるし、石が売れたらコンビニから発送できる。梱包用のダンボールはスーパーでただでもらえる。ビバ現代文明である。


「おっ、何やら良さげな流木を発見!」


 バッグが半分ほど埋まったところで、川の少し深いところにいい感じの流木が沈んでいるのが見えた。よく干して綺麗に掃除してやると、こういうのも高く売れる。最高記録は3700円。石よりも高い値段がつくことが多いのだ。


 ざぶざぶと川に入る。春先の冷たい水がジャージに染みる。つべたい。だが、我慢。流木を掴む。川底に深く突き刺さっているようで、なかなか抜けない。腰を落とし、両手に思いっきり力を込める。


「うぉぉぉぉ……おりゃぁぁぁああああ!! あがぼぼっ!? がぼぼっ!? ごぼぼぼぼ……」


 すぽーんと勢いよく抜けた。それがよくなかった。足が滑った。転んだ。デイバッグに詰めた石の重みで立ち上がれない。がぼぼあぼぼと手足をばたつかせながら意識が遠くなり――


 ――――――

 ――――

 ――


「ぼはあっ!? げほいっ、ごっほ! じ、じぬがどおぼっだ……」


 何をどうしたのか覚えていないが、なんとか岸辺に這い上がれていた。全身を犬のように震わせて水気を飛ばす。あたりを見渡すと、景色がだいぶ変わっていた。けっこう流されてしまったのだろうか。とりあえず場所を確認しようと土手を登る。


「うーん、すがすがしいほどにど田舎……」


 土手から見える風景は、見渡す限りの田畑だった。ぽつぽつと民家が立っているが、瓦屋根と藁葺きの平屋ばかり。この辺に藁葺きの家なんてまだ残ってたんだな。ああいうのは観光地ぐらいにしかないもんだと思ってたよ。


 あちこちに桜が咲くのどかな風景に思わず心が和むが、のんびりもしていられない。まだ今日の出品ができていないのだ。ここがどこだか見当がついていないが、川上に向かっていけば元の場所まで戻れるだろう。


 拾った流木を杖代わりに、土手をとてとてと歩き始めたときだった。


「ぎゃぁぁぁあああ!! 誰かお助けぇぇぇえええ!!」


 土手の向こうから誰かが走ってきた。巫女服を着ていて、金髪の頭には三角の耳が生えている。コスプレの撮影をしているところに変質者にでも襲われたのだろうか。目を凝らすと、数人の人影が巫女服を追っているのが見えた。しかし、その人影は人間にしてはやけに小さいように思える。


「んー? サルか何かかな?」

「おーたーすーけぇぇぇええええ!!」


 眺めていると、巫女服の少女が目の前でずてーんと転んだ。いまどきこんなきれいに転ぶ人はめったに見ない。芸術点が高いな。


「ゲギャギャギャギャ!」「グギャギャギャギャ!」「ゴギャギャギャギャ!」


 少女を追っていたのは、思ったとおりサルだった。大きさは私の腰の高さくらいで、皮膚病なのかあちこちの毛が抜けており汚らしく見える。顔は青白く、まるでドクロみたいだ。額には角のような出来物がぽこぽこ付いている。いや、これ絶対変な病気持ってるわ。


「えんがちょっ!」


 私はバッグから取り出した石を3匹のサルの顔面に投げつけた。それは見事に眉間に命中し、サルたちは「ゲッ」「グッ」「ゴッ」と悲鳴を上げて逃げ去っていく。普段はこうしてスズメやハトを狩っているのだ。この程度は朝飯前である。


「あ、ありがとうございましたっ!」


 巫女服少女がよろよろと立ち上がり、ちょこんと頭を下げてきた。金色の瞳には涙が溜まっていて、おしりにはふさふさの尻尾が生えていた。ケモ耳はピコピコと動いており、なかなか気合の入ったコスプレだ。


「うん、まあ、あのままだと私も引っ掻かれたりしたかもだし。お礼を言われるようなことじゃないよ」


 助けるつもりで助けたのなら、礼金のひとつもせびるところだが、今回は自衛がメインだ。お礼を言われる筋合いはない。野生動物の爪や牙は怖いのだ。めっちゃバイキンだらけだから、かすっただけでも破傷風とかそういう怖い病気になりかねない。狩る目的でないのなら、大声を出すなり石をぶつけるなりして追い払う方が賢い。


「いえいえ、とんでもないです! 命の恩人です! ぜひお礼をさせてください!」

「そう? じゃあ、もらうけど」


 しかし、くれるというものを断るほどでもない。私は右の手のひらを少女に差し出した。


「おひけえなすって?」

「違うわっ!」


 なぜそうなる。私が任侠にでも見えるのか。磨いて売れば千万単位の値がつくと借金取りから太鼓判を押されたこともある美少女なのだぞ、私は。


「ええっと、お金、ですか……?」

「もちのろん。お金に勝る誠意なし。次に物だね。言葉なんていくらもらっても何にもならないし」

「そ、そうですか。あまり持ち合わせがないのですが……」


 そういって、少女は懐から財布を取り出した。布製の渋いデザインだ。小物にまで凝るとは、なかなかのコスプレイヤーである。


「すみません、これしかなくって……」

「かまわないよ。たくさんあればうれしいけど、少なくたってお金はお金だもん。……って、何これ?」


 私の手のひらには、五円玉に似たものが4枚置かれていた。デザインも違っていて、穴は四角く、寛永通宝と書かれている。古銭ってやつだろうか? いくらなんでもこだわりすぎだろ。


「ご、ごめんなさい! 命の恩人に十六文(※)は少なすぎますね……」

「別にいいよ。こんなのでもフリマで何百円かにはなるでしょ」

「ふりま? ええっと、他に何かできることがあればいいのですが……」

「うーん、じゃあ世境よざかい橋ってどの辺かわかる?」


 世境橋は私のがある場所だ。二車線のけっこう立派な橋で、下にいれば大雨でも濡れない。私の他にホームレスもおらず、なかなか住みやすい穴場である。このまま土手を歩いていけば着くと思うが、念のため道を尋ねてもいいだろう。


「世境橋ですか? 私もちょうどそちらに用事があったんです! よかったらご案内しますよ!」

「あ、そうなんだ。じゃあお願いするね」


 どうせまっすぐ行くだけだろうけど、案内してくれるのなら断ることもない。私は少女の揺れる尻尾を追いかけて歩き始めた。




四文銭しもんせん:江戸時代における最低通貨単位が「一文」であることは広く知られているが、一文銭の次の通貨が四文銭であることはあまり知られていない気がする。というか、私もこれを書きながら調べてはじめて知った。二八蕎麦は「二✕八」で十六文だったからそう呼ばれたなんて話もあるが、一見半端に見える十六文という価格は四文銭4枚でキリがよかったのだろう。

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