第7話 亜空間

 無事にラズリの服を見繕ってもらうことができ、他の49種類の服は俺の【無限収納ストレージ】に一旦入れておくこととなった。

 礼を言ってこの場を立ち去ろうとしたのだが、クモコに引き止められる。


「一ついいかのう? 早速じゃが、借りを返して欲しいと思うたのじゃ。良いか? 邪神様」

「……内容による」

「そう警戒しないでほしいの〜。なんせ妾の望みは――、というものじゃ」

「たしかに俺らとしては願ったり叶ったりだが、そんなのでいいのか?」


 人の子の成長は早い。それ故に服の大きさはすぐ変わってしまうため、服は度々仕入れなければならなくなる。

 今後とも服を作ってくれるのならば、わざわざ頼まなくてもいいことになるし、大変有り難いことだ。


「最近スランプに入っておったが、その人の子のおかげで創作意欲が湧いてきた。妾は服を作るのが好きじゃ。だからうぃんうぃんというやつじゃ♡」

『フン、貴様にしては太っ腹だな』

「ありがとなクモコ。……礼になるかわからんが、この空間に俺の加護をつけておくぞ」


 地面に手をかざし、魔力を込めて邪神の加護を付与させておいた。

 これで並大抵の魔物は侵入することができなくなるし、魔力が枯渇することもなくなるだろう。


「なんと!! これ以上ない幸福じゃ♪ ここまでされてはのう……妾も其方に尽くすとしようぞ。よろしく頼む、ニーグリ様、そしてラズリ」

「あ、は、はい! よろしくお願いしますクモコさん!」

「ほほほ、愛い奴じゃのう」

「おいクモコ、撫でるのは構わないが尖った足でラズリを傷つけんなよ。もしやったら消す」

「愛されておるな〜」


 クモコはラズリの髪を優しく撫でた後、ハグをして手を振る。


「さて……それじゃあ次行こうか」

「どこに行くのですか?」

「衣食住の前二つが満たされた。つまり、後一つだ」

『ふむ、つまり――家を作ると?」

「正解ッ!」

『コケーッ!!!』


 とは言っても、ここは深淵。基本的に地上の光が届く場所なんざほぼ無いし、危険生物もウジャウジャとうろついている。人の子が暮らすには中々大変な場所である。

 しかし、一つだけ暮らしやすい空間がある。あいつが残していった置き土産の空間が。


「ここ右、その次まっすぐ」

『承知』


 シロに指示を出して走ってもらい、その場所へと向かう。

 途中休憩を挟みながら移動すること数十分、遂にその場所まで到着した。


「ここだ」

「何かありますね?」

『ここが件の場所なのか?』

「ああ。これは鳥居ってものだ」


 縦に二本の柱が突き刺さっており、上の方に二つ横になっている朱色の木材。人が通れる空間が空いているが、そこは歪んで奥が見えない状態だ。


「んじゃ、入るぞー」


 通り抜けようとすると、薄い膜のようが肌にまとわりつく感覚が一瞬した。

 くぐり終えると、眼前には青々とした草原、天に向かって伸びる木々、川のせせらぎ。頭上には青い空にゆったりと動く雲、そして太陽が俺たちを照らしている。


「わぁ! すごい綺麗です!」

『深淵にこんな場所があったとは……』

『コケッコケッ!!』


 目を輝かせながら草原を走り回るラズリとゴンザレス。俺とシロは太陽の温もりと爽やかな風を味わった。

 この空間はあの人間が残していった土産物だ。魔物はここに現れず、許可しなければ侵入もできない。世界で一番安全な場所だ。

 どこまでも広がる世界で、草原はもちろん、大海原や雪原地帯、火山地帯までもある場所。言ってしまえば、もう一つの世界だ。


 ここに来るのは何年振りだろうか。相も変わらず、骨が抜かれそうな空間だな。


『ニーグリ殿?』

「ん? なんだシロ」

『……いいや、哀愁が漂っておられたからな』

「……そうか」


 スリッと頭を俺にこすりつけた後、心配げな目を送ってくるシロ。余計なお世話だったが怒る気は起きず、ただシロの頭を撫でた。


「ニーグリ様〜! 川が透明です! ゴンザレスちゃんが浮いて見えますよ!? わぁ、見たことないお魚さんもいます!」

『ココッコ、コーッコッコ!!!』

「……何してんだゴンザレス……」


 翼を広げながら天を仰ぎ、川に流されるゴンザレス。飛んでいる気にもなってドヤ顔をしているのだろうか。

 呆れ混じりのため息を吐いたが、クスッとも笑えてきた。


『ニーグリ殿、我らも行こうか』

「そうだな。お前の尻尾が『遊びたい』って言ってることだし」

『なッ!? ち、違うぞニーグリ殿! これはだな……』

「ラズリー! 俺らも今行くぞ〜!」


 ここで主な生活をすることになるだろうが、そうなればこの空間を作ったアイツも本望だろう。

 少しでも良い暮らしをして欲しくて早速家を作りたいところだが、今はラズリと一緒に楽しむとしようか。


 俺たちを照らす太陽が傾いて涼しい風が吹くまで草原で走り回ったり、川の中に入ったり、昼寝などをして過ごした。


「……もう夕方かぁ」

「この場所もちゃんと夜になるんですね」

「地上と同じ時の流れだからな」


 さて、夜ご飯はどうしようか。仮拠点的なものを作ってからにしようと思ったが……そうだな、どうせなら楽しもうか。

 【無限収納ストレージ】から金属の棒と布を取り出し、宙に浮かせた状態で組み合わせて行く。


「ニーグリ様、何をしているのですか?」

「ん? テントだよ」

「テン、ト……?」

「野営する時とかに使う簡易的な家みたいなものらしい。こんなもんだ!」

『ほう、珍妙な形だな』


 鉄の棒に布を引っ付け、地面から四角錐が生えているような形になった仮拠点ことテントがあっという間に完成した。

 俺、ラズリ、シロ、ゴンザレスが全員余裕で入れるほどの広さだ。


「広いです! これならシロも入れますね! しかも地面がふわふわしてます!」

「下には羽毛が詰まった巨大なクッションを使った。鼻からダイブしても心配ないぞ」


 テントに夢中になっている間に、こっちは準備をしておこうか。

 この状況はキャンプと言われるものらしいし、それに合わせた晩御飯にするとしようか。

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