3
四月、僕と井上は進級して高校二年生になった。
「石川くん! 私たちまた同じクラスだよ!」
興奮した井上が僕のところまでやってきて言う。
まるで去年の明里のようだったので僕は苦笑して言う。
「僕の楽しみを奪わないでくれ」
「あ、ごめん」
謝るところは明里とは違うなと思った。
「いや、謝らなくて良いよ。教えてくれてありがとう」
「どういたしまして」
*
夏は井上とふるさと祭りに行った。
「美味しい」
チョコバナナを食べて井上が言う。彼女は紺色に花火が描かれた浴衣を着ている。
「口にチョコがついてるぞ」
「え、ほんと」
頑張って拭こうとする井上を見て僕は苦笑する。
「じっとして、拭くから」
そう言って僕はポケットからティッシュを取り出し、彼女の口を拭く。
井上の唇の柔らかさを手で感じる。
「拭けたよ」
「……ありがとう」
僕が言うと照れ臭そうに井上はお礼を言った。
八月の紺色の空に花火が打ち上がる。
琥珀色の種から大きな花が咲き誇る。
そして、僕の隣には明里ではなく、井上がいる。
「綺麗」
井上が呟く。僕はそれに頷く。
「綺麗だな」
僕がそう言うと井上がこちらに顔を向けてくる。
「石川くん、今綺麗って私に言った?」
「言ってない。花火に綺麗って言ったんだよ」
「それは残念。今度、私にも言ってね」
「……気が向いたらな」
*
九月の文化祭ではうちのクラスはメイドカフェをやった。
「私のメイド服可愛いでしょ?」
注文を受けた井上が僕にメイド服姿を見せてくる。
よく女子が許可したなと思ったら学級委員長が乗り気だったみたいだ。
「かわいい」
「棒読みの可愛い、ありがとう。コーヒー二つお願いね」
「了解」
実際、井上はメイド服がよく似合っていた。
萌えを求める男たちの視線は井上に集中していたと思う。
忙しく働いて、楽しそうな井上を見て、僕はコーヒーを淹れながら微笑んだ。
*
冬、僕たち以外誰もいない放課後の教室で僕は井上に告白された。
流石の僕でも彼女の気持ちには気づいていたので驚きはしなかった。
嬉しいよりも良いのかなという気持ちの方が大きかった。
「駄目かな?」
上目遣いの井上を見て、僕は考える。
このまま明里を言い訳にして井上の想いを踏み躙って良いのだろうかと。そんなことをして明里が喜ぶのだろうかと。
絶対に喜ばないだろうなと思った。だから僕は井上と付き合うことにした。
僕は笑顔で言う。
「付き合ってみようか、僕たち」
決して軽い気持ちなんかではない。二人で考え抜いた結果がこれだ。それだけは明里にわかって欲しかった。
「嬉しい」
そう言ってから目の前にいた井上が僕に抱きついてくる。その華奢な身体を僕は優しく抱く。強く抱いたら壊れてしまいそうだからだ。
「大好きだよ、石川くん!」
彼女の言葉に僕は頷く。
「……僕もだ」
こうして、僕と井上は結ばれた。
*
クリスマスイブは一緒に六本木までイルミネーションを観に行った。
けやき坂の並木道がライトで輝き、青と白に美しく染まっている。
非日常感がそこにはあった。
「綺麗だね」
イルミネーションを観て、黒のコートを着た井上が感慨深そうに言う。
「そうだな」
灰色のチェスターコートを着ている僕はポケットに手を入れながら頷く。
「……手、繋がない?」
井上にそう言われて僕はチェスターコートのポケットから手を出す。そして、彼女の小さな左手を握る。柔らかいと思った。
僕たちは手を繋いで夜の六本木の街を歩く。
カフェに入って、コートを脱ぎ、コーヒーを注文してから僕は忘れないうちに井上にクリスマスプレゼントを渡す。井上はプレゼント用の包装を丁寧に剥がし、箱を開ける。
「月のネックレス?」
「ああ、店で見て井上に似合いそうだったから。もし気に入らなかったら捨ててくれ」
僕がそう言うと井上は両手でネックレスを優しく包み込む。
「幸せだなぁ」
ポツリと井上が呟いてから続ける。
「明里ちゃん、怒ってないかなぁ」
彼女の言葉に僕は苦笑して言う。
「明里は怒らないって前に井上が言ってたじゃないか」
「それはそうだけど」
「大丈夫だよ。明里は優しいから嫉妬なんかしないはずだ」
「……それなら良いけど」
不安そうな彼女の気持ちはよくわかる。
だけど、井上に罪はない。あるとしたら、僕の方だ。
「ネックレス、つけてみて良い?」
「ああ」
井上が僕の買ったシルバーの月のネックレスをつける。黒のニットに銀色の月が浮かび輝く。
「どう?」
「とても似合ってるよ」
「綺麗?」
月に負けていないと思ったので僕はコクリと頷く。
「ああ、とても綺麗だよ、晴香」
僕がそう言うと井上は目尻を下げた。
「ありがとう、歩くん!」
晴香の笑顔は去年から降り積もっていた雪を溶かすようだった。
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