2
三月下旬、僕と井上は中央公園に来ていた。
去年の春に明里が言っていたブルーシートを敷いてやる花見。それを僕は井上とやりに来たのだ。
「混んでるなぁ」
「混んでるねえ」
日曜日なので中央公園には花見客が多くいる。皆がお弁当や酒などを持ち込んで楽しんでいた。
「まさか二人でお花見デートができるなんて思わなかったなぁ」
感慨深そうに井上が呟いて僕は苦笑する。そして、注意するように言う。
「だから、さっきも言ったけどこの花見は明里のためにやるんだよ」
明里が望んでいた花見をする。彼女の望みならどんな望みでも叶えたくなるのだから不思議だと思う。
「明里ちゃんは花より団子だと思うけどね」
僕は手にさげているビニール袋を持ち上げて井上に見せる。
「安心しろ。弁当屋で唐揚げ弁当、三つ買ってきたから」
「余ったお弁当は石川くんが食べてね」
「任せろ」
痩せてしまったので体重を増やさなければいけない。
桜の木の近くの地面にブールーシートを二人で敷く。春風に飛ばされては困るので四隅には持ってきたバッグなどを重しとして置いた。
僕と井上はブルーシートに座る。お尻には凸凹とした地面を感じる。桜の花びらがヒラヒラとブルーシートに落ちる。花びらが水面に浮かぶようにも見えた。
もうすぐ午後一時になる。僕と井上は袋から唐揚げ弁当を取り出し食べ始める。
唐揚げは外がカリッと中がジューシーでご飯とよく合う。ペロリと完食する。
「もう一つどうぞ」
小悪魔のような笑みでお弁当を差し出してくる。それは弁当屋で買った弁当ではなく小さなお弁当箱に入った弁当だった。どうやら、井上の手作り弁当らしい。
「作ってくれたのか」
「うん。痩せている石川くんには必要でしょ?」
「そうだな」
僕は井上から弁当を受け取って蓋を開ける。メニューは野菜の炒め物が中心の弁当だ。デザートにはイチゴまで入っている。僕の健康に気遣ってくれたのだろう。
僕は野菜炒めを口に運ぶ。シャキシャキと野菜の食感があり、旨味を感じる。とても美味しい。
「井上、ありがとう」
「どういたしまして」
弁当のお礼を言うと井上は花が咲くようにニッコリと笑った。
明里がいなくなってから君の笑顔に僕は意外と助けられている気がする。
「桜、綺麗だね」
「……そうだな」
妙な間があいてしまった。
満開の桜の木を見て言う井上を見て、僕は複雑な気持ちになる。
この春を迎えてしまった罪悪感と花見を楽しんでいる罪悪感。どちらも許されて良いものではない。
「明里ちゃんのこと気にしてる?」
僕の考えていることを見透かしたように井上は聞いてきた。
気にしているかどうかと聞かれたら間違いなく気にしている。
花見は明里が望んでいたことで僕はそれに付き合うことになっていた。それを僕は違う女子と来ている。いけないことをしているような気になる。
どう答えれば良いのか迷わず黙っていると井上が溜息を吐いてから話し始める。
「明里ちゃんはこんなことで怒る人ではないでしょ」
「……確かに」
井上の言う通りだ。隣でワーワー騒いでいる印象はあるけど本気で怒るようなことはない。
「……一緒に見たかったなぁ」
井上が名残惜しそうに呟くので僕は苦笑して言う。
「明里なら特等席で見ているはずだよ」
それできっと、自慢するように僕に笑いかけるのだ。良いでしょって、羨ましいでしょって。それで僕は凄いなって彼女を褒めるのだ。
「綺麗だな」
春の空を見上げると青の中で桜色が泳いでいた。
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