ロスト・ザ・ライト
1
三月、季節は春を迎える。桜が咲き始めた学校では卒業式が行われた。
僕に三年生の知り合いはいない。だから出席しなくても良かったのだが僕にはこの後、学校でやらなくてはいけないことがある。そのために出席したと言っても過言ではない。
少し前に幼馴染からの卒業を果たした僕にとって体育館で行われるそれは何一つ感動できない茶番だったけどそういうことを言うと夜空に輝くお星様に怒られそうなので思っておくだけにしておく。
それに、人間には何かしらの通過儀礼が必要なのは僕もわかっている。
そうやって人は成長していくと彼女のおかげで学んだ。
「……前は悪かった」
隣からそんな声が聞こえてきたので見ると安田がいた。
安田は本当に申し訳なさそうに顔の前で手を合わせていた。
「気にするなよ。気持ちはわかるから」
僕は微笑んで言った。
退場する卒業生の中には涙を浮かべるものがいた。その涙を見ながら、きっと僕が卒業するときは涙など出ないのだろうなと思いながら拍手して彼らを見送った。
音楽はRADWIMPSの『正解』が流れていた。
*
卒業式で使った体育館でパイプ椅子などの片付けを終え、僕は井上晴香に声をかける。
「井上、ちょっと良いか?」
「駄目って言ったらどうなるの?」
悪戯っぽく彼女はそう聞き返した。困ったなと思いつつ僕は平然とした態度で口を開く。
「別にどうにもならないけど」
「そっか」
井上の様子は前とは違って大人しかった。いや、元に戻ったと言うべきか。これが明里の真似をしなくなった本来の井上晴香という女の子なのだ。
僕が俯いていると肩をポンと叩かれる。
「話があるんでしょ? 聞いてあげるよ。私、優しいから」
「優しい奴は自分で優しいって言わないんだぞ」
「じゃあ、ずるい女でも良かったら聞いてあげる」
井上は苦笑しながら言い、そんな言葉を聞いて僕も苦笑して口を開く。
「よろしく」
友達のいない僕にとってはずるい女でも大歓迎だった。
体育館から夕暮れの教室に移動してきた。教室には僕たち以外誰もいない。この状況は好都合なので僕は井上に対して単刀直入に言う。
「井上、僕と友達になってくれないか?」
こんな恥ずかしいことを頼むのは人生で初めてだった。だからものすごく緊張した。そんな僕の言葉を聞いて井上は首を傾げる。
「彼女じゃなくて?」
悪戯ぽく聞かれ僕がコクリと頷くと井上は不満げに僕を見る。そして、口を開く。
「幼馴染がいなくなったからって、あんなに邪険にしていた女の子相手に手の平返しするなんて都合が良すぎない?」
「辛辣だな」
「酷いのは石川くんだよ。だってそうでしょ? 私がどれだけアプローチしても見向きもしてくれなかったのに明里ちゃんがいなくなったら友達になりましょうって。……私は明里ちゃんじゃないよ」
僕が過去、井上にしてきたことを思い出す。確かにあの頃の僕は明里しか見えていなかった。そのことを猛省する。いや、いくら反省しても過去は変わらない。死んだ人間が生き返らないように過去にやってしまった罪は今か未来で償うしかない。だから僕にできることをする。
僕は頭を下げて言う。
「本当に悪かった。今更、都合が良いのもわかってる。だけど、僕は君と友達になりたいんだ。ならないと駄目なんだ」
「それは明里ちゃんのため?」
「……両方だ。明里の願いでもあるし、僕の意思でもある」
明里に安心してもらうために、そして僕の幸せのために。
井上晴香と仲良くしたいという僅かな本心を添えて。
「そっか」
井上は息を吐いてから僕を上目遣いで見る。何か企んでいそうな彼女が少し怖かった。
彼女は人差し指を立てて言う。
「じゃあ一つ条件」
「条件?」
「私と毎日登下校をすること。お昼を一緒に食べること。あと、休日の一日は一緒にどこかに出かけること!」
結構束縛する友達だなと思った。
「その方が石川くんも寂しくないでしょ?」
「だから子供扱いするなって言っただろ。というか条件一つじゃないのかよ? 井上、二つ以上言っていたぞ」
「ちゃんと前もって言ったでしょ。私、ずるい女だって」
そう言えば言っていたな。意外と賢いなと思った。ずる賢い女の子に参った僕は苦笑して頷く。
「わかったよ、条件を呑むよ。だから僕と友達になってくれ」
「本当に⁈」
「ああ、本当だ」
僕が頷くと彼女は嬉しそうに腕にくっついてくる。
意外と大きく柔らかい彼女の胸の感触が僕の脳を窮地に追い込む。
「おい、あまりくっつくな! 明里がどこから見ているかわからないんだから!」
慌てて僕は言った。なにせ相手は視野の広さがとんでもない夜空に浮かぶ星なのだから。怒って地球に光線でも放たれたら困る。
「夕方だから大丈夫だし、私たちは友達ですから。それに、優しい明里ちゃんなら許してくれるって!」
ちゃっかりしている。こういうところは本当に明里と似ている。今の井上に言っても喜ばないだろうけど。
「都合が良すぎるだろ!」
僕がツッコむと井上は笑う。
「似た者同士だね、私たち!」
「似てないって!」
「お似合いのカップル?」
「カップルじゃないから!」
そんなくだらないやり取りをしながら僕は井上晴香と下校した。
*
深夜、僕は上下黒のジャージ姿で家を出る。少しだけ期待したが家の外には明里の姿はもうない。それはそうだ。彼女は星に戻ったのだ。もう、彼女と真夜中に散歩をすることはないのだ。
三月になり夜の空気が彼女と散歩していた時よりも暖かくなった。夜風に当たり、あの二月が戻ってくることはもうないのだとしみじみ思う。
涙が込み上げてきそうだったので堪えて僕は星空を見上げて口を開く。
「明里、君は僕にとって最高の幼馴染で、本当に尊敬できる。いや、本当は、本当はさ。明里のことが大好きだったよ。それをいつか伝えようとして、君は死んで、また戻ってきてくれたのにそれでも臆病者の僕は遠回しにしかそのことが伝えられなかった。卑怯かもしれないけど君が星に戻った今ならそれが簡単に言えたよ」
いつからかと聞かれたら最初からと答えるしかない。君と出会って気づいたら君のことが好きになっていた。幼馴染としてだけではなく異性として。それでも幼馴染という関係性を壊したくなくて言えなかった。近いからこそ伝えられない想いって本当にあるのだと驚いた。
「今度は、今度はさ。ちゃんと上手く自然に伝えられるようになるから、明里に相応しい男に成長しているからさ、その時また戻ってきてくれよ」
彼女が聞いていなくても別に良いと思った。こんなのはただの自己満足な独り言で彼女に対しての懺悔でしかないから。
「僕は君のことを愛していました。だから、僕は君を忘れない。世界が君を忘れても僕だけは絶対に君を忘れない」
君を忘れないけど、少しだけ僕も前に進むことにするよ。明里のことを言い訳にしたくないから。
いくら言葉を尽くしても伝えきれないなと話しながら思う。言葉なんかでは伝えられない想いをどう伝えれば良いのか今の僕にはわからない。
「今日さ、井上に友達になって欲しいって頼んでみたよ。そうしたら条件付きで友達になってもらえたよ。明日から一緒に登校して下校しないと駄目なんだってさ。お昼も一緒に食べるらしい。休日もどこかに出かける。だから、だからさ。僕たちのことを怒らずに見守っていてくれ。生き方が不器用で下手くそだって思うかもしれないけど頑張って前に進むから」
星はケラケラと笑っているようにキラキラと輝いていた。それを確認してから僕は家に戻った。
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