3
後日、僕は松川家に線香をあげに行った。
葬式にも出ていない自分がのこのことやってきて怒られるかと思ったがあっさりと家にあげてもらえたので安堵する。仏壇のある畳の部屋に僕はいく。前までは仏壇に明里の祖父母の写真が並んでいたがそこに制服姿の明里の写真があったのでくるものがあった。
線香に火をつけて灰に刺した。おりんを叩いてから僕は仏壇に手を合わせる。ちゃんと手紙を持ってきたぞと明里に伝えるように。
明里のお母さんに久しぶりに会い、今まで挨拶に来なかったことの謝罪をしっかりした。それと、明里としていた深夜の散歩のことも包み隠さず話す。
「今まで僕は明里と会っていました。それで深夜、散歩をしていました。嘘だと思って頂いて構いません。信じられない話だと僕でも思うので。……死んだ後も彼女は綺麗で優しくて強い女の子でした。明里が言っていました。家族と会わないのは騒ぎにさせたくないからだって。そんな彼女も先日、僕は見えなくなりました。だから明里の代わりに伝えに来ました」
悪戯のように聞こえる話をして怒られるかと思ったが僕の話を聞き終わった明里のお母さんはその場に泣き崩れた。
そんな彼女に僕はティッシュを渡すことしかできない。
「……明里がそんなことを言ったのね。あの子らしいわ。こんなこと歩くんに言ったら明里に怒られるかもしれないけどあの子はいつも隠れて泣いていたからね。多分、恥ずかしかったんでしょうね」
そう泣きながら語る彼女を見て僕まで涙が出てしまう。大切な娘を奪わせてしまって本当に申し訳なく思いその涙をハンカチで拭いてから立ち上がる。まだ僕にはやることがあるからだ。
「大輝くんはいますか?」
「え、うん。大輝なら二階の部屋にいるはずよ」
「ありがとうございます」
僕はそう礼を言って階段を上る。部屋の前に着くと大輝と書かれた部屋を見つける。
部屋の扉をノックする。返事は返ってこない。もう一度ノックするとガチャリと扉が開いた。部屋から出てきた大輝くんは面倒そうに僕を見る。
「なんですか?」
「大輝くんに話があってね」
そう言うと大輝くんは部屋に上げてくれた。
大輝くんの部屋には基本的な勉強机などを除けば人気バンドのラバーバンドやCDジャケットが多く置かれていた。そういえば前に明里が大輝くんは密かに作曲をしていると言っていた。明里が知っている時点で密かじゃないなと思ったのを思い出す。
「大輝くんもこのバンド好きなんだ。僕も好きなんだよ。特に歌詞が深くて良いよな」
バンドの話には興味なさそうに彼は口を開く。
「それで、話ってなんですか?」
本題に入って欲しいみたいなのでバンドの話は一瞬で終えて答える。
「お姉ちゃんのことだ」
大輝くんは鼻で笑う。
「姉ちゃんのことなんて歩くん忘れたはずでしょ? 葬式だってこなかったし。まあ、俺も忘れたんで別に良いですけど」
「忘れるわけがないだろ」
僕は大輝くんを睨んでそう言った。僕が明里を忘れることなんてこの先、永遠にない。それを否定されることは例え、明里の弟であっても許さない。許してはいけない。
「でも、この間可愛い女の子と歩いていたじゃないですか」
大輝くんから見ても井上は可愛い部類に入るのか。いや、今はそんなことはどうでも良い。明里の話をしなくてはならない。
「ああ、歩いていた。それは事実だ」
「じゃあ、やっぱり忘れていたじゃないですか」
「話を最後まで聞け。まったく、そう言うところは姉に似てるな。……明里から君に伝えて欲しいことがあるって言われてな」
「伝えるも何も姉ちゃんは事故で死んだから伝えたくても伝えられないはずじゃ」
彼の言葉を聞いて僕はニヤリと笑う。
「君の姉ちゃんはただの人間じゃなかったってことだ。弟ならわかるだろ、あいつの人間離れした凄さを」
大輝くんは目を見開いてから、信じられない様子だったがしぶしぶ頷いた。
僕は明里から渡された手紙を代読する。
「大輝へ。私が死んでここにいないなら貴方の親からのお小遣いはアップして前よりも生活が贅沢になるでしょう。それで好きなアーティストに課金してください。別にそのことを責めるつもりはありませんが少しは姉孝行ということでお供物のお菓子を豪華にしてくれても良いですよ。まあ、ジョブでふざけるのは姉の得意技なので許してください。ここからが本題です。完璧な姉の下に生まれた貴方は比較されて大変苦労していたでしょう。でも、これからはそんな心配をしなくて済みます。楽しく生きてください。って、もうそうしてるか。それなら良いですけどしてないなら一つ教えてあげます。そこに私の遺言を伝えている馬鹿がいますね。そいつも貴方と同じく可愛い私を失って女々しく生きています。女々しい同士、仲良く生きてください。男なのに二人が女々しすぎて面白かったらまた会いに行けると思うので頑張って女々しく長生きしてください。どっちが長生きできるか勝負です。スターな姉より」
手紙を読み終えると大輝くんは床に手をついて泣いていた。
僕は彼にちゃんと彼女が書いた言葉だと信じてもらえたことに安堵する。
それにしても、いつの間にこんなふざけた文を綴っていたのだろうか。
「馬鹿な姉さんだ」
「本当だよな。でも、明里らしいだろ? 死んでからもこんなふざけた手紙を書けるのは君の姉ちゃん以外いないよ」
本当に彼女は暗いことが嫌いだった。誰よりも明るく、皆を照らさないと満足しない女だった。首を突っ込まなくても良いことに首を突っ込んで全てを自分ごとのように考えて行動していた。
「そうですね。不思議とそうとしか思えない」
「それにしても女々しく生きろって失礼な奴だな」
「失礼なのが俺の姉です。失礼な人って死んでからも変わらないんですね」
「まったくだ。今度来るときは心を入れ替えてから戻ってきてもらいましょうかね。こっちは何光年でも待つんで」
「そうですね」
僕と大輝くんは涙を引っ込めて笑い合う。
死んでからも明里は人の心に灯りを灯せるのだからやはり凄い。
大輝くんは頭を下げる。
「手紙、持ってきてくれてありがとうございました」
「明里のパシリは慣れているからな」
「それは、可哀想ですね」
「姉と同じことを言わないでくれ」
僕は苦笑してそう言った。
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