十二月二十四日、クリスマスイブに僕は明里とイルミネーションを見に来ていた。

 街にはサンタクロースの格好をしてチキンやケーキを売る人や家族連れや腕を組んで歩くカップルの姿があった。皆が幸せそうな顔をしていた。

 木々や建物がライトアップされて大きなクリスマスツリーも展示されている。カラフルな鈴や小さなプレゼントボックスが飾りつけてあってクリスマスツリーのてっぺんには金色に光る星の飾りもあった。

「綺麗だね、イルミネーション」

「そうだな」

 電気の無駄遣いだなと思ったが今日だけはそんなことを言う気分にもなれない。

人工的な光に照らされて誰もがこの瞬間だけは輝いているような気さえした。

 皆、どこか浮かれていて非日常感が漂っている。それくらいクリスマスは特別な日だということだ。そんな日を大切な人と過ごせるのは幸せなことだ。

「歩はサンタさん、いつまで信じてた?」

 唐突に明里がそんなことを聞いてきた。こんな質問ができるのは今日くらいなものだなと思った。僕はすぐに答える。

「幼稚園までかな」

「え、早くない⁈」

 明里が驚いた様子だったので僕は首を傾げる。

「そうか?」

「私、小六まで信じてたよ」

「それはいくらなんでも信じすぎだろ。将来、詐欺とか引っかかるなよ?」

 気が早いが明里が大学生になって詐欺に遭わないか心配になる。

 詐欺から守るために頑張って明里と同じ大学に行けるよう勉強しないといけないと思った。

 馬鹿にされたのが悔しかったのか、明里は口を開く。

「歩こそ子供心が足りないんじゃない?」

「子供心なんていらないだろ。人は成長することが大切なんだから」

「歩は子供の時から捻くれていたんだね。可哀想に」

 なぜか憐れまれて肩をポンポンと優しく叩かれる。

「可哀想なのはおじさんとおばさんだろ。だってクリスマスになったら毎回期待されるプレッシャーがあるんだから」

 明里は小首を傾げる。

「親は楽しそうだったけど?」

「まあ二人とも優しいもんな」

「うん、優しいよ。そう言えば大輝はサンタさんあまり信じてなかったな。前に私がサンタさんが来られるように窓開けていたら寒いから閉めてって怒られた」

「男の子なんてそんなもんだろ」

 純粋過ぎても騙されるだけだからな。人のことを疑い始めてからが人生のスタートだと僕は思っている。

「大輝ってちょっと歩に似ているところがあるんだよね。友達できなくなっちゃう。可哀想に」

「だから可哀想って言うな。大輝くんならきっと大丈夫だよ」

「歩の大丈夫ほど信用できないものはないから心配だよ」

 明里は苦笑してそう言った。


 うっかりしていた。明里に渡すプレゼントを買っていなかったことに今更気づく。

 何を渡せば良いとか色々と考えた結果何も良い案が出てこなくて買えていなかったのだ。変な物をあげるならいらないと思っていたが当日になって、やはりプレゼントは必要なのだと思った。

 準備の良い明里は僕のプレゼントを買ってくれているはずだ。そんな彼女にプレゼントがないと言えば怒られるか悲しまれるかのどちらかだ。どちらの感情にしても特別な日にさせて良いものではない。

 どうでも良い相手なら良かったのだが明里は大切な幼馴染なのでどうにかプレゼントを用意したいと思った。

 どう切り出すか迷ったが僕は分かりやすい方法を選択する。

「ちょっとだけ別行動しないか?」

 そう言われた明里は首を傾げる。

「え、なんで?」

「ちょっと買いたいものがあるんだ」

「買いたいもの? それなら私も一緒に行くよ」

「ひ、一人で買いたいものなんだ。女子が一緒に行くところではないというか」

 クリスマスイブに僕は何を言っているのだろうか。

 慌てている様子の僕を見て彼女は苦笑する。多分、これから買い忘れたプレゼントを買いに行くのだと彼女もわかったのだろう。

「わかった。気をつけて行ってらっしゃい」

「ああ、行ってくる」

 そんな彼女の言葉を背中で聞いて僕は走り出した。


 いつも僕は大事な時にやらかす。そんな自分が嫌になる。幼馴染だから明里はこんな僕とも一緒にいてくれるが付き合っている彼女だったら一発アウト、幻滅されて終わりだ。

 クリスマスイブの人混みの中、人をかわしながら走り外観が抹茶色なショップに入る。店内にはカップルが多くいる。クリスマスなのだから当然だ。焦茶色の棚にカラフルな雑貨が置かれている中でスノードームを見つける。ガラス玉の中にはミニチュアの家が入っている。洋風のログハウスだ。紙吹雪の雪が降っている。僕がそれを軽く振ると吹雪が吹く。これがあるだけで冬を感じられると思ったのでそれをレジに持っていく。サンタの帽子を被ったお姉さんにラッピングをしてもらって急いで店を出た。

 走りながら明里が喜ぶ姿を想像する。僕がどんなにセンスの悪いプレゼントを贈っても彼女は喜んでくれる。そういうところは優しいと思う。

 それと同時に来年はちゃんとクリスマスイブまでにはプレゼントを用意しようと反省する。

 赤信号を待ってから緑に変わった瞬間、横断歩道を渡り彼女の元に急ぐ。

 早く彼女にプレゼントをして喜ぶ顔か、困ったような顔が見たい。どちらにしても僕にとっては明里らしい反応で嬉しい。

 さっき明里と別れたところまで戻ってきたが彼女の姿が見当たらない。どこにいるのだろうかと首を巡らすと交差点の横断歩道の真ん中で女の子が倒れていた。

 冷えた空気の中、その女の子がすぐに明里とわかって僕は駆け寄る。

 頭の中はパニックに陥る。なんで、どうしてと頭の中がうるさい。

 冷静になれ、救急車を呼ばないと、救急だ。

「明里! 明里!」

 僕は頭から血を流す彼女の名前をひたすら呼んだ。反応がなかったのですぐに救急車を呼ぶ。

 救急車が到着したのは僕が明里を見つけた二十分後だった。


 松川明里は帰らぬ人となった。

 僕がプレゼントを買い忘れて明里と別行動なんてことしなければこんなことにはならなかった。僕のせいだ。

「歩、明里ちゃんのお葬式に行くわよ」

 部屋の扉をノックして母親が言った。扉を開けて隙間から見ると母親は黒の喪服を着ていた。父親は既に一階にいるのだろう。あの人は仕事ばかりで明里とはあまり関わっていないもんな。

「制服で良いから着替えて三人で行かないと。……最後にお別れしないとね」

 お別れ。その言葉を聞いて、僕は唇を噛む。

 なんで、お別れなんていう言葉で僕の大切なものを奪おうとするのだと心が叫んでいる。

「……お別れなんてしない。明里は死んでなんかいない」

「何言ってるのよ。明里ちゃんはもう……」

 死んでいると言わなかった母親に感謝したいと今では思う。

「悪いけど僕は行かないから二人で行ってきて。……お願い」

 そう伝えてから僕はドアノブに手をかけて扉を閉めた。

 明里が死んで僕は彼女の葬式にも出なかった。彼女を死んだことを認められなかったからだ。

 みんなの松川明里を僕は奪ってしまったのだから僕が不幸になるのは当たり前だ。

 あの日から僕の人生が灰色になった。

 部屋からも出られずに引きこもりになった。学校にも行けなくなった。全てがどうでもよくなった。

 ベッドに入っても眠れないであの日の光景が目に浮かんでしまう。眠れたと思ったら悪夢にうなされる。そんな毎日が続いた。

 何度も部屋の中で首を吊って死のうか、トラックの運転手を殺そうか考えた。だけど臆病者の僕はどちらも実行できずじまいだった。

部屋の中で涙が枯れるまで泣いて嗚咽を漏らした。涙を流せば明里が戻ってくるようなそんな淡い期待をしている自分がいた。

現実は甘くない。死んだ人間が生き返ることは絶対にない。

本を読んでも、音楽を聴いても、動画を観ても何も面白くなかった。

笑えないというのはこんなにも辛いのかと実感した。今までどうやって自分が笑っていたのかも思い出せなかった。表情筋が固まっていく感覚がした。

 母親はそんな僕をそっと見守ってくれた。父親が母親を激怒しているのが部屋からも聞こえてきた。僕はその声が聞こえるようになってからヘッドホンをするようになった。少しはマシになった。

 何度も自分の部屋の白い壁の前に正座して謝った。

 日に日に僕の心は壊れていった。

 カウンセラーのカウンセリングを受けないかと母親に言われたが僕は断った。こんな僕が救われてはいけない。僕はこのままで大丈夫なんだと自分に言い聞かせた。

 冬休みが終わって遅刻しそうな僕を明里が迎えにきてくれる。朝、ひょっこりと現れて今までのことはドッキリでしたと笑顔で僕をからかう彼女の姿を想像するがすぐに彼女は雪のように溶けていった。

 毎日があっという間に過ぎて明里が死んでから一ヶ月が経った。

 そして、その夜に僕は松川明里に再会した。

 死んだはずの明里が目の前に現れた時は幻ではないかと疑った。でも、彼女の顔、声、仕草がどれも松川明里そのものだったのでその疑いはすぐに消えていった。

 きっとどうしようもない僕に文句を言いにきたのだろうと思った。それかあの世に道連れにするために来たのか、それでも僕は構わないと思った。

 けれど明里はそんなことしないで運動不足の僕を見て夜の散歩がしたいと言い出した。

 彼女は幽霊になっても人のことを考えるのだと涙が出そうだった。だけど部屋の中で涙を流し過ぎたせいで僕の目から涙は出なかった。代わりに僕の口から出たのは軽口ばかりで謝ることすらできなかった。謝ってしまったら彼女が成仏してしまうとでも思っていたのだろうか。

 コンビニに入らない明里を見て明里の姿は僕以外には見えないのだと気づいた。それならそれで良かった。情けないことにそんなことが嬉しかった。

飲み物を奢って喜ぶ姿が可愛かった。こんなことでまた喜んで貰えるならいくらでも奢ってやろうと思った。

もしかしたら明里は僕が不登校になっていることを気にしているのかと思い始めた。

井上が家を訪ねてきてそろそろ学校に行かないと明里が心配すると思った。僕は彼女のために学校に行くことを考え始めた。

井上と遊園地に行ったことを伝えた時に明里から井上のことを大切にするように言われたのは驚きだった。

 夜に明里と再会できたことで灰色だった世界の色が戻り始めた。


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