第26話

 ソフィたちは、アルの看病のために女将おかみの宿で一夜を過ごした。

 翌朝。目を覚ましたソフィはすぐにアルの部屋を訪れて、様子を確認しようとする。


「アル、入りますよ?」


 返事がない。まだ寝ているのだろうか。

 ソフィは音を立てずに扉を開く。

 アルはベッドの上で上半身を起こし、無言で壁を見つめていた。

 目は覚めているらしい。意識もはっきりしているのだろう。……だから昨日、仙龍と言い争ったこともよく覚えている。


「身体は完全に治りましたね」


「……ああ」


 アルの声音にはいらちが含まれていた。

 昨日は身体が弱っていたからこそアルの本音を聞くことができた。しかし体調が回復した今、アルの本音は再び殻の中に閉じこもってしまったらしい。


「私たちは、これから最後の分身を倒します。その後すぐに仙龍様はお引っ越しする予定です」


 本当は、もう少し時間をかけるべきかもしれないが……ルイスいわく、仙龍には一刻も早く土地の回復という使命を再開してもらわねばならないらしい。


「どうしますか? このままだと本当に仙龍様は行ってしまいますよ」


「……知るもんか」


 それがアルの本音でないことは明白だった。


「アル。貴方は今、怒りで悲しみを誤魔化しているだけです」


 唇をむアルに対し、ソフィは優しく語りかける。


喧嘩けんかわかれした方が楽なのは分かります。でもそのやり方ではいつか必ず後悔します」


「……知ったような口を」


 アルはようやくソフィの顔を見た。


「ドリル女に聞いたぜ。……師匠、めちゃくちゃすごい魔法使いなんだろ? 魔法学園ってとこを首席で卒業してさ。師匠みたいな、なんでも上手くいってる人には分かんねーよ」


 この悲しみも、この苛立ちも、お前には分からない。

 そう突き放そうとするアルに──ソフィは一歩踏み込んだ。


「私は五歳の頃に両親を亡くしました」


「……え」


「その後、とある村で引き取られて育ててもらいました。……しくも、貴方が辿たどろうとしている人生に近いですね」


 それは予想していなかったのか、アルは目を丸くして驚いている。


「さて、アル。そんな私ですが──不幸に見えますか?」


 きっと見えないだろう。

 だって、さっき自分で言っていたから。なんでも上手くいっている人だと。少なくともアルからはそう見えたらしい。


「人生の中には、どうしても避けられない出会いと別れがあります。どちらも怖いものですが、乗り越えなくてはなりません」


 アルも、仙龍も、乗り越えなくては前に進めない。

 かつてのソフィもそうだった。


「生きるとは──出会いと別れを繰り返すことです」


 だから、ソフィは引っ越し屋になった。

 出会いと別れ、即ち生きようとする人たちの背中を押すために──。


「……生きる」


 小さな声で、アルはつぶやく。


「俺は……生きてるんだな」


「はい。貴方は、仙龍様のおかげで今も生きています」


 アルは目をつぶった。

 そのまま何度も深呼吸する。揺れる感情をゆっくり定めるように。


「……最後の分身、どこにいるのか知ってるのかよ」


「いえ、それはこれから探しますが……」


 アルは、その目に力強い意志を込めて言った。


「……案内してやるよ」






※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 


本作は12/8に発売する書籍の試し読み版となります。

発売日まで毎日3~4話ずつ更新していきますので、よろしくお願いいたします。


発売日まで、あと1日です。

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