第24話

 仙龍の神気から逃れるために、ソフィたちはアルを再び里まで運んだ。

 女将おかみに宿の一室を貸してもらい、ベッドにアルを寝かせる。その後、ソフィたちは三人でアルに耐性魔法をかけ、身体に入り込んだ神気をなんとか処理しようと試みた。

 およそ半日が経過した頃──。


「……なんとか、一命は取り留めましたわね」


 汗だくになったソフィたち三人はつえを仕舞う。峠は越えた。ようやく一息つけそうだ。

 耐性魔法は本来自分にかけるものであって、他人にかけると効率が圧倒的に落ちる。それでもアルを生かすためにはこの魔法を駆使するしかなかった。神気による身体の異常を正攻法で治療するには特殊な道具や薬が必要となるが、この里にそんなものはない。


「お水をもらってきますわ」


「なら私は食事を買って来よう。朝から何も食べていない」


 フランシェスカとルイスが部屋を出る。その間、ソフィは一人でアルを看病した。


「……ぅ」


 その時、アルの唇から小さな呻き声がこぼれた。


「あ、れ……? 俺、何を……」


「目が覚めましたか?」


 アルがソフィの方を見る。

 それから、自分がベッドに寝かされていることに気づいた。


「……そうか。また、こうなっちゃったのか……」


 アルは取り乱すことなく現状を受け入れていた。

 もしかすると──アルはこうなることを察していたのかもしれない。


 思えばアルは、仙龍が旅立つという話を聞いても、あまり仙龍のそばで過ごそうとしなかった。普通、仙龍との別れが寂しいなら、それを阻止しようとするだけでなく、少しでも長く傍にいたいと思うはずなのに……。

 そうしなかった理由は、きっとこうなることが分かっていたからだろう。

 自分の身体は神気にむしばまれている。これ以上、傍にいると身体がたない。

 自分が倒れたら──


「……分かってるんだ。もう、仙龍の傍にはいられないって」


 天井を眺めながら、アルはつぶやくように言った。

 身体が弱っているからか、アルは心の内に秘めていた本音を口にする。


「でも……昔、一度だけ今みたいに仙龍と喧嘩けんかしたことがあるんだ」


 か細い声でアルは言う。


「その時も、俺は仙龍に酷いことを言って、逃げた。……でも、頭が冷えて、仙龍のところに帰った時……俺は見たんだ……」


 お前なんか、どっか行っちまえ。

 感情に突き動かされて発したその言葉を、やがて後悔し、アルは再び仙龍のもとへ帰った。

 そこでアルが見たのは──。


「仙龍は……泣きそうだった。ずっと、悲しそうで、下を向いてて……っ」


 アルの目尻めじりに涙が浮かぶ。

 きっと当時も同じだったのだろう。酷い言葉を仙龍に告げて、後悔して帰ってきて、そうしたら仙龍はとても悲しそうにしていて――それを見てアルは泣いたのだろう。


「仙龍……寂しそうだよ……」


 アルの頬を涙が伝う。

 それは共感の涙だった。


 肉親に捨てられ、この桜仙郷で生きてきたアルにとって、寂しいというのは身近な感情だ。だから仙龍がその感情を抱えていると知って、他人事とは思えなかったのだろう。


 ──俺が、寄り添わなくちゃいけないんだ。


 そんなアルの心の声が、聞こえた気がした。






※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 


本作は12/8に発売する書籍の試し読み版となります。

発売日まで毎日3~4話ずつ更新していきますので、よろしくお願いいたします。


発売日まで、あと1日です。

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