第23話

 ワイバーンに乗って桜仙郷に帰還したソフィたちは、すぐに仙龍へ会いに行った。

 すっかり深夜になってしまったが、仙龍は眠っていなかった。遠くから見た時は目を閉じていたが、近づくとその大きな目が開く。


「引っ越し屋か」


 ソフィは無言で頭を下げた。


「五体目の核を届けに来ました」


「感謝する」


 核が光の粒子になり、仙龍の身体からだに吸い込まれる。

 核の回収が終わった後、仙龍は目をらしたアルを見つめた。


「アル。何かあったのか?」


「別に」


 アルはそっぽを向く。

 ここまで移動している間に、アルの体調はある程度回復していた。だが真っ赤に腫れた目はそのままだった。仙龍は心配そうな目でアルを見る。


「人間の里はどうだった?」


「……へっ、大したことねーよ。桜仙郷の方が居心地いいぜ」


 仙龍は目を細めた。

 アルの答えは仙龍にとって、悲しくもあるし……うれしくもあるのだろう。

 だが喜んではいけない。仙龍はソフィにそっと視線を移した。

 アルは里にめなかったのか? そんな仙龍の言外の問いに、ソフィは首を横に振る。……そんなことはない。アルはちゃんと馴染めていた。

 仙龍は微かに首を縦に振る。内心でそう予想していたかのように。


「強がりはよせ」


 仙龍は、優しく諭すように言った。


「楽しかったのだろう? 腹がいつもより膨れているではないか」


「これは別に、ちょっと食いすぎただけで……っ」


 アルは焦って腹を隠した。

 仙龍は、アルが赤子だった頃から面倒を見ているのだ。違いにもすぐ気づく。


「人と神獣は、あいれないものだ」


 アルを見つめながら仙龍は言った。


「身体の大きさも違う。寿命も違う。価値観も、好ましい環境も違う。神気なんてなくても、私とアルが共に暮らすのは限界があったのだ」


 それはきっと正論だった。

 むしろ十年もこの関係が保たれていたことが奇跡だとソフィは感じる。お互い、表にこそ出さないが耐え忍び、寄り添い合って生きてきたのだろう。

 アルと仙龍が親子という関係になれたのは奇跡だ。

 だが、そんな彼らの間にも、親離れの時は来る。


「だからアル。お前が里を気に入るのは当然のことなのだ」


 仙龍は言った。まるでそれが抗えない運命かのように。

 しかし、そんな仙龍の態度が──アルには受け入れられなかった。


「なんで、そんなことを言うんだよ……」


 アルは真っ赤に腫れた目で、仙龍を睨む。


「なんで、俺ばっかり必死なんだよ……っ」


 アルの豹変ひょうへんに、仙龍のひとみが揺れた。

 アルは何度も抗っていた。仙龍の旅立ちに、神気に、その全てに抵抗しようとしていた。

 そんなアルにとって、今の仙龍の言葉は他人事ひとごとのように感じたのだ。仙龍は初めから悟っているように抵抗せず、流れに身を任せていた。

 それは仙龍が大人だからだが、子供のアルに大人の理屈は分からない。

 仙龍は、俺のことなんてどうでもいいんだ。──そう感じてしまった。


「もういい……お前なんか、どっか行っちまえ!!」


 仙龍に向かってアルは叫ぶ。

 その直後──アルが突然倒れた。


「アル!?」


 唐突に倒れ伏したアルに、ソフィたちが近づく。


「魔力切れか……?」


「いえ、これは……っ!?」


 倒れたアルを仰向けにして、ソフィは絶句する。

 アルの首から桜の花弁が咲いていた。


 ──神気の影響だ。


 身体が桜の樹木と化している。ほんの数日前まで脇腹だけだったのに、いつの間にか神気の影響は首と、ひじ……それと肩まで浸蝕しんしょくしていた。

 このままではアルの命が危ない。


「仙龍様、アルを遠くへ運びます!」


「……頼む」


 ソフィは浮遊魔法でアルを浮かせ、急いで仙龍のもとから離れた。


「すまない」


 ソフィの背中に、仙龍の小さな声が届いた。






※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 


本作は12/8に発売する書籍の試し読み版となります。

発売日まで毎日3~4話ずつ更新していきますので、よろしくお願いいたします。


発売日まで、あと2日です。

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