第22話

 頭上に浮かんでいる月が沈み始める頃、ソフィたちは広場に集まった。

 戦いの準備をしているソフィたちのもとへ、アルが一人でやって来る。


「ご飯は美味しかったですか?」


「…… かったよ。多分な」


「多分?」


「味がしなかったんだよ! 師匠が最低なことを言うからな!」


 確かにタイミングはもうちょっと考えるべきだったか。いや、しかしあのタイミングを逃したらもう伝えることはできなかったし、仕方ない気もする。


「アル、分身を倒すのを手伝ってください。これも修行のうちです」


「……なんか師匠、修行って言ったら俺が従うと思ってねーか?」


「そんなことありません」


 ソフィがつえを振ると、アルの身体からだがふわりと宙に浮いた。


「うわっ!? か、身体が浮いて……っ!?」


「空を走れる魔法をかけました」


 説明しながら、ソフィは自分にも同様の魔法をかける。


「今回は──空中戦なので」


 少し前から感知魔法でとらえていた分身が、すぐそばまで接近していた。

 空中を飛びながら、ルイスとフランシェスカがそれぞれ風のやりを放つ。しかし分身はそれを軽やかな動きで避けた。


「素早いというより──」


「──小さいですわねっ!!」


 月明かりが分身の姿を照らす。

 偵察タイプの分身は、球体に薄い羽をつけたような見た目だった。大きさは人間の頭蓋ずがいを一回り小さくしたくらいで、闇夜に紛れやすい黒色だ。


「アル。今、貴方あなたの身体には私の魔力がまとわりついています。魔力の膜で身体を覆う耐性魔法と同じ原理です。その感触を学びながら、分身の討伐に協力してください」


「わ、分かった!」


 アルは困惑しながらも、空中をって分身に近づく。


「う、おぉおおぉお……って、やばいっ!?」


 宙を駆けたアルは、その勢いを止めることができず分身の傍を通り過ぎた。

 慌てて方向転換しようとした直後、体勢を崩して転倒し、ふわふわと宙に浮く。


「慣れるまで急加速は控えた方がいいですよ」


「先に言え!」


 アルには一応、緩衝魔法もかけているので、地面や分身体に衝突しても怪我はない。

 怒鳴るアルの隣で、フランシェスカが風のやいばを放つ。

 だが分身の身体は風の刃をはじいた。


「硬い、ですわ!?」


 分身は硬い外殻のようなものに守られている。生半可な攻撃は通らない。


「だが、これだけ広いスペースで戦えるなら、こういう魔法も使える!」


 ルイスが風の大砲を幾つも射出した。

 人間に命中すると致命傷になりかねない恐ろしい魔法。それを大量に放っている。


すごい……」


 目の前の光景に、アルがつぶやいた。


「凄、すぎる………………」


 フランシェスカもルイスとは別の角度から風の大砲を放つ。

 同僚なだけあって、同じ魔法が使えるらしい。

 二人の魔法を見たアルは、ソフィの方を向いた。


「……師匠。神気を防ぐ魔法って、今、師匠たちが使ってた魔法より難しいのか?」


「そうですね。攻撃系の魔法は意外と仕組みが単純ですし。耐性魔法の方が難しいと思います」


 なんてことない師匠と弟子の会話。──そのはずだが、アルが顔を伏せる。

 様子がおかしい。ソフィは首をかしげた。


「引っ越し屋! 手を貸してくれ!」


 ルイスの叫びにソフィは応じた。

 浮上し、分身へ攻撃しようと思った刹那せつな──。


「アル!?」


 突然、背後からアルが突進してきたので、ソフィはすぐさま回避した。

 いきなりのことにルイスたちも動きを止める。

 アルは、目尻めじりに涙をめながらソフィをにらんだ。


「嘘つき!」


 アルが激怒する。


「師匠の嘘つき! 俺が魔法を覚えたら、仙龍と再会できるって言ったじゃないか!」


「嘘なんかじゃありません。本当のことで──」


「──嘘だッ!!」


 アルは、ポロポロと涙をこぼした。


「さっきから、お前らが何をやってんのか、全く分かんねーよ!! 空を飛んだり、火を出したり……そんな凄い魔法、俺が覚えられるわけねーだろ!!」


 顔を真っ赤にして、涙を流しながら、アルは訴えた。

 ソフィは一瞬でアルの心境を察し、口をつぐむ。


 ──乗り越える山の高さを見誤ったのだ。


 アルは耐性魔法を、本気を出せば仙龍が旅立つよりも早く習得できると思っていたのだろう。そこまで早くなくても、二、三年もあれば習得できる。そう――思い込んでいたのだ。


 だが現実は違った。

 魔法使いとしての最初の一歩を踏み出した今のアルには、理解できたのだ。ソフィたちがどれだけ優れた魔法使いなのかを……自分の目指している領域がいかに遠いのかを。


 ここにいる人たちの魔法は、凄かった。

 

 だから、感じてしまったのだ。


 ──こうはなれない、と。


「アル、落ち着いてください!」


 ソフィはアルに声をかける。


「無意識に魔力を放出しています。すぐにそれを止めないと……」


「黙れ! 俺はもう騙されない……ッ!!」


 激昂するアルは聞く耳を持たなかった。

 しかしその時、アルは唐突に身体をふらふらと、まるで酩酊めいていしているかのように揺らす。


「ぁ、れ……?」


「……魔力切れですね。これ以上、魔力を使うと気絶してしまいますよ」


 既に気絶とまではいかなくても、意識が朦朧もうろうとし、身体の自由も利かないはずだ。

 ソフィはアルにかけていた空を走る魔法を解除する。


「くそ…………くそぉ………………っ」


 今にも気を失いそうなアルを抱え、優しく地面に下ろした。

 アルはもう立つことすらできないようで、悔しそうなうめき声を零しながら横たわる。


「終わらせましょう」


 再び浮上したソフィは、分身を見つめながらルイスたちに言った。

 その目は、先程よりも研ぎ澄まされていた。


「行きますわよ!」


 フランシェスカが風の刃を放つ。その狙いは分身の飛行ルートを誘導することだ。

 無数の風の刃が分身を追い続ける中、ルイスが真っ直ぐ杖を突き出す。

 すると、分身の飛行速度が目に見えて落ちた。


「加重魔法で動きを鈍くした! 引っ越し屋、今のうちにトドメを!」


 何倍もの重力がのし掛かった分身へ、ソフィは空中を蹴って近づいた。

 だがその時、分身がバキバキと音を立てて口を開き、その真っ赤な口腔こうこうから空気を焦がすほどの灼熱しゃくねつを吐き出した。

 直後、ソフィは全身に薄い光をまとい、その光で炎を受け流す。


 耐性魔法──アルが焦がれている魔法だ。


 炎の中で悠然とたたずむソフィは、コツンと杖で分身の外殻を小突く。

 次の瞬間、分身の体内から無数の光の針が生えた。……身体の内側から針で攻撃する強力な魔法である。外殻は硬かったが、内部からの衝撃にはもろかったらしい。

 分身は地面に落ちて動きを止める。

 戦闘終了だ。


「アル、大丈夫ですか?」


 ソフィはすぐに地面まで下りて、横たわるアルに声をかけた。

 アルは無言でソフィを睨んだ。……意識ははっきりしたようだが、憎悪は消えていないようだ。


「アル、どうか私を信じてください」


 ソフィはしゃがみ、アルに顔を近づける。


「道は確かに険しいですが、貴方ならきっと習得できます」


「……嘘だ。あんな魔法、俺には覚えられねーよ」


「その判断ができる時点で貴方には資質があるんですよ。……恐らく、無意識とはいえ魔力を使って生きてきたからでしょう。貴方には魔力の流れを感じ取る才能がある」


 なにせ多少魔法を囓っただけなのに、もうソフィたちの実力を測ることができるのだ。

 アルは体内の魔力を意識するまでが長かったため、人並みの才能しかないと思っていた。でも違った。一度コツを掴つかんだことで、アルの才能が覚醒かくせいした。

 アルは魔力の流れを感覚で掴むことができるようだ。……魔力に対する勘が鋭いとでも言うべきか。貴重な才能だった。


「私が、責任をもって貴方に魔法を教えます。だからどうか信じてください」


 魔力の流れを細かく読み取れるなら、魔法の模倣もしやすいはずだ。基礎さえ学べば、凡人よりも早いペースで魔法を次々と習得していくだろう。


「……どのくらいかかる?」


 アルは震えた声でいた。

 資質は間違いなくある。だが、それでも──。


「……短く見積もっても二十年です」


 残念ながら、魔力の流れを感じ取る才能と、魔力を操作する技術は別物である。

 ソフィの正直な答えを聞いて、アルはくしゃりと顔をゆがませた。


「ちくしょう……なげーよ……」


 嗚咽おえつこらえるように、アルの口元は震えていた。


「……仙龍せんりゅうに」


 小さな声で、アルは言う。


「仙龍に、会いたい……」


 かすれた声で紡がれた願いを、ソフィたちは受け入れることにした。






※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 


本作は12/8に発売する書籍の試し読み版となります。

発売日まで毎日3~4話ずつ更新していきますので、よろしくお願いいたします。


発売日まで、あと2日です。

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