第20話

「うおぉおぉおおぉぉお〜〜っ!!」


 里に入った直後、アルは目を輝かせた。

 一列に並ぶ露店に、広大な畑、どこからともなく聞こえてくる話し声、畦道あぜみちを歩く子供たち。今までずっと桜仙郷にいたアルにとって、この光景は相当新鮮に見えたようだ。


「思ったよりも人がいますわね。これなら偵察タイプの情報も集められそうですわ」


 フランシェスカの言う通り、里の人通りは予想よりも多い。

 都会から遠いためアクセスは不便だが、自給自足がちゃんとできているのだろう。土地が広いため農作業などの需要が常にあり、若者が仕事を求めて外に出る必要がないのかもしれない。


「師匠! あれ! あれは何だ!? すっげぇいい匂いがする!」


「パン屋ですね。買ってきましょうか」


 匂いの元は近くにあるパン屋だった。ソフィは一人で店内に入り、四人分のパンを購入する。種類はあまり多くなかったため、店頭でオススメされているバターパンを買った。

 パンの入った紙袋を全員に回し、最後にアルへ渡そうとするが、その前に――。


「アル。ちゃんと手を使って食事できますか?」


「え〜、嫌だよ。面倒だし」


「じゃああげません。マナーのなってない人に食べられるパンが可哀想ですから」


「なっ!? ……わ、分かった。手を使えばいいんだろ!!」


 昨日サンドウィッチを渡した時に、手を使う食事の作法自体は仙龍せんりゅう

から教わっているようなことを言っていたが、やはり知識はあるらしい。

 アルは渋々パンを手で受け取り、食べ始めた。


「うめーっ! なんだこれ!? 超うめーじゃん!!」


 興奮しながらパンを食べるアルを、ソフィは微笑ほほえましく思いながら眺める。


「ここは、いいところですね」


 畑を耕す人や露店で商売をする人など、色んな人たちが活き活きとしている。

 丁度、狩りに出かけていた猟師たちが馬車と共に里へ帰ってきた。大物を獲ったのだろうか、家や店からわらわらと人が集まって猟師の働きぶりを褒め称えていた。

 やっぱり、新しい土地の景色や文化を知るのは楽しい。

 自分の中で、世界が広がっていく感じがする。


「すげーな、里って。こんないもんがあるのかよ」


「食べ物なら他にも色んなところで売ってると思いますよ」


「マジかよ!?」


 驚くアルに、ソフィは少し真面目な顔をした。


「アル、これが人の社会というものです。色んな人が、色んな人と手を取り合って、皆にとって過ごしやすい環境を作っています。ここにはまだまだ貴方あなたの知らないものがたくさんありますよ」


 そう言うと、アルは「……人の社会」と小さな声でつぶやいた。

 アルにとって、ここは未知の世界だ。

 だが、本来ならアルはこういう環境で生まれ育っていた。


「……あれは、何をやってるんだ?」


 パンを食べながら歩いていると、アルが指さしていた。

 見れば、アルと同い年くらいの子供たちが、ボールを転がしながら広場を駆け回っている。


「ボールで遊んでますね」


 子供たちはボールを足でって遊んでいた。球蹴りだろうか。王都では一昔前に流行はやった子供の遊びだが、こちらの里では現役らしい。

 子供たちは夢中になって球を蹴っている。


「アルも交ざりたいですか?」


「べ、別にそうは言ってねーだろ」


 と言いつつも、アルはボールで遊んでいる子供たちをチラチラ見ていた。

 ソフィはアルからは見えない角度でつえを軽く振るう。すると、ボールが風に吹かれたようにこちらへ転がってきた。

 ボールは、アルの足元で止まる。


「ごめんなさーい!」


 どうすればいいのか分からず困惑するアルに、子供たちは手を振った。


「アル。そのボールを持って行ったら交ざれますよ?」


「で、でも……」


 キョロキョロと視線を左右させ、アルは不安を露わにする。

 ひょっとしたら、無意識に仙龍を――親を探しているのかもしれない。

 でも、ここに仙龍はいない。

 親はずっと、子のそばにいるものではない。


「おや、怖いのですか?」


「なっ」


「まあ仕方ありませんね。桜仙郷でもってばかりいた貴方には荷が重いでしょう。ほら、ボールを渡してください。私が返してきてあげますよ」


「こ、怖くねーよ! 俺が返してくる!」


 アルは顔を赤くしながらボールを持って子供たちの方へ向かった。

 怒りで緊張を紛らわしているようだが、それも長続きしない。

 見慣れない子供が来たことで興味が湧いたのか、アルは口々に話しかけられる。


「ねえ! 貴方、どこから来たの!」


「えっと、俺は……」


「丁度一人足りなかったんだ! 入ってくれよ!」


「え、ちょ……っ!?」


 子供たちに手を引かれ、アルは球蹴りに参加した。

 転がってくるボールに狼狽うろたえるアルを、ソフィたちは遠くから眺める。


「なんだ、めているじゃないか」


「子供って、大人よりも器用ですわね」


 ルイスとフランシェスカが、微笑ましそうに子供たちを見ている。


「……さて。では私は、偵察タイプについて聞き込みをしてこよう」


 子供たちと遊ぶアルから視線をらし、ルイスは言った。


「引っ越し屋はどうする?」


「私は、アルの里親になってくれそうな人を探します」


 里親探しは、引っ越し屋として今まで色んな家庭と関わってきた自分がやるべきだろう。それにルイスとフランシェスカは宮廷魔導師の外套がいとうをつけている。その服装で里の人たちと話すのは正直仰々しい。たとえ本人たちが対等な交渉を試みても、相手からすれば逆らえない圧力に感じてしまうはずだ。家庭というデリケートな話題でそれは避けたい。


「でしたら、わたくしがアルを見ておきましょう」


 フランシェスカは面倒見がいいので、その言葉は信頼できる。

 というわけで、ソフィたちは手分けして各々のやるべきことを済ませに行った。


「あの、すみません」


 ソフィは早速、広場の周りにいる大人たちへ声をかけていく。


「今、あちらで遊んでいる赤髪の男の子についてなのですが──」






※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 


本作は12/8に発売する書籍の試し読み版となります。

発売日まで毎日3~4話ずつ更新していきますので、よろしくお願いいたします。


発売日まで、あと3日です。

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