第19話

 ワイバーンに乗ったまま里に入ると恐らく混乱を生んでしまうので、ルイスは里の手前でワイバーンを着地させた。

 そのまま待つことしばらく。小さな人影が、ソフィたちのもとへやって来る。


「大丈夫ですか?」


「だ、大丈夫なわけ、ねーだろ……っ」


 滝のような汗を流したアルが、地面に倒れた。

 アルが追いつけるようワイバーンの飛行速度を少し緩めてもらっていたが、それにしても早い到着だ。初めて会った時から身体能力は高いと思っていたが、想像以上だったらしい。

 そんなアルに、ソフィは小さな瓶を渡した。

 中には透明な液体が入っている。


「いい状態ですね。では、これを飲んでください」


「水か……? は、早くくれ……っ」


 上半身を起こしたアルは、すぐにソフィから受け取った瓶の中身を飲み干した。

 直後、目を見開く。


「おぇぇえぇぇ!? まっっっっっっず!?」


「魔力を活性化させる薬です」


 誰も水とは言っていない。


「里へ来る前にやったことをもう一度試してください。胸に手をあてて深呼吸です。……今、胸の辺りで何かが渦巻いていませんか?」


「うぅ…………なんか、ちょっと熱い感じがする……」


「それが魔力という、魔法の源となる力です」


「これが、魔力……? なんか俺、これ知ってる気がするぞ……?」


「でしょうね。貴方は普段から無意識に魔力を使っていたみたいですから」


 でなければ走ってここまで来られるわけがない。

 初めて会った時の素早さも、無意識に魔力を使っていたからこそのものである。


「じゃあ何のために俺は走ってきたんだよ!」


「無意識ではなく意識的に魔力を操作できるようにするためです。……試しに魔力を右の掌てのひらに移動させてください」


 アルはソフィに疑いの視線を向けながら、掌を閉じたり開いたりした。


「…………こうか?」


「上出来です。今までそういうことはできなかったでしょう?」


「まあ、そうだけど。……なんか複雑だな」


 ソフィがおもむろにミミックを召喚する。

 ミミックの中から一本の杖を取り出し、それをアルへ差し出した。


「アルにはこの杖を貸しましょう」


「杖? 杖って何に使うんだ?」


「魔力の制御が簡単になるんです。とても器用な指先みたいなイメージですね」


 へ〜、と分かっているんだか分かっていないんだか判別できない相槌あいづちをアルはした。


「さっきと同じ要領で、魔力を杖の先端に移動させてください。そしてその魔力を飛ばして、ここにある小石の下半分を包んでください」


「ぐ、ぬぬ……!」


「いいですね。そのまま持ち上げられますか?」


 足元の小石に向かって、アルは杖を真っ直ぐ突き出す。

 石が小刻みに揺れ、やがて宙に浮いた。


「ぬ、おぉおおっ!!」


「おめでとうございます。浮上魔法を習得しましたね」


「な、何に使えるんだ、この魔法は……?」


「家具を持ち上げて床掃除したり、泥に沈んだ車輪を直したりできます。わりと便利ですよ?」


 ソフィが説明すると、小石が落ちた。まだ持続力に難があるようだ。

 浮上魔法は物体をほんの少し、小指程度の高さまで浮かせることができる。宙に浮かせた上で自由自在に動かせる浮遊魔法とは天地の差があるが、浮上魔法もなかなか使い勝手がいい。


「じゃあ次は耐性魔法を教えてくれ!」


「まだ早いですよ」


「でも教えてくれ! やり方だけでもいいから!」


 ソフィはしばらく考えた末、アルのやる気に応えることにした。


「まず魔力を薄い膜の形に整え、それで身体を覆います。次にその膜の性質を適切なものに変換します。たとえば暑さに耐えたいなら、こんなふうに耐熱用の術式を構築・付与するんです」


「……ん? ん? ん……?」


「耐熱用の術式は、空間を冷却する魔法を応用すれば構築できますが、ここで重要なのは繊細な魔力制御です。下手に出力を上げると身体が焼けるよりも先に凍ってしまいますから──」


「分かんねーよ!!」


 アルがふて腐れる。

 だからまだ早いと言ったのに。


「耐性魔法は複雑かつ繊細な魔法なんです。魔力を膜状にするだけでも数年かかりますよ」


「……そんなにかかるのか?」


 ソフィがうなずくと、アルは目に見えて落ち込んだ。


「見たところ貴方の魔力量はそんなに多くありませんから、今日の修行はこれで終わりにしましょう。これ以上、魔力を使ったら気絶してしまいますよ」


「……分かった」


 アルの魔力が枯渇気味なのは、ここまで走ってきた際にだいぶ消費してしまったからだが、体内の魔力を自覚するにはそうするのが一番なので今回ばかりは仕方ない。


「では、里に入りましょうか」


 五体目の分身……偵察タイプについて里の人たちへ聞き込みを行いたい。

 偵察タイプが出現するのは夜らしいが、聞き込みは人の多い昼の方がしやすいという判断で、ソフィたちはこの時間帯に里へ来ていた。


「引っ越し屋」


 ルイスが小さな声で耳打ちしてくる。


「アルは大丈夫か? 相当落ち込んでいるようだが……」


「大丈夫ですよ」


 あっさりと言うソフィに、ルイスは不思議そうに目を丸くする。


「アルにとって、ここは新しい世界。……楽しくないはずがありません」






※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 


本作は12/8に発売する書籍の試し読み版となります。

発売日まで毎日3~4話ずつ更新していきますので、よろしくお願いいたします。


発売日まで、あと3日です。

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