第18話

 神気の影響から逃れるため、桜仙郷の外側で夜を過ごし――やがて朝日が昇る。

 まばゆい朝日が差し込む桜仙郷の景色は、神々しく、汚しがたいものだった。


「来ましたね」


 ソフィたちのもとへ、アルがやって来る。

 一晩過ぎたことで覚悟が決まったのか、アルは真剣な眼差しをソフィに注いだ。


「俺に魔法を教えてくれ、おばさん!」


「おば……っ!?」


 ソフィは額に青筋を立てた。


「れ、礼儀のない子に教えるものはありませんねぇ……!!」


「あれ? 年上の女はそう呼ぶもんじゃないのか?」


「確かにそう呼ぶこともありますが、私はまだそんな歳じゃありません」


「……わかんねーよ。俺、そいつが何歳なのか、見た目じゃ想像できねーし」


 多分、仙龍以外とはほとんど会話もしたことがないのだろう。

 そんな育ち方をしているわりに、今まで会話がまあまあ通じたのは……むしろ、アルの地頭のよさが如実に表れているのかもしれない。


「実際のところ、君は何歳なんだ?」


 ルイスがく。


「十七ですよ。魔法学園は早めに卒業したんです」


 ちなみにフランシェスカも同じ歳だ。

 魔法学園は十二歳から入学できて、順当に進級すれば十八歳で卒業する、六年制である。ソフィは十二歳で入学したが、学ぶものは充分学んだと判断して十五歳で卒業した。すると何故か同期のフランシェスカもついて来たのだ。


「アル。私のことはソフィと……いえ、師匠と呼んでください」


「おっす、師匠!」


 大きな声でアルは応じる。


「耐性魔法を身につけるためにも、まずは魔法の基礎を学んでもらいます」


「ああ! 仙龍と一緒にいるためだ、なんだってやってやるよ!」


 やる気があるようで何よりだ。


「では、まずは体内の魔力を意識することから始めましょう。アル、胸に手をあてて、深呼吸しながら集中してください」


 アルは言われた通り、目を閉じて集中した。

 五回ほど深呼吸したアルに、ソフィはそっと声をかける。


身体からだの中心に、力の塊を感じませんか?」


「ん……いや、何も感じねー」


「しばらく集中してみてください」


 うーん、とアルは難しい顔でうなる。

 まずは魔力の存在を意識できなければ、この先の修行もできない。しばらく時間がかかるだろうと判断し、ソフィはルイスたちのもとへ向かった。


「アルが修行している間に、我々は仙龍様の分身について話し合おう」


 忘れてはならない最初の依頼。

 仙龍の引っ越しについても作戦を考える必要がある。


「五体目の分身に関しては、軍や冒険者ギルドからの情報提供がある。この分身は桜仙郷のみならず、その周辺にも度々姿を現しているらしい。だから討伐依頼が何度も出ている。なんでも、常に空を飛んでいる素早い個体で、幾つかの土地を見回るかのように転々としているとか。……言うなれば偵察タイプといったところか」


 元々仙龍が生み出した分身の目的は、本体である仙龍を人や魔物から守ることだ。となれば偵察にけた分身がいてもおかしくない。


「そこで、この偵察タイプは待ち伏せして倒そうと思う。情報によると、偵察タイプは桜仙郷の近くにある里へ毎晩来るそうだ。今からそこへ向かって戦闘の準備を整えよう」


「里……そういえば道中に見かけましたね」


 桜仙郷に来る途中、ワイバーンの上から里のようなものが見えた。

 ワイバーンで移動できるなら、あまり遠くない距離だ。


「駄目だー! 何も感じねー!」


 アルが頭をむしって叫ぶ。

 手応えを感じられなかったらしい。


「アル、貴方も行きますよ」


「え、どこに?」


「ここから近いところにある里です」


 行き先を伝えても、アルは不思議そうだった。


「魔法と関係あんのかよ?」


「昨日、私が伝えたことを思い出してください」


 魔法を教える代わりに、ソフィがアルにお願いしたことは二つある。

 今回の仙龍との別れを受け入れること。そして──。


「仙龍様がこの地を去った後、貴方あなたには人間の社会で過ごしてもらいます。その候補地が今から行く里です。貴方も一度見ておきたいでしょう?」


「……そりゃあ、そうだけど」


 アルは複雑な面持ちで肯定する。


「……そっちこそ、俺が言ったことは忘れてないだろーな?」


 ソフィを睨んでアルは言う。


「俺が魔法をすぐに習得できたら、仙龍と別れることはねーんだ。引っ越しも必要なくなる」


「ええ、ちゃんと覚えていますよ」


 だが、それがどれほどの難しさなのかをアルは知らない。

 じきに分かるはずだ。だから今は何も言わないことにした。


「《召喚サモン》──」


 ルイスがつえを振る。

 すると、ソフィたちを桜仙郷に送ってくれたワイバーンが現れた。


「お、おぉおぉぉぉぉっ!? すっげぇ、なんだこれ!? 仙龍の仲間か!?」


「ワイバーンという魔物だ。……では、里に向かうぞ」


 ソフィたちはワイバーンの背中に乗る。

 アルも興奮しながら、ワイバーンに乗ろうとしたが──。


「貴方は乗っちゃ駄目です」


「は?」


「里まで走って行ってください。これも修行です」


 ソフィがルイスに目配せする。

 ルイスはアルに同情の眼差しを注いだ後、ワイバーンに指示を出して飛び立たせた。

 アルは口をポカンと開けたまま、飛び立ったワイバーンを見つめていた。


「いいんですの?」


 ワイバーンがのんびり飛行する中、フランシェスカが訊く。


「余分な力を取り除いた方が、魔力を意識しやすくなりますから。まずは体力を使い切ってもらおうと思いまして」


「いえ、修行の話ではなく……」


 まあそうだろうな、とソフィは思った。

 フランシェスカは宮廷魔導師だ。この程度の修行法は知っている。


「耐性魔法の習得は簡単じゃありませんわ。まして、神気を対策するなら……下手したら数十年かかるかもしれませんわよ」


 ソフィは「そうですね」と小さな声で言った。

 才能があれば、先程アルがやっていたように胸に手をあてながら深呼吸するだけで、体内の魔力を意識できる。ところがアルはそれができなかった。

 アルの魔法の才能は人並みだ。耐性魔法の習得には予想通り時間がかかるだろう。


「それでも、希望を与えたいんです」


「希望?」


 もしこのまま仙龍が旅立ってしまえば、アルはもう立ち上がれないだろう。

 これからどうやって生きればいい? 誰と共に生きればいい? ……何も分からないまま孤独に陥ってしまう。それはきっと死と同じくらい恐ろしいことだ。

 だから希望を与えたかった。

 神気に耐える方法はある。それを知ることで、アルが手に入れられるのは――。


「また、会えるかもしれないという希望です。それさえあれば、きっとアルは前を向き続けることができると思います」


 引っ越しに別れはつきもの。

 でも、だからといって──誰かが傷つく必要はないのだ。






※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 


本作は12/8に発売する書籍の試し読み版となります。

発売日まで毎日3~4話ずつ更新していきますので、よろしくお願いいたします。


発売日まで、あと3日です。

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