第15話

 分身の核を仙龍に届けに行くと、仙龍はまずソフィたちの無事を知って安堵あんどしたが、すぐにその隣でふて腐れている少年を見て溜息ためいきいた。


「申し訳ない。アルが迷惑をかけたようだ」


「仙龍! こんな奴らに謝る必要ねぇ! こいつらはお前を連れ去ろうとして──むぐっ!?」


 大木を軽々となぎ倒せるであろう仙龍の巨大なてのひらが、少年を優しく地面に押さえつける。

 仙龍は再び深い溜息を吐いた。仙龍の細長いひげが、吐息に吹かれて宙で踊る。


「アルと言うのですね」


「……ああ」


 ソフィの問いに、仙龍はアルを押さえつけながら肯定した。


「アルは、私が育てた子供なのだ」


「……育てた?」


 ソフィたちが首をかしげる。

 アルが大人しくなったので仙龍は腕をのけた。起き上がったアルは、不機嫌そうに口を開く。


「俺は捨てられたんだよ。ここにな」


 同情されたくないのか、アルは誰とも目を合わせなかった。

 仙龍が補足するように語り出す。


「十年前……桜と共に、何か小さな塊がこの川を流れていた。戯れに手に取ってみると、それはわらでできたかごで……中には小さな赤子がいた」


 それが、アルだったのだろう。


「今に至るまで、戸惑いながら育ててきた。幸い私は人の言葉が分かるため言語については指導できたが、見ての通り粗野な性格になってしまってな。……反抗期というやつだろうか」


「ちげーよ!」


 アルが微かに頬を赤く染めてえる。


「なるほど……だから、か」


 ルイスが小さな声でつぶやいた。

 仙龍を連れて行く悪者──アルはソフィたちを見てそう言った。

 アルにとって仙龍は育ての親だ。なら、自分の親をどこかへ連れて行こうとしているソフィたちは、確かに悪者に見えるかもしれない。


「アルと言ったか。すまないが、こちらも退くわけにはいかないんだ」


「……なんでだよ」


「神獣には、荒れた土地を回復するという使命がある。……仙龍様は長い間この土地で療養しておられたが、その間に幾つもの土地が衰えてしまったのだ。そろそろ使命に戻ってもらわねば、この国の……いや、この世界の土地が死んでしまう」


 あまり公にはされていないが、事態は深刻だ。

 宮廷魔導師が駆り出されるだけある。彼らにとってもこれは失敗できない任務なのだ。


「それに、土地を回復させる神気は、


「……っ」


 ルイスの発言に、アルが顔を強張らせる。


「心当たりはあるのだろう?」


「別に……ねーよ」


「嘘はよくないな」


 ルイスはアルに近づき、服をまくげた。

 アルの脇腹の一部が茶色にくすんでいた。まるで木の根のようだ。肌触りもざらざらしている。


 フランシェスカは目を見開いて驚愕きょうがくした。だがルイスとソフィは気づいていた。先程、アルに襲われた時に服が捲れてこの茶色い肌が露わになっていたのだ。


「人間は神気を浴び続けると身体からだが変容してしまうんだ。最初は見た目が変わるだけだが、じきに内部にまで影響がおよび、やがて死に至る。……これ以上、仙龍様がここにいると、神気が人のいる土地まで漏れ出てしまうかもしれない。だから、我々は退けない」


 神獣は常に神気というものを放出している。土地にとってはこれこそが回復するための薬になるのだが、ルイスの言う通り人間にとっては毒だ。

 既にその被害を受けているアルが、この理屈を理解できないわけがない。


「アル。お前も分かっているだろう? 私たちはこれ以上、共に過ごすことはできない」


「……っ」


 仙龍の言葉にアルは強くぎしりした。

 そんなアルを見て、仙龍は罪悪感にさいなまれたように大きなあごをもごもごと動かしたが、これ以上アルにかける言葉は見つからなかったのか、ソフィの方を見る。


「……引っ越し屋。残りの分身も回収してほしい」


「……分かりました」






※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 


本作は12/8に発売する書籍の試し読み版となります。

発売日まで毎日3~4話ずつ更新していきますので、よろしくお願いいたします。


発売日まで、あと4日です。

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