第13話

 お客さんがたとえ人外であっても、ソフィの仕事は変わらない。

 まずはヒアリングだ。ソフィは引っ越しの内容について仙龍に尋ねた。


「桜仙郷から、国外へ移動するという話は聞いています。荷物はいかがしますか?」


「その荷物が問題でな」


 仙龍が声を発する度に、ソフィは人間の矮小わいしょうさを思い知らされるような気分になった。

 全身に響き渡るその声、はらわたの奥まで見透かしていそうなそのひとみ。人間は勿論もちろん、魔物や虫などとは根本的に異なる神聖な存在。まるで祈りをささげたくなるような、不思議な圧力がある。


「私の引っ越しには二つの課題がある。そのうちの一つが荷物に関するものだ。……これを説明するには、私の状況から話さねばならない」


 風に乗った桜の花弁が、ソフィと仙龍の間を横切った。


「小さき引っ越し屋よ。神獣について知っているか?」


「はい。この世界が生んだ、特殊な生命であると認識しています」


 仙龍は小さく頭を縦に動かした。

 続けろ、ということだろう。


「神獣は神気という特殊な力を常に放出しています。この力は、砂漠化や火災によって劣化した土地を回復させる効果があります。ゆえに神獣は、世界各地を放浪して、荒れた土地を回復させるという使命があります」


「そうだ。私たち神獣は、生みの親である世界へ恩を返すために、常に旅をする生き物だ」


 そう──だから仙龍せんりゅうの存在はおかしい。

 通常、神獣が土地を回復するために滞在する時間は半年から数年。ところが仙龍は桜仙郷に百年もいるのだ。


「だが百年前、私は謎の病を患った」


「謎の病……?」


「ああ。それはとても苦しく、耐えられるものではなかった。だから私はこの渓谷に留まって療養することにした。すると神気が土地に影響を与え、この地は桃色の植物に覆われた。……桜仙郷という場所は、私の神気によって生まれたものだ」


 神獣も病気になるらしい。

 つらかったのだろう。仙龍はその大きな瞳を細めた。


「私は療養中、人や魔物から身を守るために分身を生み出した。その数、六体。最初は皆、私のために働いてくれたが……百年ったことで自我が芽生えたようでな。今では私の制御から逃れ、桜仙郷やその周囲で暴れ回っている」


 神獣はいずれも千年以上を生きる長寿だが、だからといって百年の月日で何も変わらないわけではない。確かに積み重なった月日が、仙龍にとって想定外の事態を引き起こした。


 ──だから魔物がいないのか。


 仙龍は、人や魔物から身を守るために分身を生み出したと言っていた。つまり分身が、この地に本来いた魔物を駆逐したのだろう。ルイスが言っていた「桜仙郷に普通の魔物はほぼいない」という発言の意味が分かった。魔物はいないが──代わりに神獣の分身がいる。事情を知らない者からするとどちらも変わらないため、魔物が蔓延はびこっているという噂になったのだ。


「分身も元は私の力だ。この地を旅立つ前に回収したい」


「……つまり、その分身が荷物ということですね」


「そうだ、お前たちには私の分身を回収してもらいたい。……私が動くとこの地が滅びかねん」


 それは勘弁してほしいので、なんとしても自分たちで分身を回収しよう。

 強すぎる存在というのも、なかなか窮屈なのかもしれない。


「動き回る荷物というのは初めての経験ですが、承知いたしました」


「感謝する。……分身は活動を停止すれば核に変化する。これを回収してくれたらいい。お前たち人間のこぶしと同じくらいの、鉱石のような見た目だ。詳細はルイスに伝えてある」


 ルイスが小さくうなずいた。


「もう一つの課題というのは?」


「……それは、時がくれば説明しよう」


 仙龍は口を閉ざす。

 その反応は気になるが、一先ずヒアリングは終わった。ソフィはルイスに詳細を聞きに行く。


「では作戦会議だ。仙龍様の話によると分身は全部で六体だが、この辺りには三体いる。いずれも好戦的な性格らしいが、私とフランがいるなら単純な戦いで負けることはないだろう」


 フランシェスカは頷いた。

 宮廷魔導師は自信家だ。ただ、自信という点ならソフィも負けていない。


「二手に分かれましょうか。その三体なら手分けしても倒せそうですし」


 しれっと提案するソフィを、ルイスは真っ直ぐ見据えた。


「ふむ……気づいていたのか?」


「私たちが桜仙郷に入った辺りから、ずっと周りをぐるぐるしている生き物が三体います。これが仙龍様の分身ですね?」


「その通りだ。力量を把握した上での提案なら受け入れよう」


 ルイスが感心した様子でソフィを見る。


「では私が一人となり、引っ越し屋はフランと共に――」


「いえ、私が一人になります」


 ソフィがそう言うと、ルイスの感心した目つきが怪訝けげんなものに変わった。


「ご安心を。力量は把握していますので」






※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 


本作は12/8に発売する書籍の試し読み版となります。

発売日まで毎日3~4話ずつ更新していきますので、よろしくお願いいたします。


発売日まで、あと4日です。

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