神獣のお引っ越し

第12話

「桜仙郷は危険な上、迷いやすい土地だ。それゆえ私ともう一人の宮廷魔導師が護衛につく」


 ──とのことだったので、依頼を引き受けた翌日、ソフィは彼らとの集合場所へ移動した。


 王都は高い壁でぐるりと囲まれている城塞じょうさい都市だ。日当たりの悪い区画ができてしまうが、王族が住んでいる以上は仕方ない。今は戦時中ではないが、仮に敵国の軍に攻められてもしばらく食い止められるし、魔物の侵攻に対しても物理的な壁を用意するのは有効な策だった。


 集合場所である東門に向かう。

 城塞に近づき、日陰に入ったところで、先に待っていた二人の宮廷魔導師と顔が合った。

 くすんだ銀髪の男。そして──通行人の目を引く金髪縦ロール。


「おーっほっほっほ! わたくしが来てあげましたわよっ!!」


「チェンジできますか?」


「できませんわよ!」


 フランシェスカは顔を真っ赤にして怒った。

 ソフィは気力がみるみる減っていくのを実感しながら、ルイスの方を見る。


「もう一人の護衛って……これですか?」


「そうだが……あれ、おかしいな。フランの話によると、君とは親友のように仲がいいって……」


 そんな事実はない。


「ただの元同級生ですよ」


「そうだったのか。まあ多少手違いがあったみたいだが問題ないだろう。彼女は宮廷魔導師となってまだ日は浅いが、若手の中では一番の有望株でね。実力は信頼が置ける」


 ソフィは「へぇ」と声を漏らした。

 結構頑張っているみたいだ。まあ学生時代から努力家ではあったし、この評価は納得である。


「では出発しよう」


「移動手段はどうするんですか? 桜仙郷まで離れていますけど……」


「私の使い魔を出す」


 そう言ってルイスがつえを振ると、目の前に大きな魔物が現れた。

 赤い全身。大きな翼。長い尻尾しっぽ。ドラゴンと似たような形状だが、ドラゴンが四本足であることに対してこの魔物の足は二本だった。


「ワイバーンですか」


 空路を使うようだ。馬車で行くには少し遠いし、ソフィも賛成である。

 ワイバーンもドラゴンには劣るが、なかなか格の高い魔物だ。この手の魔物はプライドが高いため使い魔の契約も難しいはずだが、宮廷魔導師なら可能だろう。


「乗ってくれ」


 ルイスがワイバーンの頭に乗る。

 ソフィたちはワイバーンの背中に乗った。同時に、ふわりと柔らかい魔力に包まれる。ルイスが風圧対策と姿勢制御の魔法をかけてくれたようだ。

 ワイバーンが翼を広げ、その身体からだを宙に浮かせる。

 城塞を飛び越え、ワイバーンは桜仙郷へと出発した。


「ソ、ソフィ! その、久しぶりに一緒に行動しますわね!」


「そうですね」


 妙にそわそわしているフランシェスカに対し、ソフィは淡白に相槌を打った。

 既に王都が遠くに見える。この速さならすぐに着きそうだ。


「フランシェスカは何故なぜ、今回の任務に参加したんですか?」


「手紙にも書いてあったでしょう。近々、困難な任務を依頼するかもしれませんから、その場合は連携しやすいように貴女あなたと顔見知りであるわたくしが抜擢ばってきされると」


「……手紙?」


 昨日届いた手紙のことだろうか。

 そんなこと書かれていたか? と思ったが、そういえば途中で捨てたんだった。


「ちょっと待ちなさい。貴女、まさかそれも読んでないんですの?」


「いや。そもそもあの手紙、昨日届いたんですが……」


「……ちょっと出すのが遅かったかもしれませんわね」


 これに関してはフランシェスカのミスらしい。


「す、推敲すいこうに時間がかかったのですわ! 変な文章を書いて、貴女にからかわれてはたまりませんから!」


「本末転倒な結果になりましたね」


 くぅぅ〜〜、とフランシェスカは悔しそうな声をこぼした。

 しかし……困難な任務ときたか。

 ソフィにとっては、それがどんな内容であれ平等に接するべき大切な仕事だ。それでも宮廷魔導師が困難と評価するほどの任務とは、いささか警戒心を抱く。

 なんてことを考えていると、ワイバーンの高度が緩やかに落ちた。


「着いたぞ。ここから先は徒歩だ」


 ルイスの指示に従い、ソフィたちは歩いて移動する。

 目の前には──幻想的な世界が広がっていた。


「ここが……桜仙郷」


 桜仙郷を初めて訪れたソフィは、思わずその景色に見惚みとれた。

 桜の樹海と表現すればいいのだろうか。桃色の花があちこちで咲き誇っていた。木々の密度は高いが鬱蒼うっそうとした景色には感じない。明るい桜の花と、節くれ立った木の幹、ごつごつした地面の肌が鮮やかなコントラストを生み出している。


「美しい、ですね。想像していたよりも、はるかに……」


「ええ……わたくしも、これほどの幻想的な景色と出会ったことは初めてですわ……」


 息をすると、甘くて優しい香りがした。


「行くぞ。川沿いに移動すれば、仙龍様のもとへ着く」


 ルイスを先頭に、ソフィたちも移動した。

 川の水面には桜の花弁がほぼ隙間なく乗っていた。僅かに見える川の水も透き通っており、木々の天蓋てんがいから差し込む陽光を反射してキラキラと輝いている。


「ルイスさんは桜仙郷に来たことがあるんですか?」


「ああ。一度、仙龍様へ挨拶あいさつしに来た」


 だから道を知っていたのか。

 歩く度に、さしゅ、さしゅ、と積もった花弁を踏む音が聞こえる。

 他の音は……聞こえない。


「思ったより、魔物がいませんね」


「厳密には、桜仙郷に普通の魔物はほぼいない」


 いない? ……桜仙郷は迷いやすい上に凶悪な魔物が蔓延はびこっており、それゆえに魔境と呼ばれている。それが世間一般の認識であるはずだが……。


「じきに分かるさ」


 気になったが、ソフィはルイスの言葉を信じることにした。


「しかし、すまない。フランとはあまり仲がよくなかったのか?」


 ルイスはフランシェスカには聞こえないよう小声でソフィに言った。

 ……どうも誤解しているようだ。


「別に仲が悪いわけじゃないですよ。私は素が出るとああなるだけです」


 だから、まあ、仲が悪いと言われるとそれはそれで複雑な気持ちになる。

 そんなソフィの回答を聞いて、ルイスは意外そうに目を丸くした。

 ワイバーンの胴よりも太い巨大な木の幹が、道のように先へ続いていた。その上を歩いて進む。

 一際大きな桜の木。その下には、白と緑のうろこに覆われた、巨大な龍がたたずんでいた。


「仙龍様。お待たせしました」


 ルイスが頭を下げる。

 龍は頭を持ち上げ、その眼でソフィを見た。


「お前が、魔法使いの引っ越し屋か」


「……はい」


 人ならざるものの尋常ではない存在感を全身で感じながら、ソフィは頷く。


「仙龍だ。よろしく頼む」


 厳かな声音が、桜の木を揺らした。






※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 


本作は12/8に発売する書籍の試し読み版となります。

発売日まで毎日3~4話ずつ更新していきますので、よろしくお願いいたします。


発売日まで、あと5日です。

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